*
それから1週間も経たないうちに、私は辻を呼び出した。
前回と同じ店の同じ席で待っていると、辻はやや遅れて到着した。私に会うために気を使ったのか、無造作におろしていた分厚い前髪が今日はふわっと掻き揚げられている。彼のくっきりした二重の離れ目をまっすぐ見つめて私は言った。
「ごめん。先に飲んじゃってた。」
「いいよ。何飲んでるの?」
前回、辻が教えてくれた珍しい芋焼酎の名前を私が言うと「俺もそれにする。」と言って彼は手を上げ店員さんを呼び出した。私は、そのオーダーする様子をじっと見物した。
分かりやすく発話する柔らかい声、長い指で前髪をいじるしぐさ、眉間にしわを寄せる表情。ここから見える景色、全て、あの頃の辻が持ち合わせていなかったものだった。
「何、ため息ついてるの?」
店員さんが去っていくと苦笑いをしながら辻は言った。
「ため息なんてついた?私。」
「ついたでしょ、今。」
大げさに私を指差して、辻が笑う。
「ついてないってば。」
私もつられて笑った。きっと今日も難しい研究とか論文の話しを散々されるんだろう。唐突にクイズを出されたりするんだろう。でも今日もそんな辻の話しなんて1ミリも頭に入ってこないに決まっていた。
私は今日、このあと絶対に辻とホテルに行こうと決めている。沢山飲ませて、タクシーに乗せて、ホテル街のある駅で降り、腕を組んでピタッと体をくっつけてホテルに連れ込む計画だった。大丈夫、辻は嬉しいに決まってる。
「そういえば昼間、森くんから連絡きてさ。」
「え、森くん?懐かしい!」
中学の同級生で、辻と仲の良かった森くんは七海情報によると確か留学しているはずだった。
「今夜矢沢と飲みに行くって話したら羨ましがってた。久々にみんなで飲みたいよなって。」
「会いたいなぁ。森くんアメリカにいるんでしょう?帰ってこないのかな!」
中学の頃、ほんの少しだけ七海と付き合っていた森くんは、辻と同じくガリ勉で、穏やかなお坊ちゃんタイプだった。
「あいつもそのまま大学院行くらしいよ。今、金髪と付き合ってるんだって。」
「うそ、森くんが?信じらんない。」
「だろう?いいよなぁ。虫の研究してるんだって。楽しくて仕方ないらしい。」
私は、「へぇ。」と言って焼酎をひと口飲む。
フルーティーな香りが勢いよく喉を滑り落ちた。
いつもは水割りしか飲まないけど、今日は無理をしてロックで飲んでいる。
短時間で一気に酔ってしまいたい、そんな気分だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます