第5話:悪魔デスリンボーの仲間
イレグラ討伐の翌日。
欲望コンビは、神殿の台座に突き立てられた剣の前にいた。
デスリンボーが台座に術を施し、ゴオが隣でその様子を見守っている。
神殿内には村人たちも集まっており、離れた位置で雑談をしていた。
怒りの悪魔討伐を聞きつけた彼らは、英雄の姿を一目拝もうと、神殿にまで押しかけていたのだ。
術を使い終えたデスリンボーは、ふぅと息を吐く。
「これでいいはずじゃ。台座には、苦しみを逃がさぬ術を施した。苦しみエネルギーを宿した剣は、ここに置いとけば大丈夫じゃよん」デスリンボー
「すまねーな。神殿で一夜を明かさせた上にこんなことまで。村人たちへの説明の時間が必要だったんだよ」ゴオ
「わしゃあ寂しかったぞい!お主が村人と結託して、わしを倒しにくるんじゃないかと身構えとったもん!」デスリンボー
「ははは……。相棒にそんな真似はできねーよ」ゴオ
術を終えて談笑するふたりに、ひとりの老けた男が近づいていく。
老人はふたりの前で立ち止まると、デスリンボーに話しかけた。
「あなたが怒りの悪魔を討ったという悪魔ですな。私はリンボーヒール村の村長。この度のあなたがたの活躍、とてもありがたく思っております」村長
「おや、あんたが村長か。村人に伝言を頼んだはずだが、聞いたか?」ゴオ
「ええ。そこの剣に災いをもたらす力が封印されているとか……。我々は村の総力を挙げて、悪魔の剣を守り続ける所存でございます。例えどれだけの年月がかかろうとも、決して誰の手にも渡らぬようにっ」村長
村長が拳を振り上げると、離れた位置にいた村人たちも深く頷く。
短い期間とはいえ、ソーリーの支配を受けていた村人たちに異議を唱える者はいなかった。
村人たちは、剣に封印された力の恐ろしさを知っていた。
だからこそ、剣を守り抜くことを胸に決めたのだ!
「くくく、それだけか村長?わしには見えるぞ。早く本題を話したいというお主の欲望がな」デスリンボー
「お、なになに?謝礼金でもくれるのか?」ゴオ
「いやぁー……。恩のあるお方にこんなことを頼むのは、恐縮なのですが。デスリンボー様、できればその……この村を出て行ってもらえませんかな」村長
「な、なんだと!?」ゴオ
村長の言葉に、ゴオは驚愕の表情を浮かべる。
ゴオは村長の胸倉を掴み上げると、村長を強く睨みつけた。
しかし村長は、ゴオから目をそらすことなく、むしろゴオの目を見据えて話を続ける。
「もしもあなた方が村を支配するつもりならば、私どもは抵抗いたしませぬ。全面降伏し、従いましょう。ですが……善意で村を救ってくださったのであれば、村の英雄である内に、村を去っていただきたいのです」村長
「ど、どういうことだそりゃ!いずれ俺たちが、村と敵対するかのように聞こえるぜっ!こいつがそんなことをすると思ってんのか!」ゴオ
「あ、あなた方にその意思がなくても、その危険性はあるのです!1週間前、何千人もの村人が死んだことをお忘れかっ!」村長
「う……っ!」ゴオ
村長の言葉に、ゴオは胸倉を掴んでいた手を放す。
そしてゴオは顔を伏せ、後ろを向いてしまった。
彼の手は力強く握りしめられており、体が震えている。
村長は咳払いをした後、話をつづけた。
「おほんっ。……英雄レアリィ団、発掘作業隊ラディ団。その2チームだけでも、何千人もの村人が死んだのですよ。悪魔への興味本位だけでね。それをきっかけにソーリーが復活し……さらに村人たちが無慈悲に殺されました」
「1週間前か~。わしが上級悪魔になった頃じゃな。……そういえば。わしの住居に大勢の人間たちが来ておったが、それと何か関係があるのか?」デスリンボー
「あ、はい……。それは恐らく英雄レアリィ団でしょう。あなたの命を奪いに、リンボーヒー樹を登ったと聞きましたが」村長
「……そいつらをやったのはデスリンボーじゃないぜ。怒りの悪魔……つまり全てはソーリーによる被害さっ」ゴオ
「わかっております。わしはソーリー本人が話すのを聞いていましたから。ですが、村人が悪魔と関われば、また別の形で問題が起きることでしょう。村の平穏のためにも、どうか村を去っていただきたいっ」村長
村長は話を終えると、深く頭を下げる。
それ以上の説明はなく、顔を上げることもない。
ただ、デスリンボーの返事を待っているだけである。
村長の話を聞き終えたデスリンボーは、少し考えた後に答えた。
「わしは構わんよん。今から準備して、昼までには村を出るとするか」デスリンボー
「あ、ありがとうございますっ!」村長
「いいのかデスリンボー?あんたは元々、村の巨大樹に住んでいたんだろ?なのに村人たちの身勝手で出ていくなんて……」ゴオ
