白い空間
目が覚めた時に最初に見えるものが何であるか?
それだけで人の1日は大きく変わることがある。
広い真っさらな空間に影も落とさずに佇む男がいる。
あの世界に飛ばされる前の転生者、マサトだ
。
上下すらあるのかわからない空間に立っている。
歩いても走っても変わらない真っさらな空間に馴れるまで長い時間を要したのか疲弊している。
声を出して誰かを呼ぶことも諦め眠り、目を覚ましては辺りを見渡す。
死んでいるのか生きているのか?
それさえもどうでも良くなった頃に変化が訪れた。
マサトの前に突然空間が開いた。それは窓のように見慣れない景色を映し出すが窓のようではなく柔らかな裂け目のようであった。
そこから血に染まった人が姿を現す。
当たり前のように現れて背に消える裂け目を見もしないその人物は女である。
曖昧な意識の中でマサトは声をかけようとするもそれを自制した。
女の身体から嗅いだことのない匂いが届いたからである。
マサトはそれが何であるかを知らないが、想像することは難しくなかった。
女は身の丈ほどもある長剣を背から抜いて切っ先を逃げようとするマサトに向けた。
逃げる事は出来ない。
同じ人間であるはずが、種としての差を感じさせるほどの重圧を女は放った。
西洋刀らしき剣は酷く刃こぼれしてはいたが、柔らかな人の肉を裂き、骨を断つには十分な重さがあるように見えた。
「武器を見せてくれる?逃げたら殺す、拒否しても殺す」
女はさも当たり前のようにそう告げる。
「待ってください、武器なんて持ってませんよ!!」
女は切っ先はそのままにマサトを見る。
混乱と恐怖そして幾らかの安心感を抱いているのかマサトは饒舌に語り出した。
それは女が何度も聞いてきた初期状態の転生者の言葉と相違なかった。
「特殊能力も武器もないし、何より未経験ってことはわかったから黙って」
なぜ?何?どうして?
マサトの一切の言葉に答えることはせず女は長剣を納めてその場に座った。
マサトも言葉を飲み込み少し距離を離すようにして座った。
鉄のように冷たい目がマサトをまだ拘束しているのだ。
何か情報を得ようと落ち着いて女を観察するマサト。
どこにでもいるような女であり屈強な肉体でもないのに背に納めた長剣は細くはないことがわかる。
目の前の女は人間ではないのかもしれない。
マサトはそう思った。
だがいつまでも黙って座っていても仕方がないのも事実だった。
記憶してる限りでマサトはおよそ1週間はここにいるのだ。
せめて現状を打破できなくても状況を把握したい衝動を抑えられないのだ。
マサトは意を決して口を開いた。瞬間。
熱が体全身を貫くのを感じた。
視線を落とすと胸が鮮血を吐き出している。
女の手には長剣が握られていた。
切っ先からは赤黒い血が滴り落ちている。
「死なないから黙って。あんた転生者だからこれくらいじゃ死なない。肺と心臓を裂いただけよ」
真っ白な空間がある程度マサトの血で染まった頃、不思議と痛みが消えた事にマサトは驚き痛みからの突然の解放に恐怖さえおぼえる。
「ここはもうあなたの知ってる世界じゃない。そして私もあなたの知っている誰かでも何かでもない。もし向こうで会ったとしても味方じゃない」
女はそれを言うと血を払って長剣を再び背に納めた。
マサトは背を向けてどこかに遠のく女に声をかけた。
置き去りにしないでくれとすがるような気持ちで。
「ぼくはどうなるんですか?」
女には答える理由はなかったが、立ち止まって1つの真実を告げた。
「私のようになる」
女の姿は白い空間の遥か遠くへゆっくりと消えて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます