第21話



「で?何なんだよ、こいつら」


 呟きながら腰から取り出した火薬玉をばら撒く牡丹。


 一拍遅れて発生した小規模な爆発は、周囲にいた小型の生物を弾き飛ばした。


「うむ……」


 なにかを悩みながら伊勢は槍を振るう。


 一振りで迫りくる三体の敵を両断する太刀筋は見事なものだ。


 しかし、


「駄目だな。いくら切ろうがその度に分裂しちまう。発破で弾いたらそれこそ面倒になるっぽいし……正直面倒この上ない」


 二人がいるのは街中を走る川の側。少し開いた河川敷のような場所だ。


 先ほどの悲鳴とほぼ同時に現れた降魔を相手取っているが、どうにも決定打を見つけられない状況。


 改めて降魔と周囲を観察する牡丹。


 敵はこちらの膝くらい高さがある半透明・半液状の葛餅のようなもの。


 青味がかった液状の身体はゆらゆらと揺れている。


 それら強さ自体は大したことないが、問題はその性質だ。


 元々は巨大な一体だったその降魔なのだが、切断や爆破を繰り返し身体が散乱するたび、その肉片が自律行動を始めたのだ。


 幾度かの攻撃で分離した降魔は、今や数十体にも増殖している有様だ。


 デカいときならそれなりの対応が取れたのかもしれないが、出現した途端牡丹が爆弾を投げ込んだせいで収拾がつかなくなっている。


「どうするよ? 坊主か巫女でも呼んで浄化頼むか? 俺や伊勢みたいな単純なやり方じゃ無理っぽいぞ」


「うーむ……」


「……さっきからなにを悩んどるんだ?」


 手は動いているが思考は停止している様子の伊勢。

 

 その悩まし気な態度が気になり、声をかけるが……


「……いえ、この奇怪な降魔をなんと呼ぼうか迷っていまして。……モチっとしてますし、【大福丸】とかどうでしょう?」


「くだらないこと言ってないで少しは頭働かせろ!」


 伊勢へ怒鳴った直後、死角だった背後から数匹の降魔が牡丹へ襲い掛かってきた。


 急に感じた重さにより、思わず前のめりとなる。


「っち! なんだこの! 気持ち悪い感触だなぁ!」


 単体なら大したことない衝撃だが四、五匹にもなると流石に重い。


 加えて粘性のある身体は振り払うのも大変だ。


 特殊な攻撃をしてこないが、数が増えてくればその圧し掛かりだけで充分命の危険がある。


「っ⁉ それにこいつ……!」


 牡丹の身体に纏わりつく降魔。奇妙な感触と肌にジリつく鋭い痛み。


 なにより煙を上げて溶けていく衣服を見るに長い時間放っておくわけにもいかないようだ。


「だぁあああ‼ ゼッテェ許さねぇからなぁああああ‼」


 クソがぁ! と力強く悪態を吐く牡丹。


 降魔の張り付いた法被を勢いよく脱ぎ去り、牡丹は無理矢理に降魔を引きはがした。


 一瞬動きを止めた後、意を決したように降魔ごと法被を近場の川へと放り込む。


 巻いたサラシを後ろ手でギュッとしめる牡丹だがその目は明らかに怒りが溢れている。


「? どうしたのですか、牡丹殿? 急に切れ散らかして」


「……こちとら昨日の徹夜で眠たくてただでさえ機嫌が悪いんだよ。それに加えてお気にだった去年配布の『江戸祭り関係者限定法被~夏の陣~』まで駄目にしやがって……‼」


 徹夜の件は普通に八つ当たりでは? なんて疑問を伊勢は喉の奥でぐっとこらえる。


「────あん?」


 段々と座って来た牡丹の目は、未だ勿体なさそうに法被と降魔が沈んでいった川へ向けられていた。


(……様子が……)


 当然、水に落とした程度で降魔が死ぬとは考えていなかったが、這い出る姿には変化があった。


 ……纏まってるし、デカくなってんのか?


 川に投げ込む際は複数いた降魔だが、上がってくるのは一匹だけ。


 単純に合成した、と言うよりは見た目の体積的に二回りぐらいは大きくなっているみたいだ。


 仕組みは分からないが見た目通り水と親和性でもあるのだろう。


(……川の中で一度溶けて、合体したといったところか?)


 心中で牡丹は当たりをつける。


 そんな牡丹の考えを補強するように、合成した降魔の濡れた身体に触れた地上にいた別個体は、巨大な方に触れた途端溶け出し、吸収されていく。


「……伊勢、俺のやり方でやるけど、いいか?」


「……あまり周囲を壊さぬよう頼みますよ。以前そんな感じで先輩が街を半壊させたとき、なんで止めなかったのか、と朔夜様に怒られことを伊勢は忘れてませんぞ」


 大丈夫だ、と牡丹は答える。


 言ったあと、彼女は背に掛けた長銃を引き抜き、腰袋の弾丸を装填する。


火縄銃墨縄。ただ真っすぐ、ひたすらに前へ抜ける逸品だ」


 そんでもって……!


