第8話 決着の時、最後のオリジナルと最強最大の戦力。
話は一旦、一ヶ月前に遡る。
帝都への奇襲作戦を練る為にジークたちは、密かにとある場所で集まっていた
「急な呼び出しによく応じてくれた。ありがとう」
「別にいいけど、なんでこんな場所で?」
場所はかつてジークとギルドレット、そしてティアの兄ラインが亡くなった地。
彼ら……特にジークにとって色々と意味深い場所であったが……。
「ここは奴らとの因縁場所。話し合いにはちょうどいいと思ったんだよ」
《鬼神》デア・イグスと死闘を繰り広げた街だ。
ボロボロになった教会内で彼らは集結していた。
極秘の為集まっている面子も彼の知っている者の中で、最も口か固く信用できるメンバーに絞っていた。
「移動はこっち持ちだが、あー……招集に応じてくれて助かった」
「お久しぶりです皆さん!」
作戦の中心であるジークとアイリスが皆を迎える。
ただ気まずそうにするジークとは裏腹に、久々の再会で嬉しいのかアイリスは微笑みを浮かべて一礼をした。
「ええ、本当に久しぶりですねジーク。それに────アイリスさんも」
最初に挨拶をしたのは第二王女のティア。
アイリスと同じように微笑んで彼女と握手を交わしている。護衛が付いてないのはかなり問題なのだが、彼女には王族側に知らせてもらわないと困る。……何よりこの場に呼んだのはアイリスのお願いだった。
「はい、王女様」
「ティアでいいですよ」
「いえいえ、わたしたち下々の身分ですから」
「フォーカス家の貴女がそれを言うの?」
「家は関係ありません。それにもうすぐフォーカスじゃなくなりますから」
「「ふ、ふふふふふふふ……」」
(怖ッ!? この二人ってこんな感じだったけ!?)
徐々に凄みのある笑みで向かい合う二人。
そんな二人を見て引き
「ペアリングを繋げる?」
「はい」
ティアの聞き返すとアイリスは頷く。他にジークの師であるシィーナ、ギルドマスターのシャリアが集まって来ている。本来なら奇襲組であるトオルとサナも参加すべきだろうが、彼らには既に倒すべき相手のことは伝えている。
これから話す内容は、ジークとアイリスを繋げているペアリングについてであった。
「ジーくんとわたしはね。アティシアお姉さんを通して魂同士が繋がっていたんです」
それについては皆知っていた。
騒動が終わって改めて集まった際、知っている知らない関係なしに一度このメンバー全員にジークとアイリスの関係を話した。
「ジーくんとアティシアさんは魂を繋げ合うことで互いの気持ちを感じ取れるようになった」
大戦の際にアティシアとペアリングしたことをジークが話して。……繋げ方について皆から何度も問われたが黙秘。
「わたしもジーくんと繋ぎ直したことでアティシアさんを通していた時よりも、ずっと彼のことを感じれるようになりました」
王都での騒動でジークが暴走した際、アイリスは僅かに残っていたアティシアの魂を通して、暴走したジークを鎮めて深く繋ぎ直した。……繋ぎ直した方法についてジークが問いかけたが、笑顔で返された。
で、思い出したか苦笑顔でシィーナが言う。
「はは、確かにそうでしたね。けど、それがどうして今?」
「これからの戦い。特に魔王とジーくんの戦いに必要だから」
《魔王》その単語を耳にした瞬間、全員の顔に緊張が走る。
現状倒すことが不可能と言われた怪物。唯一解決策を知っていそうな人物とコンタクトが取れるシィーナですら、その人物から“不可能、干渉不能”と宣言されてしまい、本当にもう駄目かもしれないと考え始めていたほどだ。
「ジーくんは魔法のシミュレーションで何度も《魔王》と対決しました。あらゆる可能性、あらゆる戦略を屈指して。けど全敗でした。わたしたちが束で掛かっても《魔王》は倒せない」
苦しげな顔で尋ねたシィーナは聞く。シャリアもティアも似たような顔であった。
「わたくしの方でも一応準備は進めています。他国からも協力を要請している為、時間の方はどうしても掛かってしまいますが……」
彼女たちもただ黙って待っていた訳じゃない。冒険者側や騎士側のチカラを生かして、復活した魔王に対しての打開安心を模索していた。
苦々しい表情のティアが告げたように、既に他国同士が連携を組んでこの件に動き出そうとしていた。
(だが、時間はこれ以上待てないのも事実。六王たちまで控えている以上、のんびりしていたら帝都攻略はほぼ不可能になる)
しかし、六王までも従えた今の魔王の戦力がハッキリ言って規模も桁も違っている。魔王だけでも手に負えない状況なのが、それ以上という状況に彼女たちも参ってしまっていた。……が。
