第35話



「ふぅ、やっぱ強いのう、上位の吸血鬼は」


 腰を落とし、地面に座り込む伊吹。


 目前にて伏す吸血鬼は、心臓を砕かれた痛みとショックで気を失っている。


「……その技、異能無しでも使えたのね」


 その技、とはつまり無門のことだろう。


「元々『無門』はおっさんから教わった技じゃからな。そりゃあ異能なしでも使えるわい。……《鬼の手》があれば型とか足場とか気にせず使えて便利なだけじゃ。素面でやるにはきっちり型を作る必要があるから普段はせん」


 どさっと座る伊吹の全身は血に濡れている。


 戦闘の緊張が解けて改めて自分を観察すれば随分痛めつけられたものだと感心した。


「これが二位、か。強いと言えば強かったが……種としての強さを超えてはおらん、というのが感想じゃな」


「言ったでしょ。この程度に苦戦されても困るって。あんたにはあの馬鹿兄貴と、吸血鬼の親玉を殴ってもらわなきゃいけないんだから」


「人任せじゃなあ。……で、こやつどうすればええんかな?」


 向ける視線は横で倒れているセシル。


 気を失っている今のうちにどうにか手を打っておきたいところだ。


「こやつの眷属を無効化するには殺すか、能力を奪うしかないんじゃろ? 儂はもう燃料切れなんじゃが、なんかいい方法あるか?」


「……はぁ、あんたホント馬鹿ね。私がなんであんたなんかに協力頼んだのか忘れたの?」


「なんじゃ急に……? 確か儂の血を吸ったせいで本調子じゃなくなったとかなんとか……」


「そう。あんた程じゃないにしても、私だってあんたの血を吸ったとき鬼の瘴気が紛れ込んじゃったわけ。そしてそれが今でも残ってる」


「……つまり?」


 なにも理解してなさそうな伊吹に呆れ、面倒くさくなった絵葉は率直に答えた。


「干渉一回使えるぐらいなら、鬼の瘴気が私に残っている、ってこと」


 おお! と伊吹はやっとここで感嘆の声を上げた。


「で、どうすればお主の瘴気を貰えるんじゃ?」


「……こうよ」


 座る伊吹に絵葉は正面から向かい合い、その小さな体を伊吹に預ける。


 彼女は首筋に自らの口を当てて、噛みついた。


「うっ! この感覚苦手じゃ……」


「うるひゃい。あたひだっておいひくにゃいふぁらいあよ!」


 首筋を噛みつかれながらマゴマゴと動かされるのはくすぐったく、伊吹は身を震わした。


 数秒お互いの血を入れ替えた絵葉。


 やはり同族の血は不味いのか、苦虫を噛み潰したような不満気な様子で口を離した。


「……ふぅ、はいどうぞ。……ホント、不味いわね」


「本当にこんなんでいいんかのう……」


 疑問に思いながら力を込めれば問題なくその手に紋章が浮かぶ。


 どうやら絵葉の言う通り一回分の瘴気程度は補充出来たようだ。


 それと同時に一気に身体が重くなる。


 体内で無駄な拒絶反応が起き始めたのだろう。本当に、不便な身体だ。


「じゃあさっそく……」


「さっさと殺しちゃいなさい。ちんたらしてるとお姫様が死んじゃうわよ」


 手をヒラヒラとさせ、もう仕事は終わりだと言わんばかりに絵葉はあくびを一つした。


 それに対して伊吹は答える。殺しはせんぞ、と。



「儂は同心。悪人を捕まえるのが仕事じゃろ?」

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