第2話:ロボに嫉妬する
ヨウとアーはふたり手をつなぎ、島中を走っていた。
少女が先導し、青年は振り回されるようについていく。
ふたりは海岸を出た後、村内を駆け抜け、現在は森の中を走り続けている。
しばらくして、アーが前を走るヨウの肩を掴み、その場に立ち止まった。
「きゃあっ!」ヨウ
「…………」アー
「あっ……ち、違うんですアー君。私、ホントにそんな変なこととか考えてなくてっ…………年頃の女の子の、気の迷いというかっ、……その」ヨウ
顔を真っ赤にして、膝に手をつくヨウ。
島中を走り回って疲れが出たのか、呼吸が荒くなっていく。
ふたりが森の悪路を走り続けて、すでに1時間は経過していた。
少女と青年のどちらも、疲労の色が濃くなっている。
そんな中、アーは少女の肩に手を置き、ある一点を見つめている。
前方だ。
青年の視線は、彼らの進行方向にある悪路を横断している、白い箱のような物体に向けられていた。
白い物体は、既存の生き物とはかけ離れた姿をしており、体は丸みのある正方体の金属でおおわれていた。
前面の一部は、黒く輝くガラスパーツで、目のような役割を果たしている。
体のサイズは、大人の両手に収まりそうなほど小さい。
体の左右からは、細い三本爪のアームが垂れており、体と手はコード状の腕によって繋がれている。
コードは体内部に収納されており、必要に応じて伸びたり巻いたりできる。
また足は、起伏の激しいキャタピラーが動いており、力強く動いている。
足と体をつないでいるのは、複数の短い棒状のパーツで、関節部分は駆動する。
前側、あるいは後ろ側だけの関節を持ち上げることで、上下を向きを変えられる。
ロボット自身がどこかを向く際には、基本的に足部位のどこかを使う。
これらの特徴と機能を持つロボットが、森の悪路を通行していた。
立ち止まるのが遅ければ、踏み潰されていた可能性もあるほどの小さな存在。
全力疾走をする中、アーはそんな存在に気付いたのだ!
アーは、呼吸の整ってきたヨウの肩をべちべち叩く。
「同情は不要です、アー君!はぁっはぁ……!悪魔の精神攻撃なんかに屈する私ではっ。……なんです?あっち?」ヨウ
「…………」アー
「はっ!あの姿形は!辱めの悪魔が交換条件で提示してきた、彼の仲間の特徴に見事当てはまりますよっ!やりましたね、アー君!」ヨウ
ふたりは顔を見合わせ、互いに頷く。
そして、森の中を進むロボットに近づいた。
「あのー、ロボットさん?」ヨウ
ヨウが声をかけると、ロボットは方向転換して、ふたりのいる方を向く。
ロボットの体の前側が、内部パーツの働きによって持ち上がっていき、前面についている黒ガラスと、対面するふたりの目線がぶつかり合った。
ヨウはしゃがみ込んで声をかける。
「あなたがロボットさんですよね?私たち、あなたの仲間であるデスリンボーさんに頼まれて、あなたを探しにまいりました!よろしくお願いします!」ヨウ
ヨウがロボットに手を差し出すと、ロボットもコードのような腕を伸ばし、三本爪の手で少女の手を握る。
がっしりと握手を交わした後、ヨウはロボットを腕の中に抱きかかえた!
腕の中のロボットを、少女はぺたぺたと触っている。
「かっわいいー!悪魔の仲間でこのサイズ……、ロボットさんは妖精さんに違いありませんっ!んー、でもちょっとお肌が固めな気がしますね。もしロボットさんがよろしければ、表情筋を緩くする方法があるのですが、試します?」ヨウ
ヨウの問いかけに、ロボットは体を上下させる。
「よしきた!」ヨウ
ロボットの返答に、少女は嬉しそうにこぶしを握り締める。
ヨウは木の根に腰を掛けて、太ももの上にロボットを置く。
そしてロボットの体を、左右から指でとんとん小突いたあと、両手を少し広げて、構えを取った!
「ふむ……ふむ。安心してください。体のサイズや皮膚の硬さから、少し弱めにぶすりっすれば、いい感じに耐えられるということがわかりました!……では、いきます!えいっ!」ヨウ
ヨウは両手の人差し指だけを伸ばし、ロボットの体の左右に押し当てた。
がきんっ、という音が鳴った後、ロボットの体から煙が立ち始める。
直後、キャタピラーが急発進を始め、ロボットはヨウの脚を走っていく!
