第12話

 背後の自動ドアが閉まる。

 雨音はもう聞こえない。

 レジの奥に、七香はいた。

 エプロンをつけているから、コンビニ店員なのだろうか。

 視線は交錯していた。

 店内に放送が流れている。

 店員も、客も、俺たち以外見当たらなかった。

 それで、俺は、どうすればいい?

『関わるなよ。見なかったことにしておけ』

 神様の言う通りだ。

 腹が減ったとはいえ、耐え切れないほどではない。

 孤島でもなければ、コンビニなどいくらでもある。

 ――とはいえ、中野さんから預かったものもある。

 むしろ金輪際合わないためには、今ここで話すべきではないのか。

『おいおい、早く帰ろうぜ』

 ――まあ、バイト中に無理矢理話す内容でもない。

 終わるまで待つとしても、それはコンビニの中ではないだろう。

 俺は踵を返し、扉は再び開く。雨音の激しさが聞こえてきた。

「お、お待ちください!」

 彼女の足音が聞こえる。

「待ってください!」

 その音が大きくなると、俺の腕を掴んできた。

「……なんのようですか」

 俺は振り向き答える。

「その、帰らないでください」

 帰るつもりはなかった。でも、なぜそんなことをわざわざ言われなければならないのか。

「なんで」

「えっと、それは」

「帰るなって、そんなこと言われる理由があるの」

 言葉の端々から、イラつきが漏れ始める。

「帰って、ほしくなくて」

「だから、その理由はなんだっての」

 この間のように、叫ぶことはなかった。

 でも、ずっと七香が情けない表情を続ける。

「申し訳、ございません」

 また、謝られた。

『早く帰ろうぜ、こんな疫病神、無視してさ』

 神様は言う。

「――帰らないとして、なにをしたらいいの」

 俺は、地面に頭を擦り付けられるよりマシとした。

「その、立川様の、お好きなようにしていただければ」

 なにを言っているんだ、こいつ。俺は帰りたい……

 ――わけではなかったか。

 七香のバイトが終わるのを待っていようとはした。見透かされた――わけではないと思うのだが。

 まあ、確かに、俺も意地を張って、黙って待って時間を無駄にするのも、賢くなかったか。

「……七香は、いつバイト終わるの」

 しかし、問いかけたものの、返事はなかった。

 なぜか目を丸くしてこちらを見ていた。

「いやさ、だから、いつ終わるの」

「え、ええっと、私のこと、ですよね」

 毛嫌いしすぎて、俺の質問が妙なものになっていたのか。

 それとも聞き方がおかしかったか。いや、そんなことはないと思うのだが。

「七香に聞いているんだから、七香のことを聞いているの」

 まだ握られていた腕が、ぎゅっと強くなった。

「はい、あと1時間ほどです!」

 妙に大きな声だった。

「1時間なら、バイトが終わるまで待っているから。終わったら、声かけて」

「……かければ、いいんですか」

「うん、声をかけて。話があるから」

 伝えるべきことは伝えた。あとは、じっと待っていればいい。

 しかし、七香はまだ手を離さなかった。

「お待ちいただくなら、店内をお使いください」

「いいよ。邪魔でしょ」

「そんなことはありません。今は空いていますし、イートインコーナーなら少しはゆっくりできると思います」

 空腹になりかけていたのは、事実だった。

「外で何か御用があるのでしたら、無理にというわけではないですが」

「……いや、中で待つよ」

 七香の手はスッと離れて、俺はコンビニ入り込む。

「いらっしゃいませ」

 雨音は、また聞こえなくなる。

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