「ふぁははっ、わしと出会ったときのことを思い出すのじゃゴオ。わしは元から、この村を出るつもりでおったじゃろ~?心残りなく旅立つために、ソーリーを打ち倒したにすぎんのじゃよ。ほれ、準備に向かうぞ」デスリンボー
「って、俺も手伝うのね……」ゴオ
デスリンボーとゴオはそそくさと神殿を出ていく。
神殿を出たふたりは、デスリンボーの住処へと向かっている。
まっすぐ住居に向かうわけではなく、ソーリー討伐のために歩いた道を辿るようにして移動している。
広場に差し掛かったあたりで、ゴオが口を開いた。
「仲間不信は解消したか?」ゴオ
「ふっ、解消どころか野望を持つに至ったわい。宇宙に行っても消えぬ永遠の絆……それを実現したくなった」デスリンボー
「さすがは欲望の悪魔だな。いい野望だと思うぜ。どこぞの悪魔の苦しみをばらまく野望より、よっぽどいいっ」ゴオ
「ふぁ~はははっ!欲望のない輩とはセンスが違うわ~っ!」デスリンボー
ふたりは雑談を繰り広げながら道を歩いていく。
ソーリー討伐に向かうときとは違い、ふたりを繋ぐ共通の敵などはいない。
しかしながら、帰り道を行くふたりの間には、敵などいなくても語り合えることがいくらでもあった。
話をしながら、ふたりはデスリンボーの隠れ家へとたどり着く。
ゴオが外で待機している間に、デスリンボーが準備のために隠れ家に入っていった。
準備が終わり、ふたりが顔を合わせたのは、わずか30秒後のことであった。
「準備できたぞー。まだおるか~?」デスリンボー
「は、早い……。出会ったときは両手にストライキ起こされてたのにな」ゴオ
「くくく、今回はむしろノリノリで準備を進めおったわっ。では、行くとするかのぉ~」デスリンボー
「デスリンボー様ーっ!」村長
「おや?あれは村長ではないか」デスリンボー
デスリンボーが宇宙に旅立とうとすると、村長と何人かのガタイがいい村人たちが駆けつけてくる。
村長たちは息を切らしながら、デスリンボーたちの前に並び立った。
「はぁっ、はぁ……。む、村から使えそうな者たちを集めてきましたっ。せめてものお礼に、旅立つ準備を手伝わせてください……っ!」村長
「もう準備は終わったよん」デスリンボー
「嘘ぉ!?はっや……。えーじゃあ、感謝を胸にお見送りしてますね」村長
「くくく、リンボーヒール村はいいところじゃったよ。だが、上級悪魔となった今のわしにはちと物足りん。わしらは楽して暮らせる新天地へと赴くことにする!さらばじゃ、リンボーヒールの民たちよっ!」デスリンボー
「ああっ!また会おうぜ……って、んんんー?」ゴオ
デスリンボーは村に背を向け、空へと昇っていく。
手には小さなかばんひとつと、そしてゴオがしっかりと握り込まれている!
ゴオは遠ざかる地面に顔を伸ばしながら、声を荒げる。
「で、でで、デスリンボーっ!?こ、これは一体どういうっ!?」ゴオ
「くくく、そう怯えることはないぞ~。わしの術をもってすれば、お主を宇宙空間で活動させることなど容易じゃからな」デスリンボー
「ち、違っ!お、俺の欲望を読めえぇーっ!」ゴオ
「わしらは真に信頼し合える仲間じゃないか!欲望を覗き見ずとも、絆を深め合っていくことができるはずじゃよ!」デスリンボー
「お、俺は高いところがダメ……っ、う、ぐふぅ!」ゴオ
高さが5メートルを超えたあたりで、ゴオは意識を失う。
デスリンボー自身がふらふらと浮いていたため、ゴオを掴んでいる手も揺れており、足が地につかない感覚を倍増させていた。
結果、5メートルの高さしかないにも関わらず、ゴオは気絶してしまったのだ。
デスリンボーはどんどん高度を増していき、やがてリンボーヒー樹の高さを超え、地上からは見えない領域へと突入した。
そんな様子を地上から見ていた村人のひとりが、村長に話しかける。
「よかったんですか村長。彼らは村の英雄。ずっと居てもらった方が村復興に希望を持たせることができたのでは?」村人
「いいや、今のリンボーヒール村は悪魔への理解度が高いとはいえぬ。そんな状態でデスリンボー様が居座れば、似たような悲劇が繰り返されたじゃろう。これでよかったのです。……それに」村長
「それに?」村人
「今のゴオという青年を見て、悪魔と共存したいと思いましたかな?」村長
「……いや。俺なら目が覚めた直後、ぶん殴ってから絶交しますね」村人
村長と村人は空を見上げる。
そこにはもう、天に昇る悪魔と人間の姿はなかった。
リンボーヒール村にはもう、悪魔はいないのだ。
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