第4話 住み込みでお仕事します!
おばさんの名前は、リーズ、旦那さんの名前は、ノット。
このお店…食堂を夫婦で経営してるらしい。
旦那さんは、背は高いけど、ちょっとほっそりしてて頼りない感じ。
子供達はすでに成人して、他の街の食堂で料理修業に行ったり、嫁に行ったりしてるんだって。
一部屋しか空いてないけど、2人で使いなさいって言ってくれた。
まだ客も少ない食堂の片隅に置かれたテーブルに座らされた僕たちは、おばさんの話を聞いてて、だんだん涙が滲んで来るのがわかった。柚夏はすでに鼻水まで出てるらしく、ズルズルすすってる。
「まあ、駆け落ちなんて珍しくも無いからね。お嬢ちゃんは貴族の出だろ? その上等な服を見りゃわかるよ。大方、使用人の僕との愛の逃避行ってわけだろ? いいねえ~そういう書き物を読んだことあるよ。いや、話さなくてもいいさね。私らも何も聞かないよ。取りあえず、身を置く場所が見つかるまで、ここで住み込みで給仕でもしてればいいさ。給金は少ないけど、寝床と三食付きだよ。悪くないだろ?」
何か、盛大に勘違いしてるおばさんだけど、詳しく聞かれないのは助かったかもしれない。
「あんたら、着替えも無いんだろ? 子供達のお古でよければ着ていいからね。お嬢ちゃんの服でも古着屋に売れば、そこそこの金にはなるだろうさ。それで必要な物を買えばいい。どうだい?ここでちょっと働いてみるかい?」
僕は意思を込めて柚夏の顔を見た。同じように僕の顔を見つめる目が、物語っている。
「「お願いします!」」
おばさんは、満足そうに頷いた。
食堂の2階に案内された僕たちは、4畳半ぐらいの部屋に案内された。
「とりあえず、今日はゆっくり休みな。ベッドは一つだけど…愛し合う2人には十分だろ?」
なぜか、めっちゃニヤニヤしてるおばさん。ちょっと殴りたくなった。
柚夏は、「…まだ心の準備が…初めてはもっと雰囲気のいい所で…でも、柚希とならどこでもいいかも…」遠くにトリップしてしまった様だ…おーい、かえってこーい!
「おばちゃん達の部屋は3階だからね。何も聞こえないから安心おし!」
何を安心すればいいのだろう…。
「私、上手くできるかしら…こういう時は、まずキスからよね…歯が当たらない様に…目をつぶって何で口の場所が分かるのかしら…あ、キスの時って鼻で息をするの? ああ…もっと恋愛小説も読んどくんだった!」
どうも、柚夏の精神は更に異世界に飛んでったらしい…。
何故か日本での僕たちがどうなったのかに関して、あまり2人共気にならなかった。
これは神様が何かしてくれたのかもしれない。
もう元の世界には戻れないから、感情を制御してくれてるとかかもね。
嘆いてばかりだったら、あっという間にのたれ死んでたろうから、そこは有り難い。
まあ、異世界に飛ばされた事は有り難くないけどさ。
その後、僕たちはおばさんの子供が着ていた服を貰い、着替えて休んだ。
何もしてないからな! 本当だぞ!
