第24話
「ではこれとこれと……あとこれだな」
夕暮れ時。やっとこさ騒動が治まって本来の目的地である詰め所に辿り着いた。
自分や朔夜が倒した降魔以外にもいたそうだが、その多くを牡丹や伊勢で処理したそうだ。
しかしその方法が悪かったのか、牡丹は今横で必死になにかを紙に書き連ねている。
街中で火薬を使ったことの反省文だそうだ。
「……」
何気なく、辺りを見回してみる。
詰め所の内部はそれなりに散らかっているが、朔夜はそんなことを気にも留めず、奥の押し入れから続々となにかを引っ張り出した。
見つける度に背後に立つ自分へ向かってそれを放り投げてくる。
曰く、仕事で使う道具や衣服などだそうだ。
「────そしてこれだな」
最期に、身分を示す十手と刀を手渡された。
「いいか? 絶対無くしたり取られたりはするなよ。これは貴様が思う以上に大切な代物なのだぞ」
しっかりと念を押してそう忠告する朔夜。
彼女の言う通り、同心という身分はこの江戸にとって絶大に便利なものだ。
偉いとか尊敬されているといった感情とは別に、恐れられていると言うべきか。
良くも悪くも権限が個人に委任されている職種だからだろう。
悪用しようとする者がいて、それにへつらう者もいる。
そんな同心という身分を証明するのが朱房をあしらったこの十手。
第三者の手に渡ってしまえば面倒が起こることなぞ火を見るより明らかだ。
「誰に言っておるんじゃ。儂がそんな隙を晒すわけなかろう」
「そういうことを言う奴に限っていつか失敗するというものだが……まあとにかく気を付けろよ」
受け取り、朔夜や伊勢に倣って十手を帯に引っ掛ける形で収める。
刀はそんな長い物があっても邪魔になるだけと主張したので、取り敢えず侍という身分を示すためだけの脇差を一つ。
普通の太刀より短いそれを腰裏に収めれば……うむ、邪魔にはならんな。
その他諸々、受け取った道具なりをざっくばらんに風呂敷に包んでまとめた。
持ち上げた際になかなかの重量を感じながらも、よっ、と一気に引っ張り上げた。
肩口にかけながら周囲を見渡せば伊勢も牡丹も忙しそうだ。
「で、儂は今日これで終わりなんか?」
朔夜が言うには儂の仕事は今日これだけらしく、しかしこうして大変な騒ぎがあったなか一人だけさっさと帰って良いものかと少し心苦しいものがある。
だが朔夜は当然だと言わんばかりに頷いて言う。
「貴様がいたところでなにが出来るわけでもない。山猿が要らぬ気遣いなどしなくてもよいから、さっさと帰ってさっき渡した指南書でも読み込んでいろ」
「朔夜……その山猿扱いどうにか出来んかのう……」
額に血管を浮かべる伊吹。しかし朔夜は動ずることなく、
「ふん、山猿は山猿だ。姉上に聞いたが、あの大変な時に神聖な天守閣に登っていたとか。馬鹿となんとかは高いところを好むそうだが、山猿でないなら馬鹿といったところか」
「その理論だと江戸一番の馬鹿はそこに住んでるお主の姉になるんじゃ……」
「き、貴様ぁ! 姉上を馬鹿とはなにごとか⁉」
「お、落ち着いてください朔夜様! 書類が、ここで暴れられては書類が散らかってしまいまする‼ あぁ! 書類が!」
「なあ伊吹。暇なら反省文書くの手伝ってくんねーか?」
阿鼻叫喚とはこのことか。
伊勢が朔夜を抑えているうちに、伊吹はそそくさと建物から抜け出していく。
────────
外からも詰所内部の騒ぎが聞こえており、道行く町人は訝しむような目をして足早に離れていく。
「眩しいのう……」
緋色の太陽が瞼を無視して眼球にその色を刻み込んでくる。
中途半端な時間だ。昼飯時は過ぎて、絵葉が来る時間まではまだ随分とある。
遊び場などはまだ詳しくも無いし、今長屋に帰ってもきっと暇だろう。
だから伊吹は、昨日のことを思い出して……
「風呂屋でも行くか……」
歩みを進める先は昨日寝る前に利用した銭湯。
あそこなら時間を潰すにはうってつけだし、確か囲碁やら将棋やらを打てる場所もあったはずだ。
眩しい太陽に顔を背けながら進んでいけばまだまだ人の活気にあふれる市場へとたどり着く。
目当ての場所はそんな主要な通りから一つ曲がった先。
遠くからも視認出来る大きな煙突のおかげで迷うことなく辿り着けた。
────人間の世界に来てよいと思ったことは二つある。
一つは飯の美味さ。
そしてもう一つは……
「湯に浸かれるなんて、なんとも贅沢なことじゃわい」
生来の山育ち。
暖かな湯に浸かれる幸せはひとしおだ。
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