第5話 魔王幹部たちとの決着と地獄の死闘開戦。

長く続くトオルとシルベルトの剣激戦だったが、互角に近い両者の均衡がギリギリの駆け引きによって覆されようとしていた。


《無双》の弟子──《剣導》トオル・ミヤモトの剣技によって。


「うっ! ……しまった」

「ああ、ようやく掴めてきたぞ。その曲芸剣技を」


双刀を断つトオルの妖刀がシルベルトの聖剣を斬り裂いた。

本来なら受け流し逸らすなりしただろうが、鋭い剣技で攻め続けたトオルの斬撃に押されてとうとう捉えられてしまった。


「ホント……参ったね」

「ああ、さっさと──終わらそうかッ?」

「……ッ!」


繰り出される鋭い一閃。

半分ほどのサイズとなった聖剣を見て溜息を吐くシルベルトだったが、特殊な歩行術で急接近したトオルの一閃に体を大きく傾けて躱す。

折れた先から魔法で刃を生やして構え直すが、その間に間合いを詰めたトオルの妖刀の袈裟斬りによって回避を選択するしかなくなる。


「くっ……!」


しかし、避け切れない。片腕を上腕の部分が裂けて血飛沫が上がった。

切断こそされなかったが、妖気が毒のように流れて魔力を掻き乱す。続けざまに繰り出される一閃を回避することができなかった。


「読みにくい動きと剣技だったが慣れたわ。その二本の剣もな」


パキンと今度は魔剣の方が折れてしまっている。

いったい何に慣れたのかと言うのだろうか、息を吐いて剣を見下ろすシルベルト。


「この短期間でこちらの剣技と特性を把握するなんて、流石は最強剣士の後継者……」

「姉弟子が気にしてるんだ。あんまり言うなよっ!!」


いつの間にかトオルの妖刀はシルベルトの聖剣と魔剣に勝っていた。シルベルトが本来の剣技である二本差しの双刀の長剣の技まで、鍛えられた眼で見極めて攻略されつつあった。


(嫌がらせのような技ばかりだが、原点は見切ってる! 次に何が来てもたった斬ってやる!!)


《無双》の弟子となって数年。

剣の技量だけでなく死闘の中での駆け引き対しても、アヤメに極限まで鍛えられていた。


「これで終いだ」


二刀を鞘に戻し二刀流の居合の構えをする。

溜め込むように姿勢を低くし絞り込むようにして────地を蹴る。


(加減はなしだ!! 最高レベルの剣技で仕留めるっ!!)



『初式・真刀幻夢シントウゲンム』が妖気を纏って放たれようとした。



「……ああ、お終いにしようか」


だがその時、絶望的な状況のシルベルトが……不敵な笑みを浮かべて待ち構えていた。


いったいどうしたことか、柄同士を繋げられていた二本の剣を解くと、折れた剣先の方を何故か迫って来るトオルへ向けていた。


(折れた剣で突きの構え? カウンターで突きでも飛ばすつもりか? この状況でアホか?)


訝しげに睨むトオルだが、恐れる必要はないと切り捨てる。

仮に目にしていない剣技を披露したとしても対処し切れる自信があった。


左右の刀を抜いて初式の剣技を───。


「姿を見せろ─────『双魔の幻想銃ガン・ファンタジー』」

「────ッ!?」


が、このタイミングでシルベルが新たな融合魔法を発現させていた。

こちらに対抗しようと新たな剣の魔法でも使うのか予想したが、魔力が注がれると彼の二本の剣は形状を変えて、二丁の黒と白の銃と生まれ変わった。


(剣技じゃない! 銃だと!?)


「残念だったね。これが僕のもう一つの本命さ」

「テメェ……!!」


『魔法銃』、『魔銃』とも呼ばれるこの世界でも希少かつ扱いが難しい魔道具だが、シルベルトは密かに愛用の剣を改造して会得していた。


(《天空界の掌握者ファルコン》の情報にはなかったぞ!? まさかこの数年で? あるいは隠してたのか!?)


しかも、人目で晒したことがなく師であるギルドレットにも内緒で入手した為、知っている者は誰もいない。


(ギリギリまで隠して、このタイミングを狙っていたのか!!)


当然対峙するトオルも銃に関しては、完全に想定にすら入れていなかった。

完全に不意を突かれた本命にトオルは、居合の放つ寸前で回避できる状態ではなかった。


「じゃ、バイバイ!」


ドンッドンッ!!