ベッドは柚夏に譲って(洒落じゃない!)、僕は床で寝る事にした。
夕飯もごちそうになり、なんと風呂もちゃんとあったので、有り難く順番に入らせてもらった。
当然だけど、ラッキースケベなんてイベントは発生しません。
いや、同じ部屋で寝泊りするわけで、着替えも一緒の部屋だから、この先は有ると思う…僕も男だから…ちょっと興味は…。
その日は疲れてたのか、固い床の上でもぐっすり眠れた。
翌日、朝食を頂いたあと、柚夏は食堂で給仕をすることになった。
お金の単位は、ワエンと言うらしい。
1ワエン=銅貨1枚=100円ぐらいっぽい。計算も10進数なんで、分かりやすい。
10銅貨=1小銀貨、10小銀貨=1銀貨、10銀貨=1小金貨、10小金貨=1金貨。
つまり、小銀貨で千円、銀貨で1万円、小金貨で10万円、金貨で100万円らしい。
ワエンという通貨単位はほとんど使わず、大体、小銀貨1枚と銅貨5枚とか言うんだって。
柚夏、覚えた? ばっちり? 本当かなあ…心配だけど、おばさんもいるから大丈夫なのかなあ。
それで僕は裏方…調理のお手伝い。端的に言うと皿洗いや下準備。
料理は実は結構得意なんだけど、この世界の野菜とか肉とか調味料とか全く知らないから、まずは手伝いをしながら覚えて行き、先々は料理人もいいかもしれないな。
日本では何となく偏差値の高い学校に行って、それなりの大学に行って、就職氷河期と言われているけど、そこそこの企業に就職出来たらいいなあ、ぐらいにしか考えてなかった将来だったんだけどね。
夕飯も朝食も、見た事も無い野菜と肉だったし、パンもあまり食べた事の無い種類だったからね。
あの黒褐色で酸味と独特の風味のパン…多分、ライ麦で作ったパンだな。
せめて小麦粉が手に入れば、天然酵母を作って美味しいパンを作ってあげれるのに…余裕が出来たら探してみよう。
うん、こんな事を真剣に考えれるんだから、やっぱ料理人って僕に合うかもしれないな。
そんなこんなで、2人は働き始めた。
最初の2週間ぐらい、柚夏は踵やふくらはぎが痛いと泣いていた…立ちっぱなしは、慣れるまできついよね。
僕も、きついのは確かだけど、なんだかこの生活にワクワクしてたのか、あまり辛いのが気にならなかった。
「柚希~!マッサージして~!」
仕事が終わると、毎晩の様に風呂上りに僕に足のマッサージを柚夏は強請るようになった。
まあ、生まれたての小鹿みたいに、プルプルしてるのは可哀相だからしてあげるけど…気になるのはベッドの軋み音。
翌朝、かならずおばさんがニヤニヤしてるんだよ。
「昨夜は激しかったのかい?」って、違うからね! 僕たちは健全だから!
柚希にマッサージしてもらったら気持ちが良い…でも、ふくらはぎより上もマッサージしてくれてもいいのに。
もっと触ってもいいよ、って体中から触ってオーラ出してるはずなんだけどなあ…ヘタレめ…。
なんて事を、この時に柚夏が考えていたのを知ったのは、ずっと後になってから。
食堂で働く僕たちは、仕事にも街の人にもだんだんと慣れて、2人で1日小銀貨8枚だけど貰えたので(日当4千円/人)、ちょっとだけど、貯金も出来た。だって、お金使う事ないしね。
宿代、飯代、その他諸々は好意で無料。毎日、疲れてヘトヘトニなるまで仕事してたら、遊びに行く気にもならないよ。
そもそも遊ぶところなんて無いだろうし。
成り行きでだけど、この食堂で働き始めて半年、つまり異世界に来てから半年たったある日、僕達に転機が訪れた。
この国の王様が、新しく侯爵になる人の王都のお屋敷の使用人を募集するっていう、ニュースが飛び込んできた!
待遇は破格だけど、テストが有るらしい。計算、読み書き、礼儀作法、面接。
このニュースを持って来てくれた、リーズさんは、
「2人で試験受けてみたらどうだい? 今まで見てみた限りじゃ、礼儀作法もしっかりしてるし、計算だって早い。ちゃんと読み書きも出来るし、あんた達なら合格するかもよ? こんな場末の食堂で給仕なんてやってたって、将来は見えてるんだから、一丁頑張ってみなさい! 応援するから!」
「「はい!」」
こうして僕たちは、侯爵様の使用人となるべく、試験を受ける事となった。
「メイド服…メイド服…メイド服着て迫ったら、柚希もきっと…」
柚夏…お前、試験大丈夫か?
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