女子高生と神隠し

万之葉 文郁

通学路で神隠し

 放課後の図書室。真奈まなは親友の夏帆かほといつものように奥のテーブル席を陣取って勉強している体でお喋りをしていた。この席は他のテーブルと少し離れているので、多少話をしていても注意などされない。


「ねぇ、この間S高校に通ってる子に聞いたんだけど、最近そこの子が神隠しに遭ったってちょっとした騒ぎになったらしいよ」


 噂好きの夏帆がいつものように嘘か本当かわからないネタを仕入れてきて大真面目な顔で披露する。


「神隠し? なにそれ」


 小首をかしげている真奈に夏帆は神妙な顔で説明する。


「神隠しってのは何の前触れもなくこつ然と人がいなくなることよ。そのS校の子も、いつも通りに帰りに友だちと別れてから消息がわからなくなったんだって」


「えぇ、ただの家出とかじゃないの?」


 疑う真奈に夏帆は首をゆっくり左右に振る。


「真面目な子で家庭も問題なく家出する理由が全くなかったそうよ。何より彼女のスマホが通学路に落ちていたんだって」


「じゃあ、誘拐とか?」


「まぁ、最初その可能性も疑われたらしいけど、全くその痕跡も見つからなくて、犯人からの連絡もない。通学路にある防犯カメラを調べたら、防犯カメラの途切れたほんの20メートル程の路地の間でこつ然といなくなってたことがわかったそうよ。スマホもそこに落ちてたって」


