5章 天上に昇る悪魔!~さらばデスリンボー~

第1話:リンボーヒールに舞い戻る

怒りの悪魔が支配する村、リンボーヒール。

島を覆い尽くすほど大きい切り株の中にあるこの村は、少し前までは巨大樹の中に存在している村だった。


しかし、巨大樹が切り倒されるという大事件が1週間前に起きた。

その翌日の夜、ソーリーという怒りの悪魔が村に現れ、一晩で村全体を掌握してしまったのだ!


一部の村人は、悪魔に戦いを挑んだが、勝負にはならなかった。

怒りの悪魔の圧倒的パワーにより、戦いを挑んだものは全員殺されてしまう。

この戦いが決め手となり、村は、怒りの悪魔を迎え入れることを決定した。


こうして、村人たちは怒りの悪魔に降伏し、ソーリーの支配を受け入れることを選択したのだ。


……そんなリンボーヒール村の近くにある岩陰に、穴を掘って虫のように過ごす、ひとりの悪魔がいた。


紫色の煙のような体。

浮遊する、鳥の趾のような形の硬質的な手。

役に立たないほど小さな翼。

三日月のように鋭い目。

これらの特徴を持った、まるでモンスターのような姿をしている悪魔だ。


悪魔の名はデスリンボー!

欲望の悪魔、デスリンボーである!


「ふんふんふ~ん。今日こそ楽しい宇宙旅行~。今日こそいけいけ宇宙旅行~っ。リンボーヒールを諦めるんじゃ~っ」デスリンボー


土でできた地下室に、小気味のいい歌が響き渡る。

デスリンボーが歌を口ずさみながら、袋に荷物を出したり入れたりを繰り返しているのだ。

荷物の選別というよりは、同じ荷物を出し入れしているだけなので、荷物整理が進むことはない。


「うーむ。やはりわしの体が宇宙に出ることを拒んでおるな。じゃが、理由がわからん。この島に留まれば、いつかは怒りの悪魔に見つかってしまうというのに」デスリンボー


荷物を放り出して、ひとり考え込むデスリンボー。

土でできた地下室にこもって1週間、この悪魔は、毎日同じことを繰り返していた。


「わし自身の欲を読み取るか?いや、それはできんっ。感情を体外に漏らしては、ソーリーのやつに感知される恐れがあるからのぉ。ぐぐぐ、欲望の悪魔であるこのわしが、自身の欲望ひとつわからぬとは……!」デスリンボー

「その問いの答え、俺が教えてやってもいいぜ」???

「なにぃ!?な、何者だ!」デスリンボー


デスリンボーが振り向くと、穴の中にひとりの男が落ちてくる。

その男は青年と呼べるくらいの年齢であるが、目つきが鋭く、あまり若さを感じさせない顔つきである。


男は見事に地下室に着地すると、服に着いた土ぼこりを払った。


「よお。俺の名前はゴオ。あんたが欲望の悪魔か」ゴオ

「いかにも。わしこそが欲望を司る上級悪魔、デスリンボーじゃあ~っ!ふあ~はっはっはー!おっと、今は隠居中じゃった」デスリンボー

「やっと見つけたぜ。だが、……本当に強いのかこいつ?」ゴオ

「強いよん。ほれっ」デスリンボー


そのとき、ゴオの体が吹き飛ばされた!

本体から分離しているデスリンボーの片手が、青年の体を薙ぎ払ったのだ!

ゴオは地下室の土壁に衝突する。


「ぐぅっ!?」ゴオ

「ふぁはは……!これでもわしは上級悪魔だ。陸上、海上、空……それらのどこを探したとしても、わしら上級悪魔に敵う生物などおらぬわ!」デスリンボー

「な、なるほど。言うだけのことはあるぜ……。村人たちが、ソーリーってやつに敵わなかったのも頷ける」ゴオ

「なにっ、ソーリーじゃと!」デスリンボー


一瞬、デスリンボーの目が怪しく光る。

悪魔の体からは欲望が溢れそうになるが、寸前のところで収まった。


「あんたに頼みがある。リンボーヒール村を支配している、怒りの悪魔ソーリーをやっつけてほしい」ゴオ

「ほ~ぅ。悪魔討伐に悪魔の手を借りるとは……。くくくっ。賢明な判断じゃな。……だが、わしは手を貸す気はないよん。わしもソーリーも上級悪魔だが、奴は戦闘向きの悪魔なんじゃよ。まともにやり合っても勝ち目はないわい」デスリンボー

「それは、俺とあんたが組んでもダメってことか?」ゴオ

「ん~?」デスリンボー


ゴオの言葉を聞き、デスリンボーは胴の先端で青年の額に触れる。

そして、「おおっ」と驚嘆の声を漏らす。


「い、いや……!お主は、ひとりの人間ではありえない量の欲望を秘めておるようだ。お主があの剣を使えば、あるいは……!」デスリンボー

「手があるんだな?」ゴオ

「じゃがやだもん!わしは協力せんぞっ!」デスリンボー

「な、なにぃ~?」ゴオ


やだやだと体を左右に振るデスリンボー。

そして悪魔は、再び荷物を袋に詰め始める。


そんなデスリンボーを止めるように、ゴオは叫んだ。


「どういうつもりだっ。怒りの悪魔に村を奪われたら、あんたも困るんじゃないのか!」ゴオ

「当然じゃわい。村での欲望集めができなくなれば、欲望を貪るための新天地を探さなければならなくなる。……というより、もうなっとる」デスリンボー

「じゃあせめて、さっき話してた剣だけでも貸してくれねーかっ」ゴオ


デスリンボーの正面に回り込み、ゴオは悪魔の目を睨みつける。

顔を上げたデスリンボーに怯むことなく、真剣なまなざしを向けている。


しかし、デスリンボーはぷいと顔をそむけてしまった!


