第20話
「まあ、大丈夫じゃろ」
遠く襲われる朔夜の姿。それを眺めながら伊吹はそう呟く。
直接手を合わせたわけではないが、振る舞いから彼女の実力の一端程度は窺い知れる。
そんな彼女があの程度の不意打ちで後れを取るわけがないと、確信を持って断言できる。
……ほれ見ろ。
なんてこともなく防ぐ様子を見てやはりと納得する。
ただのお姫様ではないという彼女の言は確かと言うことだ。
なんてことを考えていると、今度こそユーリの気配は完璧に消えていた。
そこに入れ違うようにして一つ、物凄い速度で向かってくる殺気まみれの人影が一つ。
「────クソ兄貴はどこじゃぁああああ‼‼」
叫びと共に豪快な着地。天守閣の屋根瓦は勢いに押されて剥けていく。
叫びの正体は絵葉。鬼の形相とはこのことかとばかりに怒気で満ちた顔を浮かべて周囲を見回す。
なにかを探すように鼻をひくつかせる姿は犬のようだ。
「あっ!」
こちらの姿を捉えたようで、ずんずんと大股で迫って来た。
「伊吹‼ 見つけたのなら伝えなさいよ‼」
「すまんな。こっちも気が高ぶったもんで」
「で⁉ どこ⁉」
それが……。伊吹は面倒くさそうに頭を掻く。
「さっきまでいたんじゃが、お主が来るのを察して逃げおったわ」
「なにやってんのよ‼ もう少し足止めしておきなさいよ‼」
「……そもそも、お主が来たところで意味ないじゃろ。自分を吸血鬼にした吸血鬼には危害を加えられない。そういう規則があると言ったのはお主じゃ」
「ええそうよ! 立場上私はユーリの眷属。牙をむくことは出来ない。だからこそあんたっていう切り札を用意した。……だけどねえ! 私が何十年計画建てて来たと思ってんのよ! 手を出せないなら出せないなりに、やれることはいくらでもあるのよ!」
「……はぁ。そりゃあ悪かったのう。次回からはそうするわい」
「はぁあ⁉ んなによその態度⁉ ちゃんと話聞いてんの⁉」
「聞いとる聞いとる」
適当に受け流す伊吹に、絵葉は更にむかっと頬を膨らました。
「っ! もういいわ‼ 反省してなさい!」
「反省する反省する。……なんで少し落ち着け。ほれ見ろ。良い景色じゃぞ」
江戸を一望する城の上。そこに立ち、伊吹は絵葉の言葉を考えた。
……何十年、か。
絵葉曰く、吸血鬼に成ったのは十四とかそこらの歳だそうだ。
横目で見る彼女はまさしくその頃の少女らしい見た目をしている。
見た目だけじゃない。
話していて、その感性やら性格などもそんな老練したものを感じない若々しい少女のままだ。
成長が止まったと言っていたが、そういった精神的なものも止まったのだろうかとふと疑問に思う。
「なに見てんのよ」
「いやなに。お主を見ておると不老不死も考えものじゃな、と」
「……良いことなんかないわよ。歳を取らないから定住も出来ないし、いつまでも美しいから男どもが寄って来て邪魔だし。まあ、時間だけはあるからこうして世界中回れるってのは楽しいけどね」
「大陸にいた皇帝が不老不死を求めて色々していたそうじゃが、お主らに噛まれただけで成れると考えると有難みもなくなるのう」
「そうでもないわよ。不死性を持つ吸血鬼なんて流石に一握りだし。不老不死は吸血鬼の世界でもそれなり希少よ」
「そうなんか?」
ええ、と絵葉は頷く。そういえば伊吹に詳しく話していなかったと思い出して、簡単な説明だけでもしてあげようと話を脳内でまとめた。
「不老不死になれるのは基本的に第四位までの吸血鬼だけ。五位以下となると寿命が長いとか老けにくいとか、その程度になっていくわ」
「……なんじゃその四位とか五位とかいうの」
そんなことも知らないのぉ? と随分腹立つ言い方をしてくる絵葉にむかっとする伊吹だが、取り敢えず話を進めろと目線で求めた。
「吸血鬼の始まりである始祖。この世界で一番最初に生まれた種の根源とどれだけ血が離れているかって意味よ、吸血鬼の位階ってのは」
そうなんか、と伊吹は頷きながら話を聞く。
「始祖に血を直接流された者は第一位。その一位の眷属となったのを第二位ってかんじね。ユーリは三位で、それに吸血鬼化された私は四位。ギリギリ不老不死になっちゃったのよ」
