第30話


 ボルビイを後にしようとした俺たちだったが、ふいに子供の泣き声がした。

 見ると、さびれた孤児院が一軒ある。声はそこからしていた。


「ちょっと寄ってみるか」

「え、おい。レイジ!」


 アギサの声を背に、俺は孤児院の扉を開けた。

 中では大勢の幼児と、それをあやすエプロンをつけた保母さんがいた。


「あ、こんにちは。すみません、配達ですか?」

「うえええん、うええええん」

「子供の泣き声が聞こえたから寄ってみた。困りごとか? 手が必要なら手伝うが」

「あら……」


 保母さんはまだ若い。新緑の髪をうなじでポニーテールに結っている。目元がとても優しい女性だった。


「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。慣れてますから」

「……なにかあったのか?」

「おなかをすかせているんです。お恥ずかしい話、お金がなくて……」

「ふむ」


 俺はテーブルの上に金貨の袋をどんと置いた。保母さんが目を丸くする。


「これであなたの名前を聞いてもいいかな?」

「あ……そんな。メルマリアと言います。でも……受け取れません、いきなり見知らぬお方からこんな……」

「気にするな。俺は旅の冒険者で、どうせあぶく銭だ。子どもたちのために使ってくれ」

「……ありがとうございます、でも、無理なんです……」


 メルマリアは悲しげに目を伏せた。


「なにか事情があるみたいですね」


 ミルキがニャンタを抱きしめながら言う。子供たちはニャンタに興味津々らしいが、本人はぬいぐるみの真似をしている。面倒だからか。


「ふむ。困りごとなら、この冒険者・レイジに話してみてくれないか? なにか手伝えるかもしれん」

「……では、お話だけでも慰めになりますのでよろしいですか?」


 メルマリアは語りだした。


「私達の孤児院は、強請られてるんです。盗賊に」

「ほう……それはけしからんな。なぜだ?」

「他言無用でお願いします。実は、この孤児院はライナード王国に滅ぼされたメジアルド帝国の皇帝の末裔がいるんです。でも、それがバレたらその天子は殺されてしまいます。だから……」

「それはとんでもない話だな。どの子だ?」

「それは……」

「言えないか。ま、いいだろう。で、それを嗅ぎつけた盗賊から強請られていると」

「はい。お金というより、ちっぽけな孤児院をいたぶるのが楽しいらしく……いずれ、私のカラダも要求すると言ってきているんです。なぶるように……」

「ひどい話だな」

「はい、レイジ様」とアリシアが頷く。

「我がハーフエルフの同胞も、メジアルド帝国には保護してもらった過去があります。御恩を返すためにも見捨ててはおけません」

「ふむ。アリシアもそう思うか。よかろう。メルマリアさん。俺はあなた方を助けようと思う。盗賊の根城を教えてくれないか?」


 メルマリアは目を見開いた。


「いけません、殺されてしまいます」

「俺は誰にも殺されない。安心しろ。なに、盗賊退治など冒険者の常さ」

「そんな……」

「大丈夫ですよ、メルマリアさん! 私達、とっても強いですから!」

「ああ。そんな凶賊は放置しておけん。私も同行する」


 ミルキとアギサの力強い励ましに、メルマリアは一筋の涙をこぼした。


「ああ、ありがとうございます。あなたたちは神の遣わした天使様です」

「ふん、天使より強いさ。ところで……」


 俺はさり際に言った。


「もし、盗賊を討伐したらお願いがある」

「はい、どんなことでも」

「……よくやった、と褒めてくれないか?」

「え?」

「頭を撫でて、褒めて欲しいんだ。……だめか?」


 俺のお願いに、メルマリアはくすっと笑って。


「いいですよ。レイジさん。かわいいところ、あるんですね」

「……旅が長くてな。母が恋しいんだ」


 俺は前世でも、現世でも、両親に捨てられている。

 だから、愛が、わからないんだ。



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