形勢逆転。

シルベルトの魔銃から弾丸が放たれた。


「───」


ゆっくりと一発はトオルのこめかみを。

もう一発は彼の心臓めがけて吸い込まれていく。


逃れることが出来ない状態でトオルを仕留めようと弾丸が…………。








───斬。


触れることなく






「──ほ、ほわ!? な!? バカな!? どうして弾が!」

「剣気はな。鍛えれば

「き、気だけで斬ったって言うのか!? そんな馬鹿ことが!?」


狼狽するシルベルトをよそにトオルは獰猛な笑みと共に疾走。

咄嗟に二丁を構えてきたが、二丁ともトオルの早斬りによって真っ二つに斬り裂かれた。


「そ、そんな……僕の銃が」

「残念なのはこっちだ」


一瞬にして丸腰となったことで初めて怯む。

そして呆然とした様子でシルベルトが手元を見つめる中。


「ちゃんと剣で決着をしたかった。逃げて銃を選んだ時点でお前の負けだ」


呆れた眼差しを向けるトオルが二刀の居合いの剣技を──。


「“剣気一刀・無幻朧”」


放って呆然とするシルベルトを斬り裂いた。

急所を狙うことも出来たが、せめてもの情けで四肢の両断のみに留めた。


「本当につまらない終わり方だぜ」

「がぁ───ッッ!?」


斬り裂いた途端に血が噴き出たが、簡単な火の魔法で傷口を焼いて出血を抑えておいた。乱暴な扱い方だが、重罪人相手に遠慮するなどバカ者がすることだった。


「はぁ、やっと終わった」


激痛のあまり叫び上がる彼に目もくれず、トオルは振るった刀から血を払う。慣れた動作で二本同時に鞘へ納めると、一戦を終えて息を吐きながら帝都の方を眺めた。


「いや、寧ろこれからか」


さっきまであった筈の城が消えており、暗黒のオーラが天高く昇っていた。



◇◇◇



「ほれほれ、どうするつまりじゃ? このままではジリ貧じゃぞ?」

「くっ……!」


開戦早々にガーデニアンが繰り出す派生属性によってサナは追い詰められた。


発生する喰らおうとする黒炎や動きを封じようとする蔓。

砂から盛り上がった砂鉄の斬撃や無数の結晶石の氷柱が縦横無尽に襲い来る。


「一系統のみで防ぎ切れると思うのか!」

「……!!」


氷結魔法で抵抗するが、手数の多さが技量を封殺してきた。

虚無系統の魔法が氷結の投槍を遠ざけ、転系統が霧に変えてしまっていた。


「多数の属性をここまで的確に使うなんて! しかも全部が派生属性……!」

「年季の差じゃな。老いてもまだまだこの程度は出来るわ!!」


中には攻撃が当たることもあるが、聖属性の癒しが老師を回復させている。

極限まで特化された攻撃と防御に回復。ジークが居なければ間違いなく最強の魔導師であっただろう。


「納得しました。貴方はやはり聖国が誇る偉大な魔導師でした」

「でしたとは……今は違うとよく分かるセリフじゃのぉ」


当主となったことで継承した原初魔法や氷結系統の原初魔法も所持しているが、純粋な魔法戦は危険だと直感が働いていた。


(正面からの衝突は自滅を生むだけ。属性魔法の数では勝負にならない)


ガーデニアン自身も原初魔法を所持している筈。勘であるが、各種の派生属性をほぼすべてを持っている。


(使われたら確実に負けるわね。まだ油断してるのか、使って来ないから助かってるけど、それも時間の問題。勝負を急ごうとして来たら間違いなく使ってくる!)