「へぇ。不思議なこともあるものね」 


 ようやく信じる気になった真奈に夏帆は満足気な顔をする。


「しかもこの神隠し、T高校やM学園でも起こってるんだって」


 神隠しが周辺の学校で相次いで起こっていると聞いて真奈は不安になる。


「え、うそ。それじゃあ、うちにも起こる可能性があるってこと?」


 夏帆はガシッと真奈の肩を掴む。


「そうなのよ。そんで、その神隠しに遭った子たちは、決まって長い黒髪の綺麗な女の子らしいの。真奈も危ないわ!」


「……確かに私は長い黒髪だけど、綺麗ではなくない?」


 大真面目な顔を近づけてくる夏帆に若干腰が引ける。けれど、夏帆は構わずグイグイ来る。


「何言ってるの! 真奈は十分かわいいわよ!あなた狙われるかもしれないのよ!」


「夏帆、声が大きいってば」


 離れた席の数人がちらりちらりとこちらを見ているのを気にして真奈は夏帆に注意をする。何か言いたげな周りの人たちに会釈し愛想笑いをしておく。


 夏帆を宥めていると、

「バカに賑やかねぇ。図書室はお喋りする場所じゃあないのよ?」

 クラスの女子3人が2人の席までやってきた。


 彼女らはクラスの派手な女子グループで、どちらかと言うと大人しい真奈たちをいつも見下すように見てくる。


「何、あの神隠しのウワサ? それなら真奈は大丈夫よぉ。だってアンタ髪が長いってだけで地味だもの」


 3人の中の中心的人物、亜梨沙ありさがそう言って嘲笑い、後の2人もそうそうとそれに追随する。


「狙われるなら亜梨沙でしょ」

「身の程知らずねぇ」


「はぁ?なんですって?」


 夏帆が立ち上がって3人に立ち向かって行こうとする。


「夏帆! 部屋から追い出されちゃうよ!」


 私は慌てて間に入り夏帆と3人を引き離し、何とか夏帆を席に着け落ち着かせる。そして、その様子を見ていた亜梨沙に尋ねる。


「亜梨沙は怖くないの? 神隠しに遭うかもしれないって」


 亜梨沙は腰の辺りまである黒髪が自慢で、いつも手入れを怠らないその髪はツヤツヤしている。


「別にぃ。だって私にはカレシだっているし、リア充だしそんなん寄ってこないわよ」


「……そうなんだ」


 何かよくわからないけれど、神隠しに遭わない自信があるらしい。


「あっ、私これからデートだった。こんな地味娘じみこ達に構ってる場合じゃなかったわ。アンタは精々あの頼りない幼馴染みに守ってもらうことね」


 そう言うと、持っていた手提げからピンク色の香水瓶を取り出して両手首にシュッシュと吹き掛けた後耳の後ろに撫でつけた。辺りが甘ったるい匂いに包まれる。


 真奈は流石に付けすぎではと思うが顔には出さなかった。夏帆はうへっとしかめっ面をする。


 亜梨沙はそんな2人を見下すようにフフンと笑うと、じゃあねと言って自慢の黒髪を見せつけるようになびかせ、2人を連れて図書室を出て行った。


 3人が出ていくと周りの人たちの視線がこちらに集まっていた。

 真奈はその人達を見渡しスミマセンと小さく頭を下げ席に座る。


 隣の席では夏帆がブスッとしていた。


「何あれ、これみよがしに。何かっていうと真奈に絡んでさ。前に校内新聞で髪の綺麗な女子ランキングで負けたの未だ根に持ってるのよ」


「まぁまぁ。何か言われても流しておけばそれ以上何かされることはないし」


 真奈が何でもないふうにそう言うと、夏帆は文句を止め、何かされたらすぐに言うのよ?と念を押す。それに頼りにしてると返し、2人で笑い合った。



 しばらくして、2人の席に男子が1人コソコソとやって来た。


「ま……待たせてゴメンね」


 遠慮がちに声を掛けて来たのは、真奈の幼馴染みの優希ゆうきだ。図書委員の当番だった優希を真奈たちは待っていたのだ。


「大丈夫だよ。お疲れ様。じゃあ帰ろうか」


 真奈と夏帆と優希は連れ立って図書室を後にした。



「……あの子たち凄かったね」


 帰り道を連れ立って歩きながら優希がボソボソと口を開く。図書室のカウンターから亜梨沙とのやり取りが見えたらしい。


「見てたなら助けなさいよ!」


 夏帆が大きな声を出すと、優希はごめんなさいと消え入りそうな声で言う。


「夏帆怒らないの。ああいうのは変に助けに入っちゃうと余計に面倒くさいことになるんだから」


 真奈がフォローに入る。


「そりゃそうだけどぉ。でも優希。神隠しのこともあるし、アンタがしっかりしなきゃ!」


「神隠し?」


 耳慣れない言葉に優希が首を傾げる。夏帆は先程図書室で真奈にした説明を優希にもした。


「真奈が狙われてるんだから、優希! アンタが真奈を守るのよ!」


「……わかった」


 優希は夏帆の言葉に静かにでも大きく頷いた。


「いや、私が狙われるって決まった訳じゃないからね?」


「用心することに越したことないでしょ。真奈は当分1人で行動しちゃダメだからね」


 真奈はこれ以上言っても無駄だとため息を付いて取り敢えず了承した。



 しばらくして夏帆とは別れ、優希と2人で歩く。2人は家が隣同士ということもあって、なんとなくいつも一緒にいる。


 優希は人と話をするのが苦手で極端に内向的だった。話をするのは幼馴染みの真奈と夏帆くらいで、それも聞こえるか聞こえないかの小さな声だ。クラスにも馴染めていない。かと言って、いじめられることはなく、いつもひっそりと存在をうまく消して過ごしていた。


 真奈はこの先自分に彼氏なんかができたら自然と離れるんだろうなぁと思うが、それもどこか現実感のない話だった。


 いつものように他愛のない話をぽつりぼつりとしていたら家に着く。


 玄関を入ろうとしたら珍しく優希から声を掛けられる。優希は真奈をまっすぐ見た。


「僕が真奈を守るから」


 その声は小さかったが確かな意志を持った声音だった。




 それからしばらく平穏な日々が続いたが、ある日の朝、亜梨沙が教室に入るなりグループの女子に駆け寄る。


「ちょっと聞いてよぉ。私、神隠しにあっちゃったぁ!」


「はぁ!?」


 皆が頭の上にハテナマークを付けているのにも構わず亜梨沙は話し出す。


 昨日たまたま1人になってしまった通学路で何か黒いモノに後を追われたこと。必死に逃げても追い付かれて、捕まるという距離まで迫った時に黒いモノは「こんな酷い臭いがする奴はいらない」と言い、そして、こつ然と消えた、ということを熱く語った。


「酷い臭い?」


「これのことよ」


 友人の問いに亜梨沙はピンク色の香水瓶を頭上に掲げる。この間図書室で大量に振り撒いていたものだ。


「神隠しのバケモノはこの匂いが嫌いなのよ!!」


 真奈と夏帆はそれを少し離れた所で眺めていた。その視線に気が付いた亜梨沙がニヤニヤしながらやって来る。


「真奈ぁ。神隠しが怖いんだったらこの香水、分けてあげようか?」


 しばらく視線を合わせた後、真奈は「結構よ」と目線を外した。


「意地張っちゃってぇ。けど、真奈みたいなお子様にはこの香水は似合わないわよね」


 そう言って亜梨沙はグループに帰っていった。夏帆は何やら反論していたが、あのいかにも女の子な甘い匂いが自分に似合わないのは真奈が1番わかっていたし、亜梨沙と同じ匂いを付けて歩くのはとても抵抗があった。



