*

メールの返信は、結局しなかった。

それでも彼からメールは頻繁に来て、時々電話もかかってきた。最初は「一人で勝手に余韻に浸ってろ」と凍るように冷ややかな気持ちでいたけれど徐々に自分は酷い人間なんじゃないかという気持ちの方が大きくなっていった。

「会いたい、いつ会える?」

「矢沢と行きたい場所がある。」

「電話に出て、お願い。」

辻のメールは文章が簡潔すぎる故にとても重たく感じた。だけど、付きまとう私を適当にあしらっていた中学生の頃の彼を知っているからこそ私が不安に思うほど、彼は粘着質では無い様な気もしていた。

『ごめんね、なかなか返信できなくて。しばらくはバイトが忙しくて会えなそう。余裕ができたらまた連絡するね。』

私はバイトの休憩時間にそんな風に辻にメールの返信をした。


その時、ガチャッと事務所の扉が開き店長が入ってきた。ビクッとした私を見て「そんなに驚かなくてもぉ。」とニヤニヤしながら彼は自分のデスクに向かいペットボトルの水を飲み干した。

くたびれたおじさんの割に無駄な贅肉が一切無い細身の彼は、ユニフォームのベストと蝶ネクタイがよく似合う。

いったい何歳なのだろう。もしかしたらふたまわりくらい年が上かもしれないし、もっと若いような気もする。決して無口では無いのだけれど、つかみ所が無くて、バイトを始めて4日経つけれど店長が何を考えているのか私にはいつも分からなかった。

「そんなに見つめられても困ります。」

店長が無表情でポツリと言った。

冗談なのか本気なのか全く分からないトーンだった。

「すみません、ちょっと疲れてしまって。チョコ食べますか?」

思わず手元にあったチョコレートの袋を差し出してごまかした。

「お、ありがとうございます。」

「あ、これもお願いします。遅くなってすみません。」

ついでに提出し忘れていた交通費の申請書も手渡すと、店長はチョコをモグモグ食べながら、しばらくそれを眺めていた。

「矢沢さんて、お家、日暮里駅のそばですか?」

「あ、はい。商店街の方なんです。」

「俺、昔住んでたんですよ。商店街懐かしいなぁ。」

「へぇ、どの辺りに住んでたんですか?」

店長は昔住んでいた場所を細かく教えてくれた。

そこはたしかに私の家のすぐ近くだった。

「あそこのメンチカツめちゃくちゃ美味いんですよね。」

「私まだ食べた事なくて。」

「マジっすか。あそこ住んでるなら絶対食べなきゃダメですよ。」

商店街の名物店の話しで盛り上がったかと思ったら、店長はあっさり居なくなった。

私の休憩も残り少ないし、そろそろ歯を磨こうかとスマートフォンに目を落とすと、辻から「わかった。バイト頑張って。」と返信メールが届いていた。

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