「けど、わたしの案を使えば魔王だけでも勝てる可能性が上がると思います」
「それが……私たち三人を友とペアリングで繋げるということか?」
「はい」
続けてシャリアもまさかといった様子で問うとアイリスは頷いて、一枚の魔法陣が描かれた魔法紙を見せる。ジークが作り上げた特殊な魔法陣が刻まれて、そこには高度で複雑な魔法式が描かれている。それも魔法式にはかなり知識がある筈のシィーナとシャリアでも完全には分からないレベルの。
「……」
だが、複雑な表情をしているジークを見れば、それがペアリングのする為の術式など理解する。多少改良を加えているだけだが、この術式にはジークも携えていた。
(出来れば遠慮してほしい。複雑な手順を省略できるようにしたが、これをしたらもう後には戻れない気がする)
自分の案では成功が低い。だからアイリスの案に乗ることになった。本音を言えば未だに反対だったが、成功率の高さはこちらの方が圧倒的に高かった。
「ジーくんにお願いして作ってもらいました。仮のペアリングという形式ですが、契約方法も簡単にしました。これで皆さんとジーくんを繋げることができます」
「あの、ちょっと待ってくれませんか?」
決して反対の気持ちはなかったが、疑問符が残る内容に思わず話中のアイリスに待ったをかけてしまうティア。
前振りでペアリングが魔王戦で必要だと言われたが、ティアの知識的にもそれが重要な気がどうしてもしなかったのだ。
「ペアリングの話は知ってますが、けど……どうして今ジークと私たちがペアリングする必要があるんですか? ペアリングすれば魔王に勝てるかもと言いましたが、いったいどうしたらそのようなことに……?」
私情を挟むのならペアリングは是非ともしたいが、今は大事な奇襲作戦の真っ最中である。アイリスとジークを疑うわけではないが、ペアリングの重要性が今ひとつ理解出来ない。
シィーナもシャリアも同様で、ティアの問いかけに対してのアイリスの返答を待っていたのだが……。
「あー……そのことで俺からも話があるだけど」
と、そこで気まずそうで複雑な顔をしていたジークが割り込む。未だに可能なら避けたいという気持ちで一杯だが、そもそもアイリスがあのような案を思い付いたきっかけは自分の作戦が原因なのである。
自身とアイリスとのペアリングの効果を調べていた際に判明したこと。冗談気分でアイリスに話してしまったが、事の発端であった。
(良い案だと思って相談したのが、失敗だったかなぁ……)
だからそのことについても彼は話さねばならない。ペアリングのことも話す必要があるが、仮とは言え繋げるのなら自身が反対している気持ちもしっかり伝えないとならなかった。
「まずティア……俺は今でもアティシアが好きだ」
「知ってます。で、今ではアイリスさんのことも好きなんですね?」
「お、おお……」
躊躇いがちのジークに対しティアの返答はバッサリだ。笑顔であるが少々容赦ない気がするが。
返しの問いかけに隠すことなく、反射的に頷いてしまう。……聞いていたアイリスから歓喜の気配があるが、今は置いてジークは咳払いをしつつシャリアの方に向く。
「シャリア……」
「友は幼女な私と大人な私。どちらが好みかな?」
「……」
何言うべきか忘れてしまった。代わりにこれまでアレコレの出来事が走馬灯のように脳裏に浮かんだが……。
「あ、あの師匠は……」
若干現実逃避したくなったが、まだ確認途中だとどうにか保たせて、最後に師匠であるシィーナにも確認を取ろうとしたが……。
「そう言えば言いましたよねぇ。子ども頃、大人になったなら師匠と結婚したいって──」
「ガァアアアアアアア!! 少しでも真面目に訊いた俺がバカだったから、単刀直入に訊きますが!? 仮にこんな俺とペアリングしても大丈夫なんですかッ!? 俺ですよ!? 未だに昔の女のことが忘れられなくて、その妹のアプローチにドキドキして、うっかり手を出しそうになって、けどヘタレだから逃げ腰で、最後の最後まで悩んじゃってる俺にだよ!? 仮にも魂を繋げても本当にいいのか!? あと師匠コラァァァァ!! 言ったこともないことを勝手に捏造すんなッッ!!」
もうヤケクソ気味である。こういうことに慣れてない彼は、脱線続きで早くこの話を終わらせたかった。……トドメは自身の師匠であるのは言うまでもないが。
(ああ〜〜!! アティシアの時は普通だったのに……なんでこんなことになるのか!? 俺はその手のことは全然だって前に言ったのによぉ!?)
