第22話

「う~ん……。ま、大丈夫そうね」


 街のあちこちで起きていた騒ぎを俯瞰する絵葉。パッと見た限り各地の降魔は治められたらしく、段々と落ち着きを取り戻し始めている。


(てかあの水っぽいのどこまで飛んでいくのよ……)


 落下する気配なく空の果てまで飛んで行った巨体には流石に驚く。


「さて、私も行こうかな、って。……の前に」


 伊吹が去った天守で、絵葉は気怠そうに呟いた。


 あいつがいないのであればユーリを殺す手段はない。


 なので時間まで何処か適当な場所で時間を潰そうと、そちらの方へ頭を切り替える。


 しかしその前に……


「さっさと出てきたら? 殺しはしないわよ」


 虚空に向かって声を掛ける。気配などはなく、傍目から見たらきっとただの独り言としか思われないだろう。


 だがその声に返す人物が一人。


「────あれ? バレてました?」


 拍子抜けする程あっさりと姿を現す男。ユーリである。


「げ、ホントにいたのね……」


「えぇ……。カマかけだったんですか。全力で隠れてたのに見破られたのでちょっとショック受けそうになりましたよ」


 言った本人が驚くあたり確証はなかったのだろう。


 本当に出てきたことに、絵葉は心底軽蔑したような目で睨みつける。


「……ガキの頃、かくれんぼしたでしょ?」


「ええ、しましたね。懐かしい。いつも絵葉が僕に負けて泣いていました」


「……ママに聞いたのよ。あんたはいつも、私が一度探した場所に移動してるって」


「そうでしたね。最初は見張れる場所で待機して、鬼が去った後そこに隠れていました。どうです? 頭良いでしょこの方法。心理的に人は一度確認した場所を何度も探したりしないんですよ」


「頭が良い、じゃなくて性格が悪いって言うのよ、そういうの」


 吐き捨てるようにそう言う。ガキの頃から変わっていないその性根の悪さに呆れすらある。


 そんな読みもあって、この男はこの場に帰ってくるという考えが浮かんだのだ。


 ユーリも諦めたのか、大人しく絵葉へと歩み寄った。


「それにしても驚きましたよ。実の妹と弟弟子が仲良くなってるなんて」


「仲良いわけじゃないわよ。手を組んでるだけ」


「にしては随分楽しそうでしたが……まあいいでしょう。経緯ぐらい聞いてもよいですか?」


「……経緯もなにも、単純よ。私が伊吹のことを襲って、返り討ちにあった。それだけ」


 思い出すのはまさしくつい先日のことだ。




 この国に辿り着いたのは半年ほど前だろうか。


 西国の、長崎という場所に上陸してから驚愕したのはこの国に人がいなかったこと。


 正確には瘴気に侵されていない人、と言うべきだろうか。


 動植物もまた同じだ。見るもの全てに瘴気が宿っていた。


 吸血鬼である絵葉にとって、降魔が蔓延ることも瘴気が漂うこと自体も、実際脅威ではない。

 

 だが重要なのは食事だ。


 いくらか抑制は効くが、吸血鬼の主食は血液。


 人でも動物でも構わないのだが、前提として瘴気に侵されていないということが大事だ。


 一応、降魔の血なども飲み空腹を紛らわすことは出来るが……。


(自分由来じゃない瘴気って飲み過ぎると気持ち悪いのよね……)


 自分由来ではない瘴気を得続けるのは、吸血鬼という降魔として存在のバランスが崩れてしまう。


 これがなにより面倒なのだ。


 体感としては酷い二日酔いのようなものだ。


 出来れば避けたいし、続けていると自我とか肉体とか、色んな意味で自分を保てなくなる。


「……まあ、ちょっと道に迷ってね。三か月ほど森の中彷徨ってたのよ、上陸してから」


「ああ。そういえば絵葉は昔から方向音痴でしたね。まあそのおかげで今まで逃げられたわけですが」


「うっざ。ぶっ殺すわよ」


「殺せない癖に粋がるの面白いですね」


 マジでうっざ……と絵葉は心底から怒りと軽蔑が沸き上がる。


 とまあ、そんな具合で旅の最中、一番苦しんだのは空腹だ。


 無いものはしょうがないと、そこらの生物から血を吸って旅を続けた。


 が、これはやはりするべきではなかったと反省する。


「降魔の血って不味いのよね。しかも沢山飲んでると頭痛くなってくるし」


「基本的に変質した瘴気って、人間とは逆に僕たちにとっては毒ですからね。あ、ヴァンパイアの血って飲んだことあります? 僕以前飲んだのですが、これが驚くほど不味くてですね、吐いちゃいました」


「……ああ、あれね。私もあるけどホント不味いわよね。なんでかしら」

 

「始祖様の意向らしいですよ。部下から血を吸われて下克上されると大変ですからね。同族の吸血には拒絶反応出すよう設定したそうです」


 ほーん、そうなのか。と絵葉は軽く納得し、話を続けた。


 そんなこともあって探し回るうち、吸血鬼の鼻はある匂いを嗅ぎ取った。


 混じり合った瘴気の影響で意識が朦朧としながら、鼻を掠めたのは憎い男の血。


 怒りと空腹と瘴気の混濁が合わさり、絵葉は意識を失った。


 残った本能だけで匂いを追い、辿り着いた先は……


「僕が村上隆吾と決闘したときですか。あれぐらいでしか血は流してませんからね、僕」


「後は簡単よ。暴走状態になった私は、あんたの去ったあの山小屋みたいなきったない場所に辿り着いて、残っていた大江伊吹と鉢合わせた。血に飢えていた私は襲い掛かった」


 そしてその場で大江伊吹に殴り殺され続けた。……それがアイツとの初対面だ。




 ……乙女を遠慮なく殴るなんて最低よね、やっぱ。



 かつての殺し合いを思い出し、絵葉はやはりと伊吹の評価を一つ降ろした。

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