第26話





 部屋の中は、案の定寝室だった。

 キングサイズのベッドの上に、全裸の中年男と若い女がくんずほぐれつしている。


「だ、誰だ! こんな夜中に何事だ!」

「ふん。お愉しみの最中で気づかなかったか? もうすでに城内は制圧した。おまえはここで死ね」

「な、なんだと? どういうことだ! 衛兵! 衛兵ーっ!」


 しかし、誰も来なかった。

 中年男、おそらくジューヌ男爵が青ざめる。


「バ、バカな。我が城は名門貴族の騎士によって守られていたのだぞ」

「みんな眠かったんだろ。夜勤者を増やしておくべきだったな」

「ぐ、ぐぬぅ……! 大人しく殺されてたまるか、アギサ! アギサ出てこい!」


 スウッ……と部屋の暗がりの中から一人の人影が現れた。

 ほう。

 女だ。

 黒髪緑瞳、凛々しい横顔は長年の戦闘訓練の厳しさを思わせる。身に帯びた銀に青の拵えをあしらわれた剣と鎧には傷一つない。攻撃を受けたことなどない、それが未熟ではなく天性の顕れか。


「貴様ら……男爵の寝込みを襲うとは。卑劣な!」

「戦争に綺麗も汚いもあるか。こいつは農民に重税を課して豪遊していた。その罪は無くなるのか?」

「……貴族には貴族の考えがある。我々が思案することではない」

「ふん。人形か。貴様、生きていて楽しいか? 充実しているか?」

「なんだと?」

「さぞや腕が立つ剣士なのだろうが、こんなところでお愉しみ中の貴族の尻を眺めている自分が哀れに思わんのか? その気になればこんな男爵の首、簡単に飛ばせるだろうに」


 女……アギサと呼ばれた剣士は剣を抜いた。その表情は怒りと羞恥で歪んでいる。


「無礼者っ! その口、この剣で両断してくれる!」

「やれやれ……おい、ミルキ。ガゼリアを呼べ。どれほどの剣士か試してやる」

「わかりました! ぷおー」


 ミルキが首にかけた角笛を吹いた。


 ッドッゴオオオオオオオオオオン!!!!!!


 壁に穴が開き、全身甲冑の黒騎士が現れた。


「呼んだか?」

「ああ。この女剣士様を倒してくれ」

「わかった。レイジ殿の頼みとあれば従おう」


 ガゼリアは剣を構えた。アギサが怯んだように後ずさる。


「これは……相当の剣気! 貴様、何者だ!」

「元王国騎士団が精鋭・ガゼリア。いざ、尋常に勝負なり」

「王国騎士団!? ふ。ふはは。相手に取って……不足なしっ!」


 アギサが黒髪を振り払うようにして跳躍した。

 ガゼリアと数合、剣を撃ち合わせる。


「なかなかいい腕だ。だが、それでは我が懐には入れぬぞ」

「くっ……だがっ、このアギサの必殺を喰らうがいい!」


 瞬間、

 アギサが消えた。

 そして、ガゼリアの鎧に連続して剣撃が叩き込まれた。


「な、なにぃっ!?」

「はあっ、はあっ」


 剣を振り下ろし終えたアギサが距離を取り、息を整える。凄まじい汗だ。上気した頬が艶めかしい。

 ジューヌ男爵が手を打って喜ぶ。


「いいぞ、いいぞアギサ! その調子で全員殺してしまえぇっ!」

「うるさいオジサンだ……」


 俺は男爵を黙らせるために小さな火炎魔法をやつの股間で発生させた。イチモツが小火を起こした男爵は悲鳴を上げながら布団に腰を打ちつけて火を消そうと暴れ始める。


「バカモノめ。ガゼリア、今の技、見切れなかったか?」

「……すまぬ」

「あれは瞬間移動だ。白魔法を極めた者にだけ許された技だが……それを剣技に組み込んだのか。アギサ、貴様……聖騎士か?」

「だったらなんだ」

「聖騎士ともあろうものが、こんなところで男爵のお守りとは……教会が救うべき無辜の民をおまえは見殺しにしていたんだ」

「っ!! そ、それは……」

「今からでも遅くない。我が軍門に下れ」

「……断る! そんな世迷い言は、私を倒してからにしろ!」

「ふむ。では、俺が相手をしよう」


 俺は剣を構えた。うしろでミルキが不安そうに俺のマントを引く。


「れ、レイジ様……大丈夫ですか? あのひと、とっても強そうです」

「心配するなミルキ。俺が負けたところを見たことがあるか?」

「ないです、けど……」

「ふん。一瞬で終わるさ。まさしくな」

「……喰らえっ! 必殺!」


 アギサの姿が消えた。


 キンキンキンキンキンキンキンッ!


 アギサの剣撃は、すべて俺の風王剣により防がれた。


「ば、バカな……」

「俺の感覚は刹那より速い。おまえも悪くなかったがな。ガゼリアが負けるわけだ」

「ふ、不覚……」


 アギサは真っ白な顔になって、背後へ倒れ込んだ。

 瞬間移動は相当の魔力を使う。エネルギー切れだろう。

 俺は男爵に向き直った。


「このような高位の聖騎士を囲うとは……カネの力で道理を捻じ曲げたか」

「ひっ」

「ジューヌ男爵。貴様を俺は殺さない」

「えっ……助けてくれるのか!?」

「いや……殺すかどうか決めるのは」


 俺は背後を振り返った。


「この村人たちだ」

「え……」


 男爵と若い女を村人たちが取り囲む。


「女は逃してやれ」

「はい。……さあ、いけっ!」

「ひいいいいいいいいいいいい」


 女は素っ裸のまま逃げていった。


「ま、マリアンヌーっ! く、くそ……」


 全裸の男爵はいよいよ逃げ場がなくなった。


「ま、待て。カネなら渡す。だから……」

「おまえのせいで……たくさんの子供が餓えて死んだ!」

「地獄で永遠に苦しみ続けるがいい!!!」

「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!」


 あーあ。

 俺に殺されるよりもこっぴどい結末になったな。

 滅多刺しじゃないか。



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