昔はそれほど意識していなかった上、相手がアティシアだったこともあり、それほど問題もなかった。
しかし、今回はペアリングをアイリス以外にも、目の前の三名にもする必要がある。
ペアリングとは言わば一心同体。恋人や結婚などというものとは、ハッキリ言ってレベルが全然違う。
何故この三名なのか、それに関してだけはジークも考えたくなかったが、アイリス曰くこの三人のことを一番彼自身が信頼しているからだそうだ。……自分のことなのにジークは全く自信がなかったが。
(ああ、ああ、あああああああああ!!)
ただ、そういうことに関しては、煮え切れない性格なのがこの男である。
世界規模の危機的な状況であるのに、気持ちが邪魔をしてどうしても賛同する気持ちになれなかったが……。
「いいですよ? 王族ですけど私未婚ですし」
「何年生きていると思ってる。友となら全然問題ない」
「子どもの頃の夢が遂に叶いそうですね」
三名の反応はえらくあっさりとしたものであった。
一名ほど記憶捏造されている気がするが、三名の返答にもう投げやりだったジークは、完全に逃げ場を失ってしまった。
「……だ、そうだよ。で、覚悟は決めたかなジーくん?」
「……」
笑顔なアイリスに言われて、思わずガクリと膝を付きたくなる。……廃墟となった教会内は汚れているのでしないが。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……ジタバタ悩むのはどうやら俺の癖らしいなぁ」
「そうだねぇ。重症だと思うよぉ?」
笑顔で彼の言葉に肯定するアイリス。そこはフォローが欲しい気持ちだったジークは複雑な表情で彼女をジトと見つめるが、返って来たのは太陽のような笑顔のみ。……彼にとっての新しい光であった。
「はははは……そうだな」
そうして深い本当に深い溜息を吐いたことで覚悟が決まったか、遅れつつも本題に入ることにした。
「王都での騒動の際、『
暴走後のことだった為、この場の皆は知っている。
その場で魂が魔力と共に抜けて、シルバー・アイズを作り上げた。
「今まで色んな原初を使ってきたが、本当に使い易くて強力だった。だから奇襲作戦の為に数を増やせないか色々と試した。……で魔眼を使って奴とのシミュレーションを繰り返す時にある可能性を思い付いた」
「……」
そこで今度はアイリスが複雑そうな顔をする。……そこに関しては彼女も反対したい気持ちがあるが、その気持ちを押し殺して彼女もまた向き合うと……。
「もしかしたら出来るかなぁ……て思ったんだ」
「出来るって……何が?」
「あー……その、なんだ」
内心そんなアイリスの心境を感じたジークは、最後の最後で気まずくなる。
疑問符を浮かべる面々に対して、躊躇いしつつもアイリスに言われた通り覚悟を決めたジークは────決して正気ではない『特大の爆弾』を放った。
「奴らと同じように復活できないかなぁって……《鬼神》を」
「「「…………」」」
言うまでもないが、その場の雰囲気が一瞬して凍った。
若干ふわふわしていただけにその衝撃は大きく、教会の近くにいた小鳥たちが一斉に逃げ出した程であった。
「や、やっぱりダメ……かなぁ?」
情けないと言われても仕方ないが、この時のジークは弱々しくも低姿勢で、大変宜しくない気配を放つ三名に恭しく確認を取るしかなかった。
SSランクだった頃の威厳どころか、普段の調子の良さげな雰囲気も一切無しで。
◇◇◇
体内の死の魔力が血飛沫のように舞い上がったが、魔王は苦しみながらも傷口に抑えて“一体化”の効果ですぐに塞いでいく。
先程までの攻防で死の魔力がかなり消耗してしまったが、まだ“一体化”は解けておらず、不死身の魔王は倒れることはなかった。
『グッ……お、お前が本体なのは……分かっているゾ!!』
「ああ、そうだ。分身体は此処にはもうない」
代わりに倒れてしまったのはジークの方である。
起死回生の原初魔法の連発。さらに手刀攻撃を仕掛けたが、無理やり動いた為に体勢を整えることが出来ず、再び倒れてしまう。奇襲攻撃は上手くいったようだが、ダメージもあっという間に治ってしまった。