勝機を見極めて原初魔法を屈指しても彼も対応してくる上、恐らくまた手数で負けて今以上に追い詰められるに違いなかった。


「格上だと理解した上で、貴方を超えてみせます!」

「───ッ! 何かするつもりか!」


だから、真っ向からの魔法戦で勝負は放棄した。

学生時代の彼女ならそれでも突撃して打ち破ろうとしただろうが、それももう彼女にとっては昔の話だ。


「貴方の魔法───そのものを封じます!」


躊躇うことなく魔法戦を放棄して、新たな戦法に移っていた。







そして結果、形勢は逆転した。

手も足も出せずにいた老師の派生魔法が……とうとう凍結させ動きを止めてしまった。


「原初でもない。ただの魔法でワシの魔法が凍ったのか!?」

「確かに原初ではありません。ですが、ただの魔法でもありませんよ?」


代わりに彼女が鍛えた《魔女》の魔法を披露したのだ。

サングラス越しに目を見開いたガーデニアンの視界には、凍り付いた木属性の蔓の巨人や磁属性で操作された砂鉄の剣や竜巻。黒い炎の腕や槍状の結晶までもが動きを止めて停止している。


「あ、ありえん! たとえ氷結系統の原初だとしても、覚醒せず多属性をここまで圧倒するなど……!!」


視認出来ていないが、聖属性も浄化も効かず、転属性で氷を変化させ溶かすこともできない。

最後に虚無属性で魔力そのものをどうにか使用としたが、氷自体に魔力を通らなくなってしまっていた。


(干渉が一切不能じゃと!? いくら何でもこんなことは……ッ! そうか! そういうことか!?)


魔法でありながら魔法に干渉できない。

間違いなくだ。ジークのとっても天敵の一つだが、どうやらガーデニアンにとっても同じだったようだ。


「そうだったのぉ。確か主の師はあの魔女だったわ。……精霊の極意なんぞ当然教えておるかぁ」


ただし普通の精霊使いの魔法であれば、ガーデニアンの魔法もこうも簡単に無効にはされない。老いても歴戦の猛者の彼ならジークも知らない精霊魔法の対策も当然取っていた筈だった。


(しくったのぉ。普段ならこんなミスもしないが……ここにきて調整不備が出るとは)


しかし、とある事態の影響からガーデニアンの魔法操作に現在乱れが起きている。腹立たしいことだが、改善の目処が立っていない。


複数の派生属性でそのハンデを補っていたが、魔力伝達率も低下しており、予想していない不意の攻撃には、いくらガーデニアンでも対応策が間に合わなかった。……心なしか胸を押さえて深く息をしている。


(おのれぇ……! このポンコツめぇ! 大事なところなんじゃ、黙って言うこと利かんかッ!?)


「もうこれ以上、まともに魔法が使えるとは思わないでください。私の精霊たちが貴方の魔法の端から端まで封じてみせます」


そこを氷の精霊を呼び出したサナの奥手が発動された。

サナ自身、老師の対応の遅さに少々違和感を感じていたが、状況から見ても罠とは考え難い。


寧ろ勝機と見て、一気に畳み掛けたのだ。


「魔力封じの氷の精霊魔法か」

ジークに勝つ為に編み出したものだけど、よく考えれば先生にも効きましたね?」

「やれやれ、困った話じゃのぉ……」


精霊魔法の奥手『精霊武装』によって姿を変えたサナは、一言で言うなら氷の姫だった。


金髪だった髪は氷のように白くなり、服装は氷と白を強調としたドレス。


「“凍てつく氷河の吹雪”────『魔導を下す氷姫の裁きジャンヌ・ジャッジ・マジック』!!」

「っ!! 最上級の氷結と精霊魔法の合わせ技か!?」


杖も氷の杖に変わって構えると、氷結が広がりガーデニアンを囲う。決着をつけようと、サナは魔力を増加させ上げていく。

魔力を一気に上昇させて、精霊の力が備わった氷結の効果を最速で引き起こして拡大させる。逃すものかとガーデニアンを追い詰めていくが……。


(良い魔法じゃが……干渉速度ならまだワシの魔法の方が速いぞぉ!!)