「成程のう。……で、その始祖ってのは強いんか?」
なんでも強さ規準で考える伊吹の頭に呆れる絵葉。
じとっとした目で少し眺めながら、
「……さあ。誰も見たことがないからわからないわ。でも、位階が一つ上がるごとにその身体能力や異能は格段に上がっているのは確かね。一位ともなれば国の一つ滅ぼすことすら出来るし、昔見たことあるけど……まあ化物の私から見ても化物って感じだったわ」
思い出すだけでげんなりするような怪物だった。
余程のことがなければ表に出てくるような輩ではないことが人類にとっての救いだろうか。
吸血鬼にとって位階は絶対。
自身より上位の相手には手を出さないことが常識である。
そういう事情もあり、もし眷属だとかそういう枷を無視出来たとしても自分の力では兄・ユーリに勝つことは難しい。
だからこそこの大江伊吹という人間と手を組んだ。
納得したのか、伊吹は顎に手を当てて成程と頷く。
「こらぁ! 我が家の天井でさっきからどたばた五月蠅いわよ‼」
と、そんな無駄話をしていたら怒鳴り声が響いた。
「ん? この声は……」
足元の方から聞こえる声。怒ってはいるがどこか間延びした雰囲気で、聞いてるこちらの力が抜けてくる。
それにしてもこの場を我が家と呼ぶその発想とその声色には覚えがある。
伊吹は確認するように天守の端へと移動して、頭だけを放り出して下を覗き込む。
天地がひっくり返る視界の中で捉えたその人物は……
「やっぱり。将軍様かい」
「あら、誰かと思ったら伊吹ちゃんじゃない」
高所に吹く風に髪の毛を抑えながら、不思議そうに首を傾げる一喜。
驚いているのだろうがそののんびりした空気からか驚いている様には見えない。
「どうしてそんな所にいるの?」
「どうしてもなにも……」
天下の江戸城天守閣で殴り合いしてました、などと言ったらどうなるだろうか。
そもそもこの場所に来るまでの間にいくつもの門や見回りの武士がいた。
そんな所に勝手に侵入することはなにか罪ではないだろうか、と。
今更ながらそんなことを考えてしまい軽く恐怖する。
なにを言おうかと思って考えていると、一喜はあら、となにかを思い出したように、
「そこには朔夜ちゃんはいないの?」
「朔夜の奴か? そりゃおらんが」
「駄目じゃないそんなの!」
「な、なにを急に怒っておるんじゃ……」
「貴方たちはいつも一緒にいるようにって。そういう契約だったじゃない。朔夜ちゃんを一人にしてちゃ駄目よ!」
「それはそうじゃが、しかし実際ちょっとぐらい儂がおらんくてもあれだけ強ければ別に……」
「そういう問題じゃありません。契約は契約。さっさと見つけなきゃお給料引いちゃうわよ」
「……過保護すぎるのも考えものだと思うぞ、儂は。だがまあ了解したわい。目星はついとるから今から行ってくる」
「お願いね。あの子昔からそそっかしくて心配なの」
「信用されてないのう……」
縁の外に放りだしていた上半身を、よっ! と上げて先程朔夜が戦闘していた地点へ視線を向けた。
背後にて立っている絵葉には取り敢えず長屋の居場所だけを教えて後で顔を出すように釘を刺す。
「じゃあ暗くなる前には帰るだろうから……今度は逃げるなよ」
「やだねぇ、伊吹。言ったじゃない。あれは逃げたんじゃなくてアンタなら大丈夫だっていう信頼の証よ」
悪びれなく笑いながら肩を叩く絵葉。
…………
「……お主の性格、やっぱ兄貴に似とるのう」
「ああ?」
「なんでもない」
怒気をはらんだ雰囲気を敢えて無視し、伊吹は城から落ちていく。
落ちていくなかで上手く鉤付きの縄を使い速度を調整し、地面へ。
多くの兵士が驚きの視線で出迎えてくれる中、その呼び掛けなどを背後に駆けていく。
……そういえば伊勢達は無事だろうか。
今更過ぎる心配は、しかし彼女の実力を思い出して無用だと思い直す。
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