「タイミングは悪くなかったんだけどなぁ……」
『フン、万策尽きたカァ? ナラバ……ッ!!』
倒れている彼の前に立った魔王が見下ろす。
疲労あるものの拳を構えて、死のオーラが集中させる。回復し切れてない為に最初よりも濃度も出力も弱いが、倒れているジークにトドメを刺すには、十分な威力があった。
『さっさと楽ニナレェェェッ!!』
振り降ろされたのは、鋭い刃の漆黒の鉤爪。
確実に彼の首を取ろうと横薙ぎで振り抜いて……。
目に見えない鎖に腕ごと後ろから絡まれて、寸前で止まってしまった。
『ナッ!?』
「ッ!!」
ジークが前もって仕掛けていた捕縛系の原初魔法『
『こ、こんなモノで……!!』
普段であれば引き千切るどころか察知して避けれる筈だが、弱っている魔王の集中力は予想以上に落ちている。すぐさま千切ろうとしたが、ジークの強い引っ張りに僅かに合間である行動を封じられた。
「『
『───ッ!?』
しかし、すぐに起き上がれる体力までは回復していない。
魔力操作に意識を集中させて、持っていた小さなナイフに『
そして至近距離から魔王に向かって鋭く投げる。
予想外の奇襲に狼狽していた魔王は、回転して飛んでくるナイフに背筋が凍り付いいた。
狙いは無防備となっている『魔王の首』。
小さなナイフであるが、掠っただけでも命取りとなる。
刹那の世界で魔王は脳裏で“一体化”の回避も間に合わない。自身の首が飛んでしまう光景が過ってしまったが……。
『本当に惜しかったナ』
首に刺さったナイフを抜いて、やや興醒めした声音で魔王が口にする。
内心さっきまでの緊迫感から冷や汗を流していたが、誤魔化すように原初魔法の光を失っていたナイフを握り潰す。途中まで効果を発動していたが……。
「はぁ、本当に残念だなぁ……」
飛んでいたところで、首元に到達する前に魔力が尽きてしまい、原初魔法の効力を失ってしまった。
同時に二つ以上使用していたのが不味かったか、捕縛魔法も消滅してしまい魔王の五体は完全に自由となっていた。
『今後こそ魔力も底が尽キたカ?』
「みたいだ。はぁ……ホントどうして決着が付かないのかなぁ。全くよ」
『フン、お互いシブトカッタってことだろう? 何度も殺しに掛かってイルと言うのにナゼ何度も……』
「はははは……癖かもな。もはや別人レベルの筈が、どうしてかな? ……お前と戦っているとアイツとの戦いを思い出すわ……」
『……』
力強く振り上げて倒れるジークへ迫る。何故か最後に笑って言った彼の言葉を振り払うかのように。死のオーラを込めた渾身の一撃を打つ。
『それもこれで終いダ。今度こそ終わらせてヤルから、大人しくクタバレェェェッッ!!』
「ああ……」
すっかり疲れ切ったか、その拳を眠たそうな眼で見つめるジークが小さく呟いた。
「避ける必要がないからなぁ。大人しくするわ」
そして、空から降ってきた青き雷が…………彼を守るように魔王を吹き飛ばした。
『ガッ!? なにッ!?』
すぐに体勢を戻した魔王だが、今の雷の魔力を感じて赤き眼光が訝しげに歪む。
今のは間違いなく『壊雷を墜とす
『どういうことダ!』
「こういうことだよ」
だが、感じた魔力はジークのものではない。
彼も知らない。全く別人の魔力だった。
「──!」
そして雷を放った者が空から降りて来る。
その手には大鎚が握られており、ジークと同じ色のローブを身に付けて魔王とジークの間に立つ。
「間に合って良かった」
『誰ダ』
目を凝らして顔を覗くように見つめる。
すると頭に被っていた者は、ローブを取って魔王に背を向け倒れるジークに寄り添う。顔は見えないが、出てきた水色の長い髪から女であることは間違いない。
「もう時間稼ぎだけじゃなかったの!? あんなに無茶しないって言ったのに! 傷だけじゃなくて魔力まで空っぽじゃない!」
「あ、ははは……悪いなアイリス」
「全然反省してないのよね。いくら回復が早いからって……もう」
