3章 無言の絆!~デスリンボーとロボ~

第1話:リンボーヒールを歩き出る

絶海の孤島にある村、リンボーヒール。

100年前の大噴火で生成された島に、大陸から移住してきた人間たちが住み着くことで、この村ができたのである。


そんなリンボーヒール村にひとり、原住民の末裔が住んでいた。

彼の名前はアー。

言葉を発することのない、青年の男である。

青年は腰に剣を携えており、剣の柄はいびつに歪んでいる。


村の広場にいる彼を、村人たちはあからさまに避けていた。

通りすがりの村人グループが、口々に青年のことを話している。


「やぁーだ、呪い男がいるだわよ。お耳にお指を入れるだわよ」村人A

「あいつ、きっとまた、ヨウちゃんと待ち合わせだぜ。ぜってーあいつ、声を聞かせるぞって、ヨウちゃんのこと脅してるんだよ」村人B

「バカ。脅されてるなら、ヨウちゃんはとっくに呪い殺されてるって」村人C

「こらーーーっ!」???


そのとき、噂話をする村人グループの前に、ひとりの少女が立ちはだかる。

少女は、村人のひとりの肩を掴み、声高らかに叫んだ!


「あなたたち、アー君の悪口を言っていましたね!アー君を侮辱することは、この私、ヨウちゃんが決して許しませんよ!」ヨウ

「ち、違うんだヨウちゃん!俺はただ君のことが心配なだけで!あと、触るなら肩よりも、体中をさわさわしてほしいなーなんて」村人B

「ん?……えいっ」ヨウ

「おっひゃあぁぁぁ~~~ん!」村人B


ヨウは、村人Bの両わき腹に、親指をぶすりっと押し当ててた。


男は、素っ頓狂な声を上げながら体をそらし、そのまま地面に倒れ込んでしまう。

目を見開き、開けた大口を震えさせながら、全身を時折、びくっと大きく跳ねさせている。

目には涙が溜まり、口では声が混じりそうな呼吸をしているが、その表情からはどこか満足感のようなものがにじみ出ている。


少女は、残るふたりの村人に、両手の親指を見せつける。


「ごらんの通り!私のぶすりっは一撃必殺の民間療法!わき腹を押せば、1週間は腰に力が入らなくなり!胸の横を押せば、だらしない笑顔を1週間は晒し続けることになるのです!ふふふ、覚悟はよろしいですね?」ヨウ


両手を構え、にたにたと笑みを浮かべながら、ヨウはふたりの村人へとにじり寄っていく。


「お、俺はそのバカに話を合わせただけなんだー!ひえーっ」村人C

「お腹にお指を入れられるのは嫌だわよー!逃げるのだわー!」村人A


村人ふたりは、背を向けてどこかへ走り去ってしまう。

ヨウは、逃げるふたりを見送った後、大きく息をつく。


「ふぅ~。今日も人々の意識を正すことができました。見ていてください、アー君。あなたの誤解は、必ずや私が打ち破ってみせます!」ヨウ

「…………」アー


アーは、ひとり盛り上がる少女の背後に立ち、彼女の肩を軽くノックする。

振り返ったヨウと目が合うと、青年は顔を少しそらす。


「んえ?あ、アー君!?どうしてこんな所にっ!……って、やだなー、冗談ですよー。私は、約束を忘れない女ですので。さ、今日も行きましょう!呪いという名の不運を打ち破るために!冒険に、レッツゴーっ」ヨウ


ヨウは青年の腕を引っ張り、村の外へと歩いていく。

アーは、終始黙ったままであったが、少女の行為を拒む様子もなく、ヨウの後に続くのだった。


ふたりが村を出るのに、さほど時間は掛からなかった。

村外れにある海岸まで歩いたところで、少女は足を止める。


「あそこを見てください、アー君!今日は、変わった先客がいます!」ヨウ


前を歩く少女の言葉を聞いて、青年は海岸に目を向ける。


海岸にいたのは、人とはまるで違う姿をした生き物だった。

煙の体、いびつな手、角に羽に鋭い目!

足のない渦状の下半身は、空に浮かんでいる!

明らかに人ではないなにかが、ふたりの目的地である海岸で、ふわふわきょろきょろしているのだ!


「見てください、あの顔色と輪郭の悪さ!いかにも不吉なことに精通していそうです!すぐにでも話を、って、アー君?」ヨウ


海岸に飛び出そうとするヨウを、アーが片手を伸ばして遮る。

青年のもう片方の手は、腰にある剣の柄を握っている。


「心配には及びませんっ。だって、あの煙の体!羽よりも体重の軽い私と比べても、まるで質量はないでしょう!吹けば消し飛ぶウェイトパワー!もし私たちを襲ってきたとしても、負ける道理はありません!」ヨウ

「…………」アー

「それにですよ。言葉を交わして初めて伝わることが、きっとあるはずです。驚きの新情報が、何気ない言葉に眠っていたりするのです!私たちが海辺で手掛かりを探すように、言葉の海も探さねばなりません!さ、いきましょう」ヨウ


