第3話:裏切られた悪魔デスリンボー

日が地平線に達している、夕暮れ時。

青年と少女とロボットは、欲望の悪魔デスリンボーとの待ち合わせ場所である海岸へとやってきた。


アーは、すでに少女の肩を借りることなく歩いており、ヨウの肩にいるロボットをジト目で注視している。


青年の前を歩いているヨウは、自身の頭に抱きついているロボットを撫でながら、鼻歌交じりに足を進めている。


「ふんふんー。ようやく海岸まで戻ってこれましたね。結局、街では休憩せずにここまで来ましたけど。アー君、本当に体調はもういいんですか?」ヨウ


急に振り返って、ずいっと顔を近づけるヨウに、青年はこくこくと顔を縦に振る。

表情こそは平然としているものの、アーの顔がわずかに赤くなる。


ヨウは青年の額に手を当てたあと、不思議そうに首をかしげる。


「どうしたんですか?熱はないのに顔が赤いですよ?……わかっちゃいました!もうすぐお話できるようになるから、わくわくして興奮しているんですね!」ヨウ

「…………」アー

「えへへ。私も、アー君とお話するのがとっても楽しみですよ。この時のためにずっと、これまで一緒に島中を歩き回ってきましたから。……お話できるようになってからも、何か目的をもって、一緒に島中を冒険できるといいなぁ」ヨウ


穏やかな笑みを浮かべて、青年に体を寄せるヨウ。


顔を赤くして、しばらく明後日の方向を見つめているアーだったが、やがて少女の肩に手を伸ばしていく。


しかし、青年がヨウの肩に触れるよりも前に、大きく硬質的な手が、アーの前腕をがっしりと掴む!

体を寄せあうふたりの目の前に、煙状の悪魔が姿を現した!

欲望の悪魔デスリンボーだ!


デスリンボーは地中から湧き出るように現れ、本体から分離している手を大きく上下に振った。


「ふぁあ~ははは~っ!お主たち、よくぞわしの部下を探し出してくれたなっ!ほれ、友好の握手握手っ」デスリンボー

「きゃっ!アー君!」ヨウ


デスリンボーに前腕を掴まれていたアーは、その勢いに押されて、バランスを崩してしまう。

青年の足は、砂浜と宙を行ったり来たりを繰り返して、海岸の砂を巻き上げている。

悪魔の握手は2秒ほどで終わったが、青年と少女とロボットは舞い上がった海岸の砂にまみれてしまう。


「けほけほっ。で、出ましたね、この変態悪魔!せっかくのいいムードが台無しじゃないですか!とりあえず、アー君から手を放してくださいっ」ヨウ

「おっとすまん。興奮して力が入りすぎてしまったわい」デスリンボー


ヨウに指さされて、デスリンボーは慌てたように掴んでいた青年を手放す。


腕を開放されたアーは、砂を払いながら立ち上がる。

そして少女の横に並んで、デスリンボーに鋭い視線を向けた。


「…………」アー

「くくくっ、わしの忠実なる部下に変なことをしておらんだろうな」デスリンボー

「ふーんだ。ロボットさんとはお友達になったんです。友達として友情を深め合ったりしただけですよ。何か問題でも?」ヨウ

「ぷっふふふ!ろ、ロボットが友達だというのか~お主はーっ!かっはははははっ!ま、まあいいだろうっ。強い衝撃とかでなければいいわい。さあロボットよ、主人の元に戻ってくるがいい!」デスリンボー


少女の肩に乗っているロボットに、手を差し伸べるデスリンボー。


しかし、ロボットはデスリンボーの元へは戻ろうとはしなかった。

いや、それだけではない!


ロボットはアームを左右に振った後、ヨウの顔にコードの腕を巻き付けて、体をぴたりとくっつける。

そのままの体制で、デスリンボーに向けて、あっちへ行けと言わんばかりにアームを振っている。


その場の誰もが、ロボットの動作が、デスリンボーの元へ戻ることを拒否しての行為であると理解した!