 それからしばらく夏帆と優希と毎日一緒に下校し問題なく過ごせたが、ある日、優希が風邪をひいて早退することになった。朝から具合が悪かったが、真奈を1人にしない為に無理して登校したらしい。


「ごめんね」保健室に荷物を持って来た真奈に優希は情けなさそうに謝る。


「気にしないで。夏帆もいるし、私こそ無理させちゃってごめん」


 優希は首を左右に振り、自分の鞄から紙袋を取り出して真奈に渡した。中を覗くとあの香水が入っていた。


「真奈は嫌だって言ってたけど、お守りだと思って持っていて」


 優希の真剣な顔を見て、真奈はそれを素直に受け取った。



 その日の放課後。夏帆のお祖母さんが倒れて、夏帆の家族が急遽迎えに来ることになってしまった。


「ごめんね。誰か他の人に一緒に帰ってもらえるよう声掛けようか?」


「大丈夫よ。そもそも私が狙われてるって決まってる訳じゃないんだから。優希がくれたお守りもあるし。ね?」


 夏帆は心配しながら家族の車に乗り帰っていった。



 見送ってすぐに真奈は帰途に着いた。

 1人で帰るのは久しぶりで、いつもの通学路がとても寂しく映った。


 優希と一緒に帰ってもあまり会話は無いが、それでも隣にいるだけでとても心強いものなのだと改めて気付かされる。


 足早に家路を急いでいたが、家まであと10分という所で背後に嫌な気配を感じた。


 何かがついてきている。真奈は心臓が早鐘のように鳴るのを感じた。


 気のせいだと思おうとしても、姿は確認できなくとも息遣いが聞こえ、喉元を嫌な汗が伝う。


 後ろのモノは少しずつ真奈に近づいてくる。なんとか歩を止めずに足を早足に動かすとふと太腿に紙袋が触れた。優希のくれた香水を思い出す。


 真奈は手提げの中の香水瓶に手を伸ばし、意を決して後ろを振り向き俯いたまま香水を側にいるモノに吹き掛け続けた。


『何ダァ。コノニオイハ』


 前方から得体のしれないしわがれた声がする。真奈は見てはいけないと思いながらも顔を上げてしまった。


「ひぃぃぃっ」


 そこにいたのは二足歩行だが決して人間ではなく、全身から黒い液体を垂れ流しているモノ。香水の匂いを嫌がる様子は全くなく、平然と立っていた。


「なん……」


 真奈の体は恐怖に固まってしまい声も満足に出せない。ただ震えて歯だけがガチガチ鳴っている。


『コノ間ノ死臭クサイ娘トオナジニオイ……デモ今回ハ大丈夫ダ。チャントオクニ生気ノニオイガスル。主サマノ元ニ連レテ行カネバ』


 そう言うと黒いモノは真奈の腕を掴もうとする。


 もう駄目だ。真奈は一歩も動けず、目を固くつぶる。



 その時、


「真奈を離せ!!」


 後ろから声がして、何か粉のようなものが真奈と黒いモノにぶっ掛けられる。


『グォォォォォォ』


 黒いモノは凄まじい雄叫びを上げその場にうずくまる。


 真奈は腕を後ろに強く引かれ、何か柔らかく温かいものに包まれる。


「真奈、大丈夫か!!」


 初めて聞く優希の大きな声だった。

 真奈が小さく頷くと優希は真奈を抱きしめた腕の力を強くする。


 顔を見上げると優希が鋭い目で黒いモノを睨みつけている。


 真奈も恐る恐る黒いモノに視線を向けるとと、黒いモノは声にならない声を上げながら徐々に見えなくなった。


「いなく……なった……?」


 姿がすっかり見えなくなると、優希の足の力が抜けその場に座り込む。優希に抱きしめられていた真奈も腰を落とす。


「よかった……間に合って……」


 優希は真奈をきゅうと抱きしめた。


「優希これ何を撒いたの?」


 真奈が自分の髪にも付いている粉についてについて尋ねる。


「これは神社から取り寄せた魔除けの粉なんだ。ずっと相談してて、さっきようやく届いたんだ。間に合って本当によかった」


 香水のことといい、見えない所でいろいろ動いてくれていたことを知った真奈は胸にこみ上げるものを感じた。


「優希、ありがとう。」


「真奈を守るって言っただろ。真奈はずっと僕の側にいてくれた。これからもずっと真奈のこと守るよ」


「優希……」


 ふと、優希の力が抜けて真奈に寄りかかる。


「優希!?」


 気付けば優希の体はすごい熱を持っている。優希が風邪を引いていたことを思い出した。


「こんな体で無理して……」


 真奈の心にほんのりと暖かい想いが芽生えた。




(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女子高生と神隠し 万之葉 文郁 @kaorufumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