それ以上の侵攻を《賢者》が許さない。

逆転された状況でも不敵な笑みを浮かべて、全身の魔力回路を加速して勢いよく活性化させた。


「ほほ、やるのぉ! じゃがのぉー!? ワシには届かせるには、まだ遅過ぎッ────」


瞬時に対応して、所持する原初魔法を発動させようとしたが……。



ドクン……ッ



「グッ……!?」


発動することが出来ず、胸を押さえて膝をついてしまった。

魔力も乱れてしまい、維持していた派生属性のすべてがキャンセルされてしまった。


「お、おのれぇ……!!」

「……」


冷や汗が急激に出て手足が震える。そんな様子を見て、サナもようやく魔法戦での違和感の理由に気が付いた。


「心臓を……病んでいたんですか?」

「ふ、ああ……前回の大戦の頃にちょっとのぉ。最近になってどうも不調で、どうやら限界のようじゃあ……」


バレてしまった所為か、何処か諦めたような、疲れたような顔をして膝をついてしまう。隙だらけあったが、流石のサナもそこを攻めようとはせず、静かに老師を見つめている。


「……やれやれ、せっかく楽しめそうなところじゃったが、肝心なところでポンコツ過ぎて敵わんわ」

「降伏すれば、これ以上は何もしませんよ?」


胸元を撫でる老師に降伏を促す。それがせめてもの情けだと、犯罪者である彼に掛ける譲歩だと自分に言い聞かせながら……。


「ふ、大人しくそうしたいが、生憎契約なんでのぉ……! どうしても退けんのじゃ!! ワシは──」


しかし、返ってきたのは彼女の望む返答ではなかった。

冷や汗が流れて苦しい筈だが、堪えながらガーデニアンは杖を振ろうとする。乱れてしまった魔力を強引に捻り出して、全方位に撒き散らそうとしていたが……。



───お願い」



が、既に魔力が乱れ本来の力から程遠くなった彼では、サナの魔法より早く発動させることなど不可能だった。

なにより精霊の対応が出来ないまま挑んでも、勝機などある筈がない。


『……』

「……おお、良い、眺め……じゃ……な」


氷の精霊が彼の杖を凍らせた。

『精霊武装』のサナの姿に似ており、違いがあるとすれば氷の仮面をつけていること。


『───!!』


杖ではなく旗が天に掲げると、空から光が降り立つ。

抵抗しようとした彼を光で射すと、すると魔力も凍らせて、彼自身もあっという間に氷漬けにしてしまった。

圧倒的な精霊の魔力干渉によって、放出されようとしたガーデニアンの魔力は全て無力化されたのだ。


「お疲れさまでした。ガーデニアン先生」


まだ破壊されるか最初は警戒したが、魔力体も氷漬けしたことで魔力も練れなくなったか、その後も抜け出す気配も見せず、サナは一礼をしてその場を去る。


「予想外に時間をかけ過ぎたわ。速く合流しないと……!」


いつの間にか崩落した城に目を向けて、入れ替わるように天高く上っていく暗黒のオーラにここからが大一番だと気を引き締め直した。



◇◇◇



「うぉおおおおお! 『身体強化・火の型ブースト・ファイア』!」


戦いの流れを少しでも覆そうとしたか、身体強化を発動させて突っ込むバイク。

降り注がれる魔法弾を左右の棍棒で打ち落とし、シャリアとの間合いを詰める。


魔法戦で遠距離タイプの彼女を相手するなら、接近して追い詰めるのが定石だった。


「真っ向からか? 酔い過ぎて戦略も見えんのか?」


しかし、あっさりやられるような彼女でもない。

笑みを浮かべて、余裕の動作で避けようとした。


「オラよ!」

「ん?」


間合いに入る寸前でバイクが所持する酒ビンが宙へ放り投げた。キャップは閉められおらず、中の液体が溢れる。


液体が空気に触れて反応したか、一気に霧状になって彼とシャリアを覆った。


「ッ──」


霧状となった液体はさすがに避けれない。シャリアは呼吸を止めようとしたが、間に合わず僅かに吸い込む。口当たりや匂いからやはり酒かと呆れと苛立ちの目を突っ込んで来るバイクへと向けた。


「な、なんだ、と……!?」


その時だった。

彼女の瞳が突如虚ろになりフラリと上体が傾いたのは。

避けようとした姿勢が崩れてバイクに間合いを詰められてしまった。


「バイク……! 貴様っ!!」

「ハハハァ! 形勢逆転だな魔女さんよぉ!? ───オラァッ!」


フラついたシャリアの頭部にバイクの棍棒が当たってしまう。身体強化も加えた一撃だった為にシャリアの体が大きくグラついて傾いた。


『魔女!? ───ヌッ!?』

「させません!!」


思わずクーが駆け出そうとしたが、ミーアの指示で乗し掛かったゴーレムの数体に押し潰されてしまった。大きな巨体で振り払おうとするが、数が多く一体一体が強い力で押し止めようとする。すぐに抜け出すのは、守護獣のクーでも困難であった。


