第36話
朝。陽光差し込む部屋の中で伊吹は眩しさと戦いながら、再度夢の世界へ落ちようと努力するも、意識は腕に圧し掛かる重い感触に行ってしまう。
昨夜戦闘を終えてセシルが持つ吸血鬼の能力を破壊したあと、伊吹は大量の出血と異能の連続使用からなる疲労で気を失った。
そこまでの記憶を思い出した伊吹は……
「……はっ‼」
勢いよく起き上がる。そう。伊吹はあの後すぐに気を失ったためことの顛末を知らずにいた。
(朔夜はどうなった⁉)
いくら元凶である吸血鬼を倒しても確実に救われるとは限らない。そんな状況で迂闊にも意識をなくしてしまったのは不覚と言う以外のなにものでもない。
不安を寝起きに感じていると、しかしその答えはすぐそばに見えた。
「……んがぁ」
聞こえるいびきの主は心配していた朔夜その人。
腕にかかっていた重さの正体でもあったのか、彼女は伊吹の隣でぐっすりと寝ている。
「……なんじゃそのいびきは」
普段の凛とした様子とは打って変わって気の抜けている顔に、伊吹ははっと鼻で笑う。
「──言っちゃ可哀そうよ。夜通しあんたのこと看病してたんだから」
声の方を振り向くとそこには部屋の雨戸を開けて朝の日光浴を楽しんでいる絵葉がいる。
吸血鬼は本来日光浴が苦手なのだそうだが、自殺するために浴び続けた結果日課となったらしい。
「あの後、あの馬鹿そうな女と火薬臭い女が来てね。第二位の吸血鬼は拘束されたわ。まあ、もうなんの力持ってないんだけど、一応ね」
失礼な女じゃのう、と思っていると朔夜の寝息に変化が訪れる。
「んん……!」
「ほれ、朝だから起きんか」
昨夜の顔をぺちぺちする伊吹。別に起こす必要はないのだが、安眠を邪魔されたお返しだ。
ふと後ろを見ればもう絵葉の姿はない。本当に神出鬼没というか、びっくりさせられる。
「いぶき……か……?」
「おはようさん。……うぉ⁉」
起き上がり、寝ぼけ眼ままに伊吹へと抱き着いた朔夜。
抱き着かれた際に風穴の空いた腹に衝撃が来て顔が歪むも、そんな自分以上に険しい顔で涙を流す朔夜を見て文句を言おうとする口が閉じられる。
「馬鹿者め……。こんなに傷つきおって……!」
「……それが儂の仕事じゃろう?」
「そうじゃない! 貴様の仕事は私の付き人なだけで、私の為に傷つくことは仕事ではない……」
流す涙がイブキの服を濡らす。
そんな彼女を見て伊吹は不器用だな、と。そう感じる。
だから伊吹はそっと手を差し伸べる。
「……将軍家のお姫様もいびきかくんじゃな」
「んな! きゅ、急になにを……‼」
「なんでもない。お主も普通の女子なんじゃなって。それだけじゃ」
「?」
こちらの意図を察せられないのか彼女の頭上に疑問符が浮かぶ。
そう。要するに彼女も普通の人間なのだ。
将軍家という家に生まれても人に申し訳ないと思うし、心苦しく感じる。
ただ、そんなときどうやって報いれば良いのかわからない、そうなんだろうと伊吹は悟る。
だからこちらがやるのは、その方法を教えてあげるだけだ。
「じゃあ礼でも貰ってチャラにするか」
「礼だと?」
ああ、と頷き……
「要求は二つじゃ。一つは感謝の言葉で」
「……なにを言っているのだ?」
本当に、何を言っているかわからないと言った様子の朔夜に、伊吹は笑って促す。
「ええんじゃ。ほれ、言ってみい。有難う御座いました、と」
そんなのでいいのか、と不思議そうに首を捻りながら、
「あ、あ……りがとう、ござい……ました」
「言い慣れておらんな」
かっかっかと笑う伊吹に朔夜は顔を赤くした。
「そ、それで、もう一つはなんなのだ⁉ 金か⁉ 地位か⁉」
「そうじゃのう……」
素直な言葉に恥ずかしくなった朔夜の顔は真っ赤だ。
それはニヤニヤ眺めていると遠く扉の向こうから二人を呼ぶ声がした。
それは大家が今日の朝飯の準備を終えた合図。
得意気に今朝の献立を教えてくれるその声を聞き終えたら……報酬は決まりだ。
「────めざし一本で手を打ってやろう」
大穢土鬼物語 ── 神も仏もぶん殴る ── 榊 八千代 @sakaki8000
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