第5話:思い人ヨウの気持ち
デスリンボーを退けたアーは、吹き上がった砂が舞い散る中、ヨウが目覚めるのを待っていた。
ヨウの顔の上を覆うようにして、彼女の近くに手と膝を着いているアー。
しばらく同じ体勢を続けているため、青年の背中には砂が積もっている。
「そろそろか……?」アー
アーが四つん這いのまま後ろに下がり、横たわる少女の顔を覗き込む。
すると、顔を真っ赤にしているヨウと目が合った!
「い、いつでもいいですよ!か、か、覚悟はできています!」ヨウ
「…………!ヨウ!目が覚めたのかっ!」アー
「え?あ、あれ?」ヨウ
きょとんとするヨウの肩に腕を回し、少女の体を起こすアー。
青年の目にはわずかに涙がにじんでおり、しかしながら安心したような笑顔で少女を見つめている。
一方ヨウは、その真っ赤な顔を少し伏せるようにして、言葉を続ける。
「し、心配してくれていたのですね!い、いえ別に、変な勘違いをしていたわけじゃなくて、その。……アー君!?今、私に世界共通語で……?」ヨウ
「ああそうだ。心配かけてすまなかったな、ヨウ。あんた……、君……?なあヨウ。お前のことを何て呼べばいいと思う?」アー
「きゃーっ!ついにアー君とお話できるんですね!えへへっ、何でもいいに決まっているじゃないですか!好きに呼んでください!それに、お前って言っちゃってますよ、おバカさんっ」ヨウ
「す、すまない」アー
ヨウが立ち上がると、続くようにしてアーも立ち上がる。
そして、ふたりはそれぞれ地面に落ちている物に目をやる。
アーは近くにあった女神の剣を、ヨウは足元に倒れていたロボットを拾い上げた。
ロボットは動き出し、チューブを体の中に収めると、ヨウの腕に抱きついた。
「ロボットさんもありがとうございます。おかげで命拾いしました!」ヨウ
「そういえばさっき口に……」アー
「あっ、……はい。実は、砂浜に飲み込まれた私は呼吸ができなかったのですが、ロボットさんの、……その、口移しのおかげで呼吸を取り戻したみたいでして」ヨウ
ヨウはばつが悪そうにしながら、青年に目を向ける。
顔には不安の色が浮かんでおり、アーの服の裾をぎゅっと握り締めている。
アーはそんな少女の頭に手を置くと、ロボットに顔を近づける。
「俺が引っこ抜いたのは口だったのか。ありがとうロボット。俺の最も大切な人を救ってくれて」アー
「あ、アー君。……い、いいんですか?こんな風に、ファーストキスをふいにしてしまうような私で、本当に……」ヨウ
「ヨウさえよければ、俺はずっとヨウと一緒に居たい。キスのことが気になるなら、心の傷が癒えるまで、いつまでも待つ。だから、んむ……っ?」アー
姿勢を戻そうとしたアーの顔を掴み、ヨウは間髪入れずに、青年の唇に自らの唇をすっと押し当てた。
そして、アーの首に腕を回し、青年の顔を引き寄せる形でキスをする。
唐突なキスに、アーは顔を赤くして、女神の剣を落としてしまう。
ヨウの体を抱き寄せることも、逆に突き放すこともなく、ただただ腕をびくびくさせている。
いきなりのキスに動揺してしまったのか、アーの呼吸はあっという間に乱れ、少女よりも早く息が上がってしまった!
「ん、んんぅ~……!っはぁ!はぁ、はぁ……っ!」アー
「ふぅ……。ど、どうでしたかっ。き、キスしちゃいましたけど……」ヨウ
「……しょっぱい」アー
「あー。浜辺の砂、結構口に入っちゃいましたからね。で、では村に帰ってからもう一度しましょう!今度は塩っぽくない、本当の味のキスをっ」ヨウ
ヨウの提案に、アーは息を整えながら頷く。
アーは落とした剣を拾い上げると、刃を下に向けて、少女にも見えるように持つ。
「呪いの原因は、この剣だった」アー
「あっ。それってアー君がいつも大事そうに持ってる剣ですよね。どういう経緯で手に入れたんですか?」ヨウ
「母の形見なんだ。だが、生きてる人間の怒りを吸収し、恐ろしい災厄を発生させるらしい。この剣は、母の墓に返そうと思う」アー
アーは剣を腰に収めて、少女に手を差し出す。
ヨウは青年の手を握ると、アーを引っ張るように村の方へと歩いていく。
「ではこの砂浜の異変が、最後の呪いということですね。これからは解呪のためではなく、私たちがおしゃべりするための冒険が始まると」ヨウ
「ああ。全てはヨウと、ついでにロボットのおかげだ」アー
「ふふふ。ところでアー君。いつの間にか私よりも前を歩いてますよ」ヨウ
アーの歩く速度はいつもよりも速く、海岸を出るころには、少女の手を引くように前を歩いていた。
ヨウに歩く速さを指摘されて、顔を赤くするアー。
「べ、別に照れなくても。本当のキスの味は私も知らないので、わ、私も早くしたいという気持ちはありますし、その」ヨウ
「違うんだ。今は、しょっぱい味のキスが恋しい」アー
「も、もう~。でも実は私も。……お姫様抱っこしてくれますか。アー君の腕の中でキスしていたいんです。疲れたらすぐやめてもいいので、お願いしますっ」ヨウ
「疲れはしないさ。ヨウは羽よりも軽い女の子だ」アー
「……はいっ!」ヨウ
青年と少女は口づけをしながら、村へと帰っていく。
最初はロボットだけがふたりのキスを見ていたが、次第に村人たちの目に触れ、ふたりの関係はリンボーヒール村に知れ渡った。
呪われた青年の噂話をかき消すように、ふたり見せつけるかのような深い関係が、村人たちの間で噂されるのだった。
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