「伊勢! 適当にこいつら川に放り込め!」


「ん。招致した」


 伊勢は蜻蛉切を薙ぎ払い、周囲の降魔がいる場所を地面ごと薄く削ぎ切った。


 万物両断。あらゆるものを断つ蜻蛉切を持ってすれば、地面とて豆腐と差異はない。


 削ぎ出した地面を蹴り飛ばし、そこにいた降魔ごと、伊勢はすべて川へ放り込んだ。


 二度程繰り返せば分裂していた降魔は粗方いなくなる。


 それを見て牡丹は「充分だ」と呟いた。


「【弾種・打撃】【破砕・皆無】【方位・固定】【射程・無限】【範囲・集中】」


 瘴気が装填された特殊弾丸に牡丹の言葉と意思が込められる。


 瘴気は意志によって意味を得る。これから放つのはそれを利用し独自チューニングした特殊弾だ。


 弾丸に込めた言葉の意味は単純だ。


 痛みの無い弾丸が真っすぐ、遥か彼方まで飛んでいく。


 ただそれだけだ。


 だからこそ意味がある。


 川から這い出る液状の降魔。その姿は無数にあった分裂体を統合し、一つになっていた。


 多量の水分も取り入れたのだろう。初見時よりも大きく、重そうだ。


 だが関係ない。




「さあ!行くぞ、葛餅野郎! 空の彼方で後悔しやがれ!」


《──穿て。此岸より彼岸まで。天蓋を弾く無限の点》


 膝をつき、狙いを定める。角度を間違えてはいけない。降魔を通り、やや上へ突き抜ける角度だ。


 戒言を胸に刻み、すべての意志が整った瞬間……引き金を引く。


《──永字八砲・勒》


 一瞬銃口にて光が見えた後、一拍遅れてパン! と軽い爆発音が響いた。


『────!』


 弾丸が降魔に触れる。


 非生物的な見た目通り、降魔から驚きや痛みに関する反応はない。


 だがそんな降魔が……痛みや驚きを持たない降魔が、弾丸に触れたときから前進を止めている。


 粘性を持った身体に対し一直線に向かう弾丸は、しかし破壊の力を持たない。


 あるのは固定された角度と無限の射程だ。


 触れても止まらない。無限に進み続ける。回転しながらなおも推進力を失わない弾丸により、降魔の巨体は徐々に持ち上がっていく。


「どうなるのでしょうか? これ」


「知るか。ただ弾が貫通しない以上、こいつは分裂しない。地面にへばりつく根性が無ければ……時間の問題だ」


 答え、牡丹は動きのとまった降魔へ無造作に近づいていく。


 そのまま降魔の肉体に短剣を突き刺し、軽く削ぐ。


 ぼとりと落ちた降魔の分裂体を拾い上げ、牡丹は腰袋へと雑に放り込む。


 ……ったく、湿気りそうだなぁ。


 腰袋の中には小さな降魔が一体。


 水気のある身体が故に、腰袋で収納していた発破類のいくつかが濡れてしまっている。


 ちょっと勿体ない気がするが、他にいれておく場所はない。


 つまんでいるのもなんか気色悪いしということで、そこは諦めよう。


 そんなことを考えていれば弾丸を受けた降魔の方にも変化があった。


 巨体が浮き上がり、弾丸に持ち上げられる。


 それが徐々に速度を持ち始め、次の瞬間には遠くへ飛び出していった。


「……ま、これしかないだろ。俺らに出来ることなんて」


 切っても弾いても倒せないならどっかへ飛ばせばいい。


 簡単な話じゃないか、と牡丹は一人、ごちる。


 もはや目前の降魔は時間の問題だ、と。そう判断した牡丹はほら、と伊勢へ腰袋を投げ渡した。


「その中にさっきの降魔の一部が入ってるから無くすなよ。ちゃんと瘴気を払えば元に戻んだから」


「……この小さいので大丈夫なのでしょうか?」


 伊勢の問いに、さあ? と軽く首を傾げた。


 本体があるとか核になる部位があるとか、人型だったりならばそれなりに気を付ける必要はある。


 だが経験上この手の降魔は瘴気を払いさえすれば問題はない。


 大きさに関しては……まあ、そうだな。


「水に漬け込めばデカくなんじゃねぇか?」


 適当も適当。


 しかしそんな先輩の言葉を否定する考えを伊勢は持っていないため、そんなものかと納得を示した。





「あ、そうだ! 牡丹殿。伊勢は一つ良いことを思いつきましたぞ!」


「あん?」


 伊勢は嬉しそうに笑顔に、牡丹は怪訝な表情で眉を寄せる。


 とても満足そうな顔をしながら伊勢は……


「『透けた、螺鈿の如き光沢を放つ肉を持ち、胃酸の如き能力で敵を溶かす無形の降魔』




 ──略して【透螺胃無】、と呼んではどうでしょうか?」


 …………



「痛い! ちょっ⁉ 牡丹殿⁉ なぜ伊勢を叩くのでしょうか⁉ 痛い! 頭を煙管で叩くのは止めてくだされ!」

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