その間にも事態は急変していく。

一撃を加えたことで調子を戻したか、息を切らしながらもバイクはシャリアを追い討ちを掛けに行く。


「はぁ、はぁ……忘れてたか!? オレは酒豪だ!! ドワーフ並みの酒狂いなんだぜ!? ただの酒なわけないだろう!?」


火の魔力を莫大に込めた棍棒を振るい、地面へ叩き付ける。思いっきり振り上げて、這いつくばるシャリアの頭部へ。


「あばよッ!! ギルドマスターァァッ!!」


容赦なくトドメの一撃を叩き付けた。







光が彼女から漏れたのは、その時だった。




「……な!?」


頭部に命中して砕け散ったように見えたが、何故か血飛沫は上がらず、光の粒子が舞うだけに終わったのだ。


「え、何が」


どうして、と目を見張ったバイクだが、形態が変わりシャリアだったそれが光の騎士の姿となったことで、自分が罠にハマったのだと理解してしまう。


『……』


カチャカチャと甲冑が音を立て人の気配などなく、神々しい気配を纏って騎士が男を見下ろす。


「は、はは……そういやアンタもいたな」


裏切ったがバイクも嫌と言うほどよく知っていた。彼女が現役だった頃には彼女の騎士としてそいつは常に傍に居たのだ。


精霊界の中でも高位の存在で精霊王直轄の騎士。

『精霊召喚』によって【白星剣姫ヴァルキリー 】が降臨。


白き翼を持つ美しい戦乙女が槍を握って、バイクと対峙していた。


「ッ……『炎紅のエクス・プロー……」

『───』


咄嗟にバイクが棍棒の先を向けて爆発系の魔法を発動させるが、それよりも早く槍を振るった騎士の攻撃が届く。


「忘れてたか? 私が精霊使いで、いつでも精霊と入れ替われるということを」

「ガ、ガ、アアアアアアアアアアアアアアアア!?」


棍棒に注がれた瞬間、腕ごと槍によって引き千切られた。

酔いで痛みも麻痺していたが、さすがに腕を引き千切るように切られた衝撃は大きく断末魔と共に崩れ落ちる。


「酔っ払いめぇが、最後の最後で判断をミスったか」


呆れたようなシャリアの声も届くことはなく、バイクの意識は一瞬のうちに途切れた。


「バイク!?」


バイクの敗北を見るやクーの相手をしていたミーアが青褪めた様子で叫ぶ。ふざけて嫌いだった男だが、実力の方はある程度信用はしていた。相手がシャリアだとしても得意技で攻めて行けば負けないと思っていなかったが……。


(こんなことが……!? とにかく《魔王》の元に向かわせるわけにはいきません! 非常に危ういですが、持ってる魔道具でこのフロアごと彼女を───!!)


