特務隊
被害の多くは正規兵だったが、特務隊の被害も出てしまった。
世界に馴染む前の転生者であるなら銃弾と砲撃でケリが着くのだが、今回ばかりは相手が悪かった。
特務隊のメンバーにさえ覚醒体はおらず、同志として共に戦える転生者は少なく。
さらに強靭な肉体と異常な再生能力を突破できる武器の製造コストも安くはないのだ。
カエデは折れた刀を整備班に託し、消えてしまった隊員の刀を受け取った。
戦いの後のささやかな自由。機械帝国と国境を隣接する軍事国家レイベン。
カエデはそこに雇われた傭兵の1人である。
特務の者たち全員が転生者であり、どこかの国や領地で目覚め、熱烈な歓迎を受けた後にさすらい人となる。
その最中で世界を恨むことで戦う必要性を知り、皆が強くなる。
中には先のような覚醒体となり猛威を振るう場合もあった。
カエデたちは幸運にも、転生者を戦力として迎え入れる準備のある例外的な国にたどり着いた。
運が悪ければ実験体とされ、有無も言わさず殺されるのはまだ良い方だと聞かされたくらいだった。
特務の者たちは全く違った考え方を持ち、そこには友情も何もないのだが、いざ戦闘に際しては団結する。
それは転成者としての性能があって庇護されていることを承知しているからに他ならない。
よって、どこから来たのか?いつまでこの国で戦うのか?
そんなことは気にせずに毎日を過ごす。
もちろん、他国に逃れても世界のほぼ全てが敵となるのだから行く当てはない。
正規兵のような真っ当な暮らしこそできないが、安心して眠れるだけで良かった。
カエデに用意された部屋は、都市の中心に近い高く積み上げて作られた塔の上層階にある。
窓の外に見える星空が淡く照らされている。
古くから隊にいる男の言うには、その明かりの先に機械帝国があるという。
軍事力は帝国の方が上ではあるが、国の地下にある煉獄の門から溢れ出るデーモンを抑えるのにやっとであるという。
ずいぶんと怪しい話ではあるが、煉獄の門の先には未だ誰も到達したことのない自由な土地があり、そこに最初の覚醒体となった転生者が鎮座しているという。
安全以外に欲しいものは武器だけのカエデだったが、新しく加わる転生者の口からそれを聞くたびに外を眺める時が増えた。
長い不眠不休の戦闘の疲れからレイベン国は静まり返っている。
夜を拒むように明かりを灯すのは整備班くらいのものだった。
朝が近い明け始めた夜に、異変が察知され鐘が鳴らされる。
特務の笛が鳴り響き、カエデが飛び上がるように固いベッドから起き上がる。
窓の外に目をやると巨大な影がある。
「ドラゴン!?」
声に出して自身に問いかける。
見間違えることのない大きさ。他に類を見ない強固な鱗と逞しい翼がある。
カエデは自身の握った刀が頼りない枝のように錯覚する。
螺旋状の階段を次々と降る特務の仲間たち。
壁を蹴破り窓を拡張し、カエデは塔から飛び降りた。
猫のような身のこなしでかなりの高さから緩やかに着地してみせる。
正規兵たちも整列し出撃の準備にかかっている。
「ねーちゃん!!」
軽々しく声をかけてきたのは先の戦いで運良く生き延びた古参兵である。
「状況は?」
カエデは顔も向けずに冷たく言う。
「わからねーよ何がなんだか!?ただ見張りの言うには大きな爆発があって地中から這い出てきたって言いやがる。
おおかた酒でも呑んでたんだろうって思ったんだがよ、偵察隊が確認の煙弾を撃ったそうだ」
慌てて飛び出したからか古参の兵は上半身が下着のままである。
「命令は?小隊長は?」
カエデは辺りを見回しながら問う。
「それが偉い連中は砲兵を編成して大半が先に穴の方へ向かったんだとさ!!
俺たち歩兵だけでここを死守するなんて無理だぜ?!
ねーちゃん達特務まで離れられたらアレを使うしかねーぞ?
それにドラゴンなんか見るのは初めてだからよ!!少し漏らしちまった!!」
言葉と共に吐き出される言葉まで臭ってきそうな古参兵だったが、カエデはおおかたの状況を把握するに至った。
ドラゴンの襲来により煉獄の穴が新たに開き、そこから溢れ出るであろうデーモンに備えているのだ。
誰が死のうと関係はないのだが、国が滅びてしまうと都合が悪い。
特務たちはみな空を遊回するドラゴンが過ぎ去るのを願った。
その混乱の中ラッパが吹かれ、国王の親衛隊が姿を見せた。
特務を気に入っているレイブン王のお出ましだ。
強固な城門から不意に姿を見せたレイブン王に、一同が膝を折る。
かつては自身も転生者を狩ったという叩き上げの王。
規範となるべくすでに甲冑を纏い槍と盾を持っている。
大きく息を吸い込む事もなく強く太い声で全部隊にドラゴン討伐を命じた。
ドラゴンはそれを察知したかのように機械帝国の方角へと向かう。
王が槍を掲げて進軍を促す。
砲兵不在ではあるが、親衛隊のみを残して全軍が動くことになった。
カエデを呼ぶ特務の隊員。今回の特務は独自の判断で戦うことになる。そう耳打ちされたカエデは、国を捨てる覚悟を決めた。
ドラゴンは世界最強の存在として誰もが認識する絶対の支配者である。
魔法使いもいないレイブン国では勝算はない。
たとえ転生者が束になってかかっても強さの格が違うのだ。
特務隊は密かに戦闘を離脱して、どこかへ逃げることになるが、どこかなど不明確な地はない。
いっそドラゴンが全てを焼き尽くせば良いのだとカエデは考えてしまった。
ドラゴンの背を追いかける小さな人間の群れは、乾いた大地を行く蟻の戦列に等しかった。
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