第15話 回想 前編
熱帯びる。
家庭科室の放課後は、夕焼け色に転じる。
今日から着始めたばかりの夏服に、既に汗が滲んだ。
ガタガタと、ミシンの軋むような音を国立先輩が奏でる。
窓から望める校庭に、小さな人影。
小さくても分かる優希の姿。
休むことなく、トラックを走り続けていた。
やがて、ゴリッと鳴ってミシンが止まると、泣き声まじりに国立先輩は言う。
「あぁ、ゆうちゃーん」
俺だって、失敗はよくする。
今は簡単なことでも、昔はうまくいかなかったし、今だって全部が全部簡単なことではない。難しい事はいくらだってある。
でも、国立先輩のそれは、俺の経験からは探し出せないもので、必然的に、二人四苦八苦しながら、その糸と布と針の縺れを、解いていくほかなかった。
初めての注文以後は、ずっとそんなのんきな部活だった。
「おーい、まだやっているの?」
この日も、日野先生は急かすように、家庭科室へやってくる。
「あ、はーい。これ直したら、帰ります」
手を止めず、国立先輩は答える。
「あと、立川くんは、この後職員室に来てくれる?」
「あ、はい」
「立川くん?」
顔を上げ、日野先生と視線が交じると、先生はうんと頷いた。
「はい。この後、職員室ですね」
「うん。よろしくおねがい」
いつも気怠げな日野先生だと思っていた。
今日だって、言いたいことだけ言って、足早に家庭科室を後にして。
「なんだろね、心当たりある?」
「……いや、ないんですけどね」
俺は家庭科室の鍵だけ受け取り、国立先輩とは別れる。
放課後のこの時間、校舎の廊下はやけに静かに感じる。
――たどり着く職員室は、エアコンの冷気で満たされていた。
残っている教師も少なく、日野先生は空いていた隣の席に座るよう勧めてきて、俺もそのまま従った。
「話は、聞いている?」
「……なんのことですか」
思い当たる節もなく、素直に聞き直す他なかった。
「立川さん。立川優希さんのこと」
「優希が、どうしたんですか」
「彼女の上履き、今朝、どこかになくなっていたの。本人も思い当たる節がないらしく」
「優希の上履きがなくなったってことですか」
「上履きは見つかったの」
湿気った校舎裏の排水路。
そこで、みつかったらしい。
泥にまみれてくたくたとなった姿。
それを、用務員さんがたまたまみつけたらしい。
「誰かがわざとやったって決まったわけじゃないけど、何か心当たりはないかっていうのをね」
「誰がやったか。心当たりは、ないです」
優希とはクラスも違う。交友関係も知らない。ただ、俺たちは家族なだけで。
でも、多分。
「わざとですよ、それ、きっと」
――職員室を出ると、また熱気が襲う。
帰宅路の寸前、少しだけ、校庭を見て、まだ優希が何かをしている。
すぐに見るのをやめた。
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