「ふーんだ。お前ら人間は、協力しても恩をあだで返しおるのだ。いや人間だけではない。あらゆる生物、無生物がこのわしを裏切りおる。……いいか、はっきりと言っておくぞ!わしと手を組めるのは、このわし自身だけなのだっ!」デスリンボー


地下室内に、悪魔の声が響き渡る。

先ほどよりも強い意志を見せつけるかのようにして、ゴオの誘いを拒否したのだ。


にもかかわらず、ゴオの口元には笑みが浮かんだ!


「そいつは違うぜ。今のあんたじゃ、自分とすら手を組むこともできやしない」ゴオ

「なんじゃと!」デスリンボー

「ふっ。嘘だと思うなら、自分の手元をよく見てみな。あんた自身の体が、答えを物語っているぜ」ゴオ

「なにっ?こ、これは……!」デスリンボー


デスリンボーが手元を見ると、本体から分離している彼自身の手たちが、整理していたはずの荷物を持ち逃げしていた!

荷物を地下室の隅に投げ捨てると、体の持ち主に向かって、ファイティングポーズを構える悪魔の両手。

デスリンボー自身の体が、彼に反旗を翻したのだ!


「さすがは欲望の悪魔の体ってところか。欲望に忠実になれないご主人様に、嫌気が差したようだな」ゴオ

「こ、このわしが、欲望に忠実じゃないだとぉ~っ?」デスリンボー

「ああそうさ。……あんた、俺が声をかける前に言ってたよな。怒りの悪魔に見つかってしまう、と。それにソーリーの名を聞いたときにも反応した。奴の強さにも詳しかった。……恐らくあんたは、怒りの悪魔に負けたことがあるんだ」ゴオ

「な、なぜそれをっ!手品かっ!」デスリンボー


ゴオの指摘を受け、やや取り乱すデスリンボー。

自分の手が勝手にに動いたときよりも、言葉が上擦っている。


「推理だよっ!あんたは、負けを認めて逃げているつもりなんだろう?だが、心の底では違う!ソーリーに逆襲してやろうという野望を、心に宿している!」ゴオ

「き、貴様に何がわかるっ!欲望も読めない貴様に!」デスリンボー

「わかるさっ。本当に勝てないと悟ったやつは、逃げられる隙があれば、喜んで逃げるんだぜ!荷物なんか気にせず、逃げ一択!それをしないってことは、ソーリーと戦う意思があるってことだ!」ゴオ

「むうぅっ!」デスリンボー


ゴオの気迫に押されたのか、一歩分後ろに下がるデスリンボー。

次の言葉を返すことなく、何かを考えるように唸っている。


「う~む」デスリンボー

「俺と共に戦いなっ、デスリンボー!俺たちの標的は同じはずだぜ!俺とあんたが一蓮托生にならなければ、到底ソーリーの力には及ばない!」ゴオ

「……いいだろう。お前さんの話が全て本当ならば、お主の溢れんばかりの欲望を信じ、手を組んでやってもいい。……今からわし自身の欲望を確認する!適当抜かしておったら、お主の首をはねる!文句はないなっ!?」デスリンボー

「なにっ?いや……俺は命を捨てる覚悟でここにきている!やってみなっ!俺自身の推理を信じられなくて、人間不信の悪魔野郎を信じさせられるものか!」ゴオ

「よくぞ言った!はああああぁ~っ!」デスリンボー


デスリンボーの体から、欲望のエネルギーが溢れ始める!

そして欲望エネルギーを浴びた彼の両手は、引き寄せられるようにして、欲望の悪魔の元へと飛んでいく。

元の位置に収まった両手は、デスリンボーの体の動きに合わせて浮いている。

デスリンボーは、自らの両手を取り返したのだ!


「ふぁ~っははは~っ!わしの両手が戻ったぞい!久々の欲望垂れ流しによって、わしの気分も上々じゃ~っ!」デスリンボー

「で、あんたの欲望はどうなんだ……っ!?」


緊張した面持ちでゴオが尋ねる。

欲望の悪魔が喜んでいるとはいえ、彼は命懸けの約束をデスリンボーと結んでいる。

ゴオの推理が外れていれば、彼の首がはねられるという約束だ。


デスリンボーは青年の目を捉えると、その三日月のような鋭い目を光らせた。

彼の凶器にもなり得る硬質的な手が、ゴオの顎を持ち上げる。

鋭い爪は、ゴオの首元にすでに触れている!


「くくく、……恐ろしいことに当たっておったわっ。ソーリー撃破こそがわしの望みじゃった!わし自身ですら気づかぬ欲望に、よくぞ気づいたものだなっ!一体どんな姑息な手を使ったのだ?」デスリンボー

「……ははっ。手でもなけりゃ頭脳でもないぜ。相手のことを知りたがってるのは心なのさ」ゴオ


デスリンボーの手を押し退け、安心したように笑うゴオ。

落ち着いた態度をとっているが、額には汗が浮かんでいる。


「なにはともあれ、これで共闘決定だなっ」ゴオ

「お、握手しちゃうー?わし、友好的な態度とかは真に受けないぞ」デスリンボー

「こういうのはノリが……って、また両手がストライキ起こしてるぜ」ゴオ

「なぬっ!う、生まれて初めて口が欲望に逆らいおったわっ。ではほれ、手加減して握手してやろう」デスリンボー


デスリンボーとゴオは手を取り合う。

手のサイズも、種族も、考え方も、何もかも違うふたりが結束の握手をしている。

ふたりに共通するのは、強い欲望と、そしてソーリーという強大な敵である。


握手を終えたふたりは、敵の本拠地であるリンボーヒールに向かうのだった。

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