転生者襲来
塹壕の中から外の様子はわからない。
号令を待ち、多くの兵士達が突撃の時を待つ。
先日は一個中隊が消失し、今日だけでも相当数の砲弾を撃ち込んでいるのだが、目標は依然として健在である。
連日の攻撃で木々は倒れ、地形は姿を大きく変えた。
塹壕で待機する兵達の中に1人だけ異質な男がいる。
銃撃や砲撃といった遠距離攻撃からの格闘戦が行われるのだが、その兵士が手にしているのは日本刀である。
ライフルもなく、他の兵士達よりの小柄ではあるが外套を纏い突撃の合図を待ちわびていた。
「なぁ、あんたは傭兵だって聞いたが本当か?」
砲撃の合間に古参兵が口を開いた。
手にしているのは銃剣の装備されたライフル。
「無駄口を叩くな」
生死を共にする相手に返す言葉としては冷たそっけない。
古参の兵からすれば新参の傭兵に親切で話しかけたのだから気分は良くない。
「おいおい、これから一緒に死ぬっていうのに肝が据わってるじゃないかよ」
肩に手を伸ばす古参兵の手が強く払われる。
「私に触るな!!」
拒絶する声は細くはあったが、場に緊張が走った。
古参兵が耳にした噂は本当だった。
転生者を狩ることを専門にした傭兵、それも女であるという噂。
強く睨みつける顔は顎が細く、外套から覗く顔はらしくない整った顔立ちであり、どこかの令嬢のような品格すらあった。
「悪かったよ」
古参兵は恥をかかされるカタチとなったが、引き下がる他ない。
相手は部隊長よりも階級の高い特務隊と聞いているからだった。
隊とはいえ、もう残った兵は度重なる転生者襲来で数は減り、散り散りに他の小隊に配属されているのだ。
連中の戦績は見事なもので、砲撃や銃撃を耐えて迫る転生者の命を奪うのは特務隊である。
どんな化け物かと噂が広まるのは自然な流れではあるが、小柄である。
また装備も見たことのない湾曲した刀となれば目を引くのは仕方がないのかもしれない。
先ほどの緊張が冷めぬ中、小隊長が彼女の元へと走り寄る。
「砲撃が間もなく止む。目標は依然接近中。魔法の類いかはわからないが、未知の力によって砲弾も銃撃も効果は確認できない」
彼女に今回の転生者の詳細が改めて伝えられる。
何かしらの特殊な能力を持った転生者が時折発生する。
それらは総じて覚醒体と呼称されるのだが、相対すれば相当数の被害が出る。
「カエデ君、君たちを混ぜた他の小隊も次の号令で突撃する。武運を祈る」
楓、この世界の名前ではない。彼女もまた転生者であるが、傭兵として戦地に赴くことで転生者認定を免除されている。
特務隊の半数が元転生者であるのは伏せられた真実であった。
砲撃がが止み、巻き上げられた粉塵が太陽光を遮り視界は悪い。
笛が鳴り、突撃の号令が出される。
楓が飛び出すより前に古参兵が声をあげて動いた。
闇雲に銃弾が放たれ粉塵の中で輝く。
正確な位置は把握できないが相手は1人である。
楓も塹壕から飛び出し粉塵の中へと走った。
味方の銃撃による同士討ちも起こる中、悲鳴や嗚咽そして金属音が鳴る。
すでに味方の中にいる特務が目標を捉えていることがわかる。
粉塵を抜けると上半身裸の男と特務隊の2人が交戦中である。
すでに男の身体に何度かの刃が通っているようだが、顔色ひとつ変えずに動いていた。
左右から斬りかかる2人に合わせて背後から楓が合わせる。
楓の刃が心臓を背後から貫くも、左右の特務達が消滅してしまった。
見えない力に動揺する楓だが、刀を捻り切り上げた。
人であるなら即死させる攻撃だが、転生者相手では十分ではない。
楓もそうであるように転生者の命は頑強にできている。
首を狙う次の流れに身をまかせる楓。
瞬間、全身が地面に叩きつけられてしまう。
魔法ではないが、目標の有する能力が発動したのだ。
「転生者同士なぜ殺し合う必要がある?」
男が拘束された楓を見下して問う。
楓の身体が耐えているだけでも奇跡だった。
並みの転生者ならばもう肉片も残らず消失しているだろう。
外套さえも鉄のように重く感じられる重圧が加えられている。
やがて大地が陥没し楓の口から血が噴き出す。
男の心臓が再生し、傷口が塞がり始める。
今度の目標は楓の知る限り最強の敵であった。
再び特務にまとわりつかれ、男が斬撃を受けている。
血飛沫があがり、怒号がこだまする。
楓は意識を失っていたのだ。
兵達の銃撃も特務の動きに合わせて放たれ、動きを封じている。
決定的な一撃が待たれる中、男の力がまたも発動して周囲を取り巻く全てを消失させた。
特務隊の者たちを除いて耐え得る肉体は持たない。
7人の刃が男を囲み、すでに能力による攻撃に適応を始めていた。
男の能力は念動力であり、意識の拡張による物理的な干渉であった。
つまり、囲んで意識を外しながら攻め立てれば削れる。
転生者と相対し続けた特務の動きは洗練され、弱った獲物を追い詰めて楽しんでいるようにも見える。
けれど身体の修復が早く倒し切れないでいる。
楓が立ち上がり、戦闘継続可能であるか装備を確認する。
刀は先端が折れてはいたが、まだ使える。
「砲撃を要請する!!各員死ぬな!!」
特務隊の1人が叫び煙弾を撃つ。強敵と相対すれば手段は選べない。
肉体の強度が低い者はこれから降り注ぐ支援砲撃で死ぬだろう。
けれど斬撃だけでは殺しきれない。殺しながら殺される以外に手段はなかった。
着弾と同時に捲き上る爆炎。恐れを知らぬ鬼神のように楓が吠える。
久しぶりの覚醒体が討伐されたのはこの16時間後であった。
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