第23話
「それで、どうやって元に戻ったんですか?」
回想を終え、問われた言葉に絵葉はげんなりとした顔で返す。
「あんたも知ってるでしょ? 伊吹には瘴気そのものを殴り飛ばす力がある。吸血鬼という存在を知らないようだったから、溢れた瘴気だけを散らしてくれたのね」
なるほど……とユーリは頷いた。
「……しかし不思議ですね」
「……なによ?」
「君の目的は僕を殺すこと。だけどそれはあくまで最終目標への道筋にしかすぎません。ですよね?」
「ええ、そうよ。当然アンタのことは単純に憎んでるけど、そうじゃないわ」
絵葉はユーリに同意する。
自身を吸血鬼にした者に対する恨み、両親を殺された憎しみは当然として持っているが、正直それだけで数百年誰かに殺意を抱き続けられる程自分は感情豊かではない。
そんな自覚を持つ私が、では何故これほどまでに兄を殺したいのか……
自問し、自答し、自覚する。
「私の最終目標は主人であるあんたを殺して、眷属化を解くこと。そして……」
自分の意志を口の中で転がし、それが間違いではないことを改めて確認した。
……吸血鬼は自らの血を分け与えて眷属を作り上げる。
そして支配者である上位者が死ねば、眷属に当たる吸血鬼もその能力を失うのだ。
吸血鬼の能力を失う、ということはつまり、
「────不老不死を解いて死ぬ。それが私の目指すものよ」
「悲しいですね。妹が自殺願望を抱いているとは」
「自殺願望も何も、これだけ生きたんだからもう満足したってだけよ。逆にあんたみたいに未だやる気がある奴の方が珍しいんじゃない?」
今までの人生で多くの同業者を見てきたが、その多くは生きることに疲れたような無気力者ばかりだった。
中には地位も名誉も財も極めた者も多いが、そのどれもが生きながらに死んでいた。
……極め過ぎてしまった、と言う方が正しいのかもしれないわね。
長く生きるとはそういうことだ。
やるべきことを成してしまえば、どんな力を持っていようとも意味はなくなる。
幾らか知る吸血鬼のなかでも、ユーリのようにいつまでもアグレッシブな奴はそういない。
「僕のことは置いておくとして、腑に落ちないのはそれですよ。伊吹君には我々不死の降魔を殺せる力がある。情報を与えて、宿った瘴気を壊して貰えばそれで僕達は死ねます。……なのに、何故そうしないのですか?」
「……理由は二つ。一つはあんたを殺すまで死ぬ気がないってこと」
「成程。悲しいことですが、納得です。ではもう一つは?」
「もう一つは……」
言いかけて、絵葉は顔を赤くした。
これに関してはしない、ではなく出来ないという類の話で、しかもその理由が自分の過失にあるのだから語るわけにはいかない。
なので、
「……秘密よ」
「おや、急に黙ってしまって。……ですがわかりました」
「なにがよ」
「伊吹君が絵葉を殺さない理由、ですよ。簡単な話です。つまり……伊吹君が絵葉に惚れてしまった、そうですね?」
…………………
「……は? なに言ってんの?」
兄が突如発した言葉の意味が心底わからない。等々頭がおかしくなったのだろうかと危惧するレベルだ。
当の本人は名推理だとでも言わんばかりのどや顔で、そのあまりにもうざったらしい態度に積もりに積もった殺意が心のなかでまた一つ蓄積されたのを確信する。
【────ドン!】
そんななかで、江戸中に重い鐘の音が響き渡る。
それは正午を伝える鐘の音で、気付けば太陽が頭上に来ていた。
「おっと、もうこんな時間ですか。光もきつくなってきたことだし、今度こそ本気で退散しましょうかね。それでは兄として、伊吹君の恋が実るように願っておきましょう」
「いや、だから……」
「いいのです、皆まで言わずとも。しかし本人が告白する前にその気持ちを暴いてしまうとはデリカシーのない真似をしてしまいました。反省しましょう。では」
「ちょっと待ちなさいよ! アンタちょっと変な誤解してるでしょ!?」
叫ぶ声は虚しく舞う。何処からか取り出した新しい帽子を深く被り、ユーリは高く跳ぶ。
「ちょっと! まだ誰かいるのですか⁉ 五月蠅くて眠れないです‼」
下からは騒ぎを察した将軍が再度怒声を張る。
三者三様。通じることのない思いを乗せた叫びが交錯した。
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