しかし、膝を超えたあたりでバランスを崩してしまい、ロボットは地面に転がり落ちてしまった。
「ろ、ロボットさん!?大丈夫ですか!」ヨウ
「…………!」アー
少女と青年は、慌てた様子でロボットに駆け寄る。
ふたりがしゃがんで覗き込むと、ロボットから上がっていた煙は収まっていた。
倒れているロボットはコードのような腕を伸ばして、ヨウの着ている服の襟を、三本爪の手で掴む。
そのまま少女の肩に飛び移ったロボットは、ヨウの顔に腕を回し、抱きつくように体を擦り付けはじめた。
「きゃー!く、くすぐったいですってばー!あわはははっ!あっ、足で肩をぐりぐりしないでぇ~!」ヨウ
「…………!」アー
動き続けるキャタピラーに押されて、ヨウの服の襟元は、徐々に腕側へとずれていく。
肩が露出していき、服のずれが少女の肩関節を超えそうになったところで、顔を赤くしたアーが、ヨウの肩にいたロボットを乱暴に取り上げた!
しかし、すぐに服を整えたヨウが、青年からロボットを取り返す。
「あ、ダメですよアー君。ロボットさんは思いのほか体が強くないみたいなので、乱暴な接し方はよくないです。ですよねロボットさん」ヨウ
ヨウの問いかけに、ロボットは体を上下させて答える。
そして、少女の首にコードのような腕を回し、ロボットは装飾品のようにヨウの胸元にぶら下がる。
ヨウは、そんなロボットを優しく両手で抱きかかえた。
「お元気そうでなによりですっ。体調が優れなくなったらすぐに言ってくださいね。気分が落ち着くまで、私がロボットさんの手を握りますから」ヨウ
「…………」アー
眉をひそめて、ロボットの背中に視線を向けるアー。
青年は、ヨウの肩をぺちぺちと叩くと、街のある方向に親指を突きだして、何度もそちらの方向を指し示す。
びしりと鋭く、力強く、街の方向を指し示している!
「あ、もしかして帰り道ですか?さっすがアー君!よくぞあれだけ走って、帰り道を覚えていてくれました!では街に……なんれふかロボッホふぁん?」ヨウ
ヨウの腕に抱かれたロボットが、アームを少女の口元にまで伸ばし、頬と口の間をぐいぐいと引っ張っている。
そして、今度は青年とは反対側にある木に向かって、アームを突き出した。
「あの木に行きたいんですか?よーし、運び屋ヨウちゃんに任せてください!」ヨウ
青年に背を向けて、少女とロボットは街とは反対側にある木に寄っていく。
ふたりは木の周りで盛り上がっており、帰り道を指さす青年は、ひとりだけ距離の空いた位置に取り残されている。
「おお、ロボットさんも自然が好きなんですね!いいお友達になれそうです!私も植物が好きで、巨大な芽を見に行こうとしたことがありましてねー」ヨウ
木に飛びつき、抱きつくロボット。
その様子を見て、話をする少女。
どちらも木のことで、とても楽しそうにしている。
一方青年はというと。
ひとり肩を落として、その場にしゃがみ込んでいた。
すぐそばにある木に手をついて、地面を指でいじくりまわしているアー。
とても、楽しそうとは言えない雰囲気である。
距離はそれほど離れてはいないのに、まるでふたつの空間があるかのような異様な雰囲気が、森の中に形成されていた。
少しの時間が過ぎた頃、ヨウが声を上げる。
「そこでアー君が現れて、凶悪な葉っぱに襲われた私を……。あれアー君?そんなところにうずくまって、どうしたんですか?」ヨウ
「…………」アー
ロボットを手に抱え、少女はアーの元へと駆け寄る。
アーは姿勢を変えることなく、地面をいじっていた方の指で、街のある方向を力なく指さした。
「え、あっちですか?街への帰り道ですよね。……はっ!ま、まさかお腹痛いんですか!?そういえば、最初に帰り道を指さしたときも必死だったような。わああ、ごめんなさいアー君~!」ヨウ
「…………!?」アー
青年のすぐ近くまでやってきたヨウは、しゃがみ込んでいるアーの胴体に空いてる側の腕を回し、肩を貸して立ち上がる。
口をぱくぱくさせているアーを気にする様子もなく、ヨウはぎゅっと体を密着させて、街の方へと歩いていく。
最初こそはあたふたとしていたアーだったが、やがてふっと息を吐くと、静かに少女と足並みを揃えるのだった。
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