デーモン

巨大な体躯を持ったデーモンは1つ目でゲイルを探す。

異様に発達した口からは牙が見える。

両腕は人間の比率とは違い鈍重な体躯を補うように長く地に触れている。

ゲイルが背面に回り込むことで注意をひき、マサトへの追撃を止めることができた。

振り返るデーモンの動きは鈍いが長く太い腕が追いかける。

距離をとり、回避に専念するゲイル。

デーモンを倒さなければ命はない。

残念な事に個体としての戦闘力はデーモンが桁違いに上を行く。

分厚い皮膚と弛んだ腹がゲイルに迫り、太く長い両腕が逃げ道を塞ぐように広げられている。

観衆は湧き血を欲している。奏でられる音楽がより激しさを増してデーモンの背を押す。

地面に叩きつけられ意識が薄れたマサトだったが、膝を立てて立ち上がろうとしている。

けれど武器も持たずに像よりも大きな未知の生物、デーモンを倒すなどイメージすることもできない。

周囲を探すマサトの目に武器が飛び込む。

湧き上がる客席に注意を向ける兵の装備だ。

デーモンに殴り飛ばされても死なないのだ、人間からの攻撃くらい耐えれる。

マサトは自信を鼓舞して背を向けている兵に体をぶつけた。

金属鎧の感触は思いのほか軽く、兵は客席の壁とマサトに挟まれ重傷を負った。

兵達が異変を察知する前に剣と槍を奪い、デーモンの背に向かって加速する。

ゲイルはデーモンに拘束され身動きが取れない。

デーモンの背に鉄の槍が深く突き刺さりゲイルの拘束が緩む。

股下を潜りゲイルがマサトの無事を確認した。

背に刺した槍をゲイルが蹴る事でさらに深く突き刺す。

長年挑戦者を屠ってきたデーモンだが、感じたことのない痛みを知り動揺する。

餌ではないのだと、こんどの相手はいつもと違うのだと...。

「剣を!!」

最後の武器をマサトはゲイルに投げる。

先の一撃も奇跡のようなもので、マサトには戦闘経験も訓練も施されてはいないのだ、使える相手に渡した方が良い。

振り返ろうとするデーモンの膝裏を削る斬撃。

黒い血が飛散する。

低い声で何かを喋っているデーモン。

それは魔法の詠唱である。

攻撃に集中するゲイルの耳には届いていない。

上半身を捻る事で振り返ったデーモンは1つの目でゲイルを睨んだ。

空が一瞬翳り、轟音が迫る。

デーモンとゲイルの周囲が爆発しマサトは衝撃によって転倒する。

突然の魔法攻撃により闘技場に恐怖が伝搬するが、下半身を吹き飛ばされたゲイルのむごたらしい姿が歓声を呼んだ。

生きているのかどうかもうわからないほどの損傷を負ったゲイルは動かない。

さらなる魔法詠唱を始めるデーモンはマサトを睨んでいる。

何が起きたのか距離があったことでマサトは理解できた。

およそ魔法と呼ばれるものでデーモンがゲイルを自身もろとも攻撃したのだと。

詠唱が止むとすぐに轟音がして上から何かが飛来して着弾したのだ。

威力は凄まじく地面も深く抉れ、デーモンも左半身を犠牲にしていた。

引きずられる左足はゲイルの傍を掠め、マサトに近づいてくる。

魔法に射程距離があるのか?それとも次は違う魔法なのかわからない。

かといってデーモンの間合いに飛び込んでゲイルの剣を取っても仕方がない。

半ば諦めのような気持ちでマサトは動くことをやめた。

デーモンの距離が詰まりマサトに向けて魔法が放たれる。

瞬間マサトはデーモンに飛びかかった。

飛来する隕石を避ける事に成功するが、衝撃波こそがこの魔法の真の刃である。

デーモンの身体を盾にするほどの余裕はなかった。

巻き上がったら爆炎が立ち上りデーモンとマサトが場内の視界から消えた。

偶然にもデーモンの位置は闘技場の構造上脆い開閉式リフトの場所だった。

魔法の着弾と同時に床が粉砕されデーモンとマサトは闘技場から地下独房区へと落ちたのだ。

深い縦穴がデーモンの命を奪い、その体がマサトを偶然にも守ることとなった。

とはいえ、マサトも視力と聴力を失った。

自身が感じる強い痛みが生きていることを実感させるが、指先1つ動かせずにデーモンの死体の上で意識を失った。

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