第28話
深夜。
雨風を凌げる部屋に暖かい布団。
戦闘の疲れと風呂屋での長湯で体が疲れていたのだろうか。
ゆったりと眠る伊吹のその顔は随分と幸せそうで、大きないびきを鳴らしながら夢の世界に落ちている。
反省を踏まえ、今夜はしっかりと扉に鍵をかけてある。
これで伊勢が昨夜のような血迷った行動をしてはこないだろう。その安堵も相まって尚更眠れると言うものだ。
だが……
「伊吹‼‼」
呼ぶ声と共にガンッ‼ という扉の割れる音。
伊吹は唐突な来訪者に当然反応、というか叩き起こされる。
「伊勢……。こんな夜中になにを……」
また昨日のようになにか思い悩んで突飛なことを考えたのだろうかと邪推するが、しかし様子がおかしい。
「はぁ……はぁ……」
彼女は息を切らし、慌てた姿で飛び込んできた。服装は前が乱れ、顔に余裕はない。
「どうしたんじゃ?」
伊勢は普段のような快活さはなく、どう説明すれば良いかもわからないようだ。
唇を噛み、ただ必要な情報だけを伝えようと……
「朔夜様が大変なのだ‼」
ただ一言。それで理由を悟った伊吹は即座に立ち上がり、朔夜の部屋へ向かった。
前を行く伊勢は扉開ける。
そこは二部屋分の広さがある、朔夜と伊勢の二人部屋。
部屋には灯りが点いており、朔夜の姿はすぐに見つかった。彼女は布団に寝転がっているがそれは寝ているわけではない。
「……ぅ……‼」
苦し気に呻く朔夜。額には脂汗を浮かべて随分苦しそうだ。体をくの字のように折り曲げて何かを必死に耐えている。
意識はあるようだが朦朧としているようで、
「……い、伊吹……か?」
「っ! 一体どうしたんじゃ⁉」
遠い目で伸ばす手を伊吹はしかと握る。
「急に熱病に罹ったかのようにうなされて、伊吹を呼んでくれと‼」
「落ち着け伊勢! 朔夜はいつこうなった⁉」
「寝る前は普段通りだった! うなされたのはついさっきだ!」
それは間違いないだろう。
寝る前、とは言わんがそれでも部屋に入る前は元気そうにしていた。では一体なにが原因でこのようなことになっているのか。
「…………!」
考えろ。
なぜ朔夜は医者を呼ばずに儂を呼んだのか。
儂に出来ること。儂にしか出来ないこと。
となれば……
────瘴気か!
「寝る前になにかおかしなことはなかったか?」
「……そういえば、しきりに蟲刺されの場所を気にしてたような……」
「……⁉ ちょっと失礼するぞ!」
汗に濡れた朔夜の着物に手をかける。
がばっと、重なった前合わせを左右に広げれば朔夜の乳房が露わになる。
後でぶん殴られるかもしれないことだが、しかし急を要する事態だ。
「これか……!」
鎖骨の辺りにポツリと一つ赤い斑点がある。蟲刺されの痕だ。
「な、なにをしている⁉ 破廉恥にも程があるぞ‼」
「ええい五月蠅いわい! 集中させい!」
伊吹は拳に力を込めた。
ぼうっと紋の浮かび上がる右手を伊吹は朔夜の鎖骨に置く。
干渉の力はなにも殴るだけにしか使えないわけではない。
むしろ、それは儂が勝手に作り出した非効率的な運用でしかない。
情報さえあれば万物万象全てに干渉出来る。本質はあくまでそこだ。
そして今ある情報は朔夜の体とそこに潜む瘴気。
ならば儂に出来ることはただ一つ。
「……」
深く、落ちるように集中した。
確かに朔夜の体、その血から異質な瘴気を察知できた。
それは覚えのある種類の瘴気。
正確には別だが、大筋として同一……。
「おいおい大変だ‼ 佐鳥さんの晩酌に付き合ってたら急に熱出してぶっ倒れちまって……」
慌てた様子で入ってきたのは牡丹。
しかし申し訳ないことに対応している暇はない。
もう少しで届く。あと一歩。もう少しで……
届け、届け、届け!
────────ッ!
「────届け!!!」
伊吹は眼を開けて、叫んだ。
体内の瘴気が弾け、意味を見出した。
鬼の干渉力は朔夜の体内に浸透して、その先にあった《ソレ》へとたどり着く。
「見つけたぞ……!」
掴んだのは瘴気の正体。朔夜を唸す熱病の大元だ。
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