『グゥオオオオオオオオオォォォッッ!!!!』

「────は!?」


混乱しながら自分の使命を果たそうとするミーアだが、今度はそんな彼女を止めようとゴーレムたちに埋もれていた怒りの咆哮を上げた。


『吹キ荒レろ──“大熊王の噴炎火ウルス・イグニート”ォォォォ!!』

「ま、まさか──ッ!? キャアアアアアアア!?」


乗し掛かるゴーレムごと狙ったクーの固有スキルが発動。

口から爆炎を吐き出した熊の炎がゴーレムを焼き尽くして、呆然とする彼女をも飲み込んだ。


咄嗟にミーアも雷の障壁を展開させたが、マグマような爆炎を放つクーの火力では紙切れ同然。そんな彼女の障壁ごと彼女を燃やしてしまった。


「凄い豪炎だなぁ」

『ふん!! 他愛もないわッ!!』


丸腰の彼女にもろ直撃することになったが、ショック死することはなく、心身に重い火傷を負う程度に加減はされていた。


「色々と危ういところだったようだ」


そして、ちょうどその時に崩壊した壁や天井も、ついでに破って帝城の崩壊から全員を守った。


幸いなことに二人ともシャリアの治癒魔法のお陰で助かりはしたが、用意していた魔道具で魔力を封じ、光魔法で拘束した上でその辺りに放置した。


「ふぅ、世話がやける」


ため息を吐くと崩落して瓦礫となった帝城。

中心である皇帝の王室があったであろう方へ視線を向ける。


「あっちも危うそうだなぁ。友よ、私たちが来るまで早まるでないぞ?」


立ち昇るのは土煙だけでない。

触れるだけでも危険な暗黒のオーラが天高く上っており、その周りには何色もの神々しい光が対立するように激突していた。



◇◇◇



そして時間は少し遡る。

帝城の皇帝の間で彼らは対面していた。


「……以上だ。返事を聞かせて欲しい」


《魔王》デア・イグスにジークはすべて話した。彼が立てた世界を保つ為の計画のすべてを。


隠したいことがなかった訳ではないが、今後ことを考えるならどうしても必要なことだ。


これもシミュレーションで何度も行ってきた。そしてそのすべてで失敗している。話し方や内容、展開も変えて試してきたが、魔眼によって過去の情報と現代の情報から組み合わせた《魔王》には通じなかった。


そして今回。

暗黒色に染まって分かりづらいが、彼には実に分かりやすかった。



『世界などに興味はない。今のオレが興味があるのは二つ。───神とお前だ』


(……やはりダメか)


興味など一片もない。

世界がどうなろうと知ったことかと目が語っていた。


『神の子というのは死んだ後に知った。『』───貴様らはそう呼んでいる存在。神から迫害された者が地獄のオレにそのことを教えた。……実に良いなァ』


しかし、獲物を狙う獰猛な獣の瞳で彼を捉えている。

この展開も経験済みだった為、身震いこそしないが、食い物を見るような視線の居心地は最悪だ。


『オレは魔神の迫害連中から見ても異常だそうだ。家系、血筋に特別なものもない。ただオレという存在が神どもの常識に入らんらしい。……がそんなことはオレにはどうでもいいこと』

「神から常識外扱いか。なんだか、人ごとのように聞こえない」


彼にとって戦いこそ食事なのだ。

目の前にいるジークこそ最も美味しいメインディッシュの一つだった。


『戦いこそ娯楽、戦いこそ悦楽、戦いこそ狂喜』


(元々ダメ元だったが、ここまでとは……バトル中毒とかそんなレベルじゃないなこりゃ)


だが、それもジークが想定していたことの一つ。

可能性が高い中の一つに過ぎない。

最悪な展開の場合、返答と共に戦闘───瞬殺パターンだ。この展開はまだマシな方であったが。


『バランス? クククッオレがそんなことを気にすると思うかァ?』


(絶対気にしない。だから面倒なんだお前は)


複雑な心境で溜め息を吐きたくなる。

かつては憎しみを持って殺し合った程の相手の筈が、今ではよく知る一人。第三の魔眼を使って再び生み出した幻影との対話が……ジークの中にある《鬼神》の認識を少しだが、変化を与えてしまっていた。


『バランスなど崩してしまえばいい。混沌こそ我々に相応しいだろ?』


(共感できるか。……やっぱこうなるのか。はぁ、アイリスたちがまだなら時間がどうしても必要だ。ギリギリまで待ったが……これ以上は話も聞いてくれないか)


それは好意のものだとは絶対認めない。

が、昔のように憎しみ敵意など負の感情だけでないのは事実。寧ろそれら負の感情は今となっては薄まっているとさえ思えた。


(時間がまだある。やれる筈だ)


倒すべき宿敵なのは分かっている。

だが、世界の均衡を取り戻すこと、《鬼神》の幻影が脳裏に浮かぶ。

迷いと呼ぶべきかただ頑固なだけか、彼女に無理だと言われた可能性に再び挑もうとしていた。


「相応しいかどうか知らない。だが、俺たちが勝つ。今度こそ必ずアンタに……勝ってやるッ!!」

?』


それが合図となった。

上空から狙っていた五人目のジーク・スカルスが空間魔法を発動。


繋がる時空の扉ゲートワープ』によって開いた大きな空間から、帝城を押し潰せる程の巨大な岩石がいくつも降ってきた。


それはまさに隕石の流星群。

前もって用意していた魔力もない純粋な物質の塊だ。


『貴様らは……』


───皇帝の玉座にいた四人のうちの一人が自身を含む《魔王》以外の全員を『範囲指定移動エリアワープ』で空間移動させた。


帝城に直撃した岩石の何発かが、玉座ごと座る《魔王》を押し潰す。

さらに連続で降り注いで帝城を粉々にして、ただでさえボロボロだった城は跡形もなく崩壊した。



魔王戦の終幕が近かった。


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