憤慨そうな姿勢で彼を見下ろし、ジークが苦笑浮かべて悪かったと手で謝罪すると、不服そうにしつつ手のひらから水の治癒魔法を掛けていた。
『ナ!? 何してイル!』
そこまで見て黙っているわけにはいかなくなった。
治療すればまた戦えるかもしれないが、また自爆攻撃をされてはさすがに困る。暗黒の腕を大きくして『
「彼を
遮るように真正面に突き刺さった『修羅の運命を裁く
さらに空から甲冑姿の女性が降りて来る。片手に聖剣らしき剣を持って降り立つと突き刺した『
「ティア……」
「ようやく会えましたね。わたくしは絶対……兄を殺した……貴方を許さないッ!」
『オマエは……──ッ!?』
その顔に見覚えがある。そう思った魔王だったが、体を捻り遠くから金髪の女性が投げた神炎の槍『天誅灼熱の
「ほぉよく避けたな。念のため槍に慣れた『精霊武装』状態で放ったが、弱った状態でも獣の勘は落ちてないか」
「はは、見えなくても元気そうだなぁ。シャリア」
衝撃で体が横に飛ばされるが、それよりも大鎚に剣に槍。ジークが所持ていた筈の『
「本当に怪物ですね。
「今度は賛同してくれますかぁ? 師匠」
「ふふ、どうしましょうか? 簡単ではない上、前代未聞ですからねぇ」
が、そこでいつの間にかジークの横で立っていた『再生と破滅を呼ぶ
『──ムッ!』
しかし、そんなことを考えている余裕もない。
胴体を真っ二つにしようと狙って来た長い刀を躱したが、無数の氷の槍が彼を襲った。
「これはどういうことだ? チャンスってことでいいのか?」
「お師匠様は参加してたけど、ティア様が何故こちらに?」
「参加希望だとよ。お前たちと同じくな」
戦いを終えて駆け付けたトオルにサナだ。
トオルは腰に差す二刀ではなく、背中に差していた長い刀を抜いて構えていた。妖刀ではないようだが、禍々しい気配をその刀から感じられた。
サナもまた師であるシャリアと同じように『精霊武装』の状態だ。杖で氷を操作して槍を作り上げたが、《魔王》の死属性によってギリギリ防がれてしまった。
「お陰でだいぶ焦ってくれているがなぁ」
『ハァ、ハァ、クソ……ッカ!』
死にはないが疲労が蓄積するばかり、しかも異常事態はそこで終わらない。
新たな気配を感じ取った魔王が振り返って、急接近して来た敵に蹴りを叩き込もうとしたが────。
『……ハ?』
『ククククッ! なんて顔だオイ?』
新たに現れたそいつは、何と蹴りを片手の指二本で止めた。
肉体自体が弱っている影響か、普段の筋力が出せず死属性に頼った蹴りとなった所為だろうが……問題はそこではない。
『間抜けヅラな。こんな奴が本当にオレのオリジナルかよォ』
「さぁ……地獄を巡ったそうだからなぁ。案外違うかもしれん」
魔王が惚けたような声を漏らしたのは、止めた男の顔の所為である。
いったいの何の冗談だろうか、魔王と同じ死のオーラを纏ったそいつは、かつての魔王と同じ────顔。
『クククッ、まさかオレ自身とやることになるか……面白い!』
「流石は救いようのないバトル
《鬼神》と呼ばれた
正確にはジークの精神世界にいた偽物、分身のような存在であるが、『
『ククク、まぁどうでもいいサァ。とにかく最高に楽しませろよォ!?』
『ブッ!?』
異常な筋力による拳の振り上げが、魔王の顔面を打つ。
衝撃で天高く舞い体勢を整えれず、不様に転がるようにして落ちてしまった。
『オイオイ、情けないなァ。それでもオリジナルかァ? コッチなんか借り物の肉体と魔力を使ってんだぞォ? ハンデとしちゃ丁度いいだろう? 疲れてるからってもっとしっかりしろよォ?』
『ッーー!?』
途中意味は分からない箇所があったが、魔王はふざけるなと叫びたくなった。打たれた顔が痛過ぎて悲鳴も上げれない状態で、とても叫ぶなど出来なかったが。
我ながら理不尽なまでに強過ぎる。
理解し切れないが、恐らくジークが用意した自分のコピーようなものだと察する魔王。
どうやったか分からないが、痛む顔を抑えてつつ立ち上がり、コピーの自身へ仕掛けようとした。