「ば、バカなっ!お、おいっ、これはどういうことじゃあっ!なぜ、ロボットがわしの元に戻らんのだっ!?」デスリンボー

「……そんなこともわからないんですか?あなたは今、ロボットさんと私たちの友情をバカにするかのように笑ったじゃないですか!だからロボットさんは怒って、あなたの手を取らなかったんです!」ヨウ

「怒り……だとぉ~っ?バカ言ってるんじゃない!ロボットに感情などありはせぬのだっ!感情を持たぬ機械人形ごときがっ、なぜわしの命令に背いているんだぁーっ!」デスリンボー


煙のような体をそらせて、天に向かって吠えるデスリンボー。

紫色の体はどんどんと赤みを増し、変色していく。

体がすっかり赤く染まった頃には、悪魔はその鋭い視線を、目の前にいる人間ふたりへと向けていた。


「わしの中に沸き起こるこの感情は、なんだと思う!燃えるように激しいが、恋というような欲望チックな感情ではないっ!怒りだっ!欲望の悪魔たるこのわしが、初めて怒りに目覚めたぞっ貴様らぁーっ!」デスリンボー

「…………!」アー


デスリンボーは、大きく頑丈な手を少女へと振り下ろす。


しかし、ヨウの目の前にアーが立ちふさがり、腰にあった剣でデスリンボーの攻撃を受け止めた!


「ええい、退かぬか貴様っ!ロボットを奪った第一容疑者はそこの小娘だっ!お主の判決は後だから、後方で順番待ちでもしておれっ!」デスリンボー

「あなたはロボットさんを、仲間として信頼していたんじゃなかったんですか!感情がないだの、人形だの、奪っただのと!これでは、モノに対する扱いとなんら変わりません!友人として見過ごせない!」ヨウ

「黙れ黙れ、やかましい!感情がないはずの無機物の部下にまで裏切られた気持ちが、お前たちにわかるものかぁっ!」デスリンボー


デスリンボーは体を横回転させ、剣ごと青年を吹き飛ばす。

そのまま回転を止めることなく、悪魔は少女に襲い掛かった!


「貴様を殺し、部下を取り返すっ!死ねい!」デスリンボー

「きゃあーっ!」ヨウ

「…………!」アー


吹き飛ばされたアーだったが、砂浜に剣を突き刺して、それを支えに跳ぶようにして、デスリンボーの背後に襲い掛かる!


その時、海岸に異変が起きた!

アーが地面に剣を突き刺したときに、剣から発せられる欲望エネルギーが流出し、ヨウの真下へと引き寄せられるように流れていったのだ。


少女の足元は、欲望エネルギーの刺激を受けて、流砂のように地中へと飲み込まれていく!

流砂の中心に居たヨウは勿論のこと、彼女の肩にいたロボットも同じく、足場ごと砂浜の中へと飲み込まれていった!


「…………!?」アー

「な、なんじゃとぉ!?」デスリンボー

「ええっ!?た、助けてアー君……っ!」ヨウ


数秒と経たないうちに、少女とロボットの姿は砂の中へと消えていった。


海岸に残されたのは、浮いている欲望の悪魔と、現場からやや離れたところにいる青年だけである。


デスリンボーは、アーを指さし声を荒げる。


「こ、こやつめ!わしが部下を取り返しそうになったから、あの小娘ごとロボットを葬りおったなっ!悪魔の剣を持っているからもしやと思ったが、貴様っ、やはりソーリーの手先だったのか!」デスリンボー

「……ど、どういうことだ。今のは間違いなく呪いの力。呪いは、俺が言葉を発したときに発動するわけじゃないのか!?」アー

「その言葉……今は懐かしいリンボーヒール語ではないか。お主まさか、あの恐ろしい海の民たちの子孫か!」デスリンボー

「な、なにっ?お前、訛りのある世界共通語だけでなく、母と同じ言語まで話せるのか!……答えろ悪魔!ヨウを、彼女を助けるにはどうすればいい!」アー


構えた剣を、デスリンボーの首元に突きつけるアー。


対するデスリンボーは、首元の剣など全く意に介する様子もなく、体から分離している両手を構える。


「小娘よりも自分の心配をしたらどうじゃ!海の民も、ソーリーからの刺客も、部下との絆も!この戦いで全てケリをつけてやるわい!」デスリンボー


それを聞いたアーは、デスリンボーの首元を、浅く剣で斬りつけた!

そして今度は、デスリンボーの首の横まで刃を持っていく。


「この女神の剣には、門外不出の言い伝えがある。伝承によると、この剣は唯一、悪魔を仕留めることのできる宝剣であるという話だ。……デスリンボー!俺は彼女の命を救いたい!邪魔をするなら、お前の命を断つ!」アー

「やってみるがいい。お主程度の腕前では、このわしに攻撃を当てることもできぬわぁっ!」デスリンボー


デスリンボーの鉄のように固い手が、青年目掛けて振り下ろされた!

刃物のような手が、アーの頭上に迫っていく!

しかし、悪魔の手はアーを切り裂くことなく、動きを止めた!


デスリンボーの攻撃よりも一歩早く、アーの剣による攻撃が、デスリンボーの首を切断していた!

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