ヨウは青年を引き連れながら、海岸にいる生き物に近づいていく。

制止を促していたアーも、少女に腕を引っ張られながら、人ならざるものがいる場所まで進んでいく。


まもなく、ふたりは海岸をうろつく煙の生き物と対面した。


「おやおや?このわしに自ら近づくとはな。ふぁはは。この欲望の悪魔デスリンボーに、何かを聞きたいようじゃな」デスリンボー

「おおっ!悪魔だそうですよ!この人であれば、アー君が呪われていないことを証明できるかも!」ヨウ

「ほう、呪いときおったか。ふあはははっ。事のいきさつをすべて話してみるのじゃな。もっとも、大方の原因は察してしまったが」デスリンボー

「ほら、もう大方わかってるですってよ!これは期待大です!話しましょうアー君、さあ!」ヨウ


ヨウが青年の肩を掴み、呼びかけるが、アーはぷいと横を向く。

しかし青年の目だけは、何かを訴えるように、ヨウに視線を向けている。


「興味はあるんですね。……わかりました!では、今日はお話できないアー君に代わり、このヨウちゃんが、説明を務めさせていただきます!」ヨウ

「ひゅーひゅー!」デスリンボー

「こほん。えー、事の始まりはそう、1年は昔のことになるでしょうか。

村から離れたところに、巨大な植物の芽があると聞いて、一目見ようと向かったときのことです。


巨大な芽は珍しく、いつもであれば村の人が見張っているので、私は台風が過ぎた直後に、こっそりと村を出ていました。

おかげで巨大な芽を拝むことには成功したのですが、その時、折れかかっていた1枚の葉っぱが、風に飛ばされて、私の方に襲い掛かってきたのです!

村の半分ほどの大きさはある葉っぱが、容赦なく、か弱い少女に覆いかぶさります!


なんということでしょう!

少女は獰猛なる葉っぱの下敷きになってしまいました!

地面と葉っぱの間に足が挟まった少女は、一切の身動きすらもできなくなり、死か救世主を待つしかありません!


真っ暗闇の中で、少女はすすり泣きますっ。

やがて、助けを求める声に導かれたかのように、運命の時はやってきました!

少女の頭上の葉っぱがばらばらと崩れ、救世主が現れたのです!

こうして、私とアー君のふたりの関係が、始まりを迎えたのでした。


……はっ!こ、後半へ続きます!」ヨウ

「ここまで話して、呪いの話がちっとも出ておらんじゃないか……」デスリンボー

「えへへへ。一番の思い出なのでつい。アー君の正体が、呪われていると村で噂される人物だと気づいたのは、その後すぐのことなんですよ。


えっと、葉っぱの中に閉じ込められていた私に、降り立ったアー君は、手を差し伸べてくれたんですね。

その時に声をかけてくれて。

でも、アー君の言葉は、聞いたことのない言語でした。


それで私、思い出したんです。

村で噂になっている、声を聞くだけで祟り殺されるという、呪われた原住民の話を。

……もちろん、ただの不運な勘違いです。


私も帰り際、竜巻に襲われたり、波にさらわれて溺れかけたりしましたが、アー君の助けもあって、なんだかんだで生きています。

でも、アー君も村のみんなも、単なる偶然を、呪いと勘違いしているんです!


いいえ、正直に言いましょう。

偶然だろうと、呪いだろうと、どちらでもいいんです!

私はただ、アー君と普通におしゃべりがしたい!

言葉なんか通じなくても、物を指さして、何か言うだけでもいいんです!


だから、呪いなんか起こらないかもしれないから、アー君、あなたの口からなにか話してよ!


……あ、あれ。

なんで私、こんなことを」ヨウ

「…………」アー


ヨウは、話の途中から目に溜まっていた涙をふく。

そして、ばつが悪そうにアーに視線を向けるが、青年は顔を伏せたまま何も言わなかった。


そんなふたりを見て、デスリンボーが笑う。


「くくくくっ。人が欲望を暴露する姿は、いつ見てもいいものだわい。命を助けられただけで、仲間意識だとか好意を持っちゃうあたりは、実に愚かというか、滑稽としか言いようがないがのぉ~っ。ふぁははは!」デスリンボー

「むっ」ヨウ

「…………」アー


デスリンボーの挑発的な言葉に、ふたりは反応する。

少女は不満げに悪魔を睨み、青年はそれよりも早く悪魔に駆け寄り、剣を突きつけている。


「おおっと。なぜか気に障ったようじゃな……。まあ待て。貴様らの言う、呪いとやらの原因を教えてやろうではないか」デスリンボー

「なんですって!」ヨウ

「わし、元々教えてやるつもりだったもん。とはいえ、剣を突きつけられて傷心気味じゃからなー。無礼を働いたお詫びに、わしの交換条件をのんでくれるなら、教えてやってもいいよん」デスリンボー


デスリンボーの提案を聞いて、青年と少女は顔を見合わせる。

どちらも決して、ラッキーなどという顔をしてはいない。

むしろ、息の詰まりそうなほど真剣な顔をしている。

悪魔の提案に乗るべきかどうか、本気で悩んでいる顔だ!


「ひとつ聞きますけど。その交換条件とは何ですか」ヨウ

「なぁに。わしの部下を探してきてほしいんじゃよ。白い箱みたいな姿のロボットなんだが、どっかに行ってしまってな」デスリンボー

「……えっ。それだけでいいんですか?」ヨウ

「それだけとはなんじゃ!つーかお主、そんなにエッチな欲望を垂れ流して、悪魔を一体何だと」デスリンボー

「わあああああぁーっ!行きましょうアー君!悪魔の言葉に耳を貸してはいけませんっ!」ヨウ

「あらら。わしは日が暮れるまでここを探しとるから、見つけたら頼むぞぉ」デスリンボー


デスリンボーから逃げるように、少女と青年は海岸から走り去る。

ふたりは、手をつないだまま、しばらく島中を縦横無尽に駆け回るのだった。


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