しかし、そこでさらなる理不尽が魔王を襲い来る。
現れた女性陣の一人のティアは、ジークが扱う原初の空間魔法『
同時にシャリアは別の空間魔法『
最後にシィーナは杖でジークを回復させると、新たに出した『時と異界を征する
「《魔王》デア・イグス。貴方は世界だけでなく、わたしたちの大切な人を傷付けた」
そして魔王と向き合うと強い眼差しでアイリスが告げる。
ここからは彼女が用意したさらなる奥の手。ジークとペアリングしたかった真の目的の実行である。
不死身な魔王の心を粉々にする。慈悲もない彼女たちの裁きだ。
「わたしたちは絶対に許しません。ジーくんの提案に乗らなかったことを後悔してください」
魔王を包囲するように四方の空間が開いた。
すると──。
『…………』
言葉を失う魔王の前にその光景が広がった。
『
どうやら霊体化していたジークがマーキングとなって、ここまで移動させたようだ。
二人共ボロボロの姿であるが、まだ十分戦える様子で、とくに《幻王》は怒りの形相で散々扱き使い続けた魔王を睨みつけている。両方の拳を鳴らして既に戦闘体勢に思いっきり入っていた。
『
海の無い場所であるが、《海王》は気にした様子もなく、《鳥王》も正気に戻っており、《海王》の上に《鳥王》が立つという状態で現れた。仲直りは済ませたらしい。
表情は《幻王》と同じで、大激怒の様子で暴れたそうにして魔王を睨んでいた。合図さえがあれば、いつでも飛び掛かれる勢いと威圧感であった。
最後に『時と異界を征する
『
魔王を囲うように空間が開くと、そこから『聖国』、『中立国』、『妖精国』で激突していた────六王が登場した。
頭にタンコブが出来た涙目の《蛇王》。
腹立たしそうに牙をギシギシ言わせる《獣王》。
黒い邪竜に代わり、本来の姿となった青き
魔物最強の六王がその場に出揃った。
『…………』
対峙するのはジークの魔法を使える未知の女性たちと幹部を倒した猛者たち。
そして、史上最強の戦力である《鬼神》のコピー。
取り囲むのは最強種族の六王たち。
どいつも恨み辛みを込めた憤怒の瞳で睨みつけており、いつでもオーケーといった体勢だった。
これがジークが冗談で考えた策であり、アイリスが実行すべきだと策略を共に練ったお陰なのは言うまでもない。
「はぁ、結局こうなったか……」
最後には回復して復活したジーク・スカルス。
ボロボロのローブを脱いで息を吐くと……。
「『
胸元……心臓に触れて、その奥に眠る『
すると彼の姿が一変。
髪も瞳も白銀となって、全身の服にも銀の輪郭が描かれる。
羽織のような薄い白銀の魔力を肩に掛けて、発している質と姿はまさしく最強の魔法使い。
「さてと──」
準備を整えたジークが癖である首コキを鳴らす。
それが合図となって全員が構えを取り、六王たちも存在感も急激に増した。
『…………』
そして、どうやら初めてのようだった。
抗えない絶望を前にして、初めて魔王───否、デア・イグスの顔に恐怖の色が浮かんだ。
「やるか」
軽い口調で彼は告げた。最終決戦のゴングを。
あまりに一方的な地獄回の始まりを。逆襲劇の始まりであった。
そして、奇襲作戦開始から数時間後。
《魔王》デア・イグスの敗北によって、突如始まった大戦は終結した。
魔王と幹部の全員を拘束して、身柄は関係の深い聖国が請け負うことになった。
ただし、魔王本人の身柄はジーク・スカルスが引き受けることとなった。
同時に不死身である魔王の処罰として、製作していた『
大きなどよめきや意味のない反発も起こったが、二度と出られないことを懇切丁寧にジーク……の師匠であるシィーナが説明したことでどうにか収まった。
一部から反対意見は残っていたが、不死身の魔王の更生と裁きだということで多少強引だが納得させることに成功した。
長く、本当にとても長い戦いであったが。
こうして彼らの長い戦いは、無事に終わりを告げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます