第7話:追放の理由

  ルインはムラサメに向かって一歩足を踏み出した。


「っ! 来るなぁ!」


 『聖剣』は構えてムラサメは吠える。

 最早、自分に近寄る全てが敵にしか見えなかった。


 軋むほどに『聖剣』を握りしめる。己を救い、己を地獄へと後押しする眩い剣を。


 神様は残酷だ。武器は渡しても、暗闇から連れ出してはくれなかた。


 暗闇の中で抜身の剣を渡されても、自分と周囲の誰かを傷つけるだけなのに。


「わたしは斬る! 斬れる! 冒険者でも! 街の衛兵でも! 魔物でも! モンスターでも! 『魔王』でも! わたしは斬ることができるんだっ! わたしの邪魔をするなら、ぜんぶ、ぜんぶ斬ってみせる!」


 そんなムラサメの悲鳴のような怒号を受けて、ルインは数秒口を閉じた。


 痛ましそうに、堪えるように。

 そして最後に『何か』を決心したように、


「…………そんな未来はダメだ。絶対にやってこない」


 呟くような声量だったが、ルインは言い切った。


「お、おまえにわたしの何がわかる!?」


 ムラサメの剣先は震えていた。


「答えてみろよ!! ルイン・アクセリアっ!!」


「……そんな剣の持ち方じゃ自分を傷つけるだけだろうが。自分でも分かってるだろ」


 その言葉で。

 張りつめていた、何かが切れた。


「……………………あ、あぁああ」


 分かっていた。

 分かっていたのだ。


「う、わああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 このままではいけないことは。

 

 だけど。どうすれば良かったのだろう。


 あのまま路地裏で『聖剣』を奪われたまま死ぬべきだったのか。或いは、スラムで野垂れ死ぬのが自分の本来の運命だったのか。



「誰かっ……助けてっ」


 魂を吐き出すように、ただムラサメは泣き続けた。


「………俺と一緒にきな」


 ルインに手を引かれるまで、ずっと。



 

 結論としてムラサメは罪に問われることはなかった。


 ムラサメを最初に襲った3人組(及びバンダナの冒険者)が一命をとりとめ、彼らが罪を告白したからだ。衛兵が数名軽傷を負ったが、ムラサメ側の事情を鑑みれば、十分罪を不問にできた。


 4人の命を救ったのはルインだった。


 ルインは3人から事情を聞きだし、ムラサメを救うために迷宮都市トトリスを駆け回っていたのだそうだ。何の理由があって、そうしたのかは分からない。


 多分、理由なんてないのだろうと、ムラサメは今になって思う。


 ただ、ルインはそういう人間なのだ。自分の知る範囲で誰か傷つくことが許せない、そんな身勝手で誰よりも優しい人間なのだ。



 そして。


 ムラサメはルインと行動を共にすることになる。直ぐ後にルインが男性だと知り、彼女はとても驚いた。それこそ己が『勇者』となった時以上に。


 

 ルインと行動を共にするうちに、ムラサメは様々なことを知った。

 モンスターとの戦い方、人との付き合い方。食事のマナー。文字の読み方・書き方。仲間という存在。



 そして最後に。

 最後に、少女は恋を知ったのだ。


 ―――神様は最低だ。


 確かに武器は授けてくれた。逆に言えばそれだけだった。暗闇の中、抜身の剣を与えられても自分や誰かを傷つけるだけなのに。



 ああ、だけど。

 確かに明かりはあったのだ。


 月のない凍えるような夜でも、己の手を引いて暖かい場所に連れて行ってくれる存在。

 あの小さな掌のぬくもりを数年たった今でもムラサメは覚えている。


 だから。

 だから―――。

 




「ムラサメちゃん、ムラサメちゃーん」

「ん、む。なんだ貴殿」


 今ムラサメたちがいるのはアイオーン迷宮の10層。

 ミノタウロスを倒して地上に戻る途中の休憩時間である。


「まーたトリップしてた。大丈夫?」


「………む。いや、この『新月の明かり』の今後について考えていただけだ」


「んふふ。ルインくんのこと考えてたんでしょ」


「んなっ!? き、き、き、貴殿! 貴殿は心が読めるのかっ!?」


「わっかるよー。ムラサメちゃんは基本、おくちをムッとしてるけど、ルインくんのこと考えてる時はすこし頬が緩むからね。ずっとにっこり笑ってるギルベルトとかに比べると、意外と分かりやすいよムラサメちゃんは」


「そうか、そうなのか?……というか貴殿、いい加減ムラサメちゃんはやめろ」


 眉をひそめてムラサメは言う。


「えー、なんでかな?」


「その、某に似合わないだろう。『ちゃん』付け……なんて。背も高いし、可愛くないし……。冒険者の中には某の事を男と思う者もいるらしいしな……」


「………」


「…………な、なんだ。リーゼロッテ。いきなり黙って」


「か」


「か?」


「可愛い~っ!!」


 言いながらリーゼリアはムラサメに抱き着く。


「うおっ!?」


「いやいやムラサメちゃんは可愛いよ! 最高にキュートだよ! いや誰だよ! ムラサメちゃんのことを男だなんて思うクソ野郎は! そいつはアレだね、目が腐ってるね! もう、『魔王』級にね!」


「そ、そうか?」


「そうだよ。だって肌とか凄いきめ細かしシミとか全然ないし、髪も黒くてキューティクルだし、手足も長くてスタイル抜群だし、んふふふいい匂い~!!」


「というか貴殿ひっつきすぎだっ! 離れろっ!!」


 なんとかムラサメはリーゼリアを引きはがす。


「ぐあああああ!」


 リーゼリアは名残惜しいのか悲鳴を上げていた。ムラサメは鼻を鳴らした。


「ふん、まったく、貴殿はそうやって所かまわず誰にでもひっつく!」


「そうなことないよ。可愛い女の子だけだよ」


「………ルインにもひっついていただろう」


 ジト目でムラサメはリーゼリアを見た。


「うっ! そ、それは、ね……わたしも反省してます!でもっ! 仕方ないよ、わたし最初のころルインが男の子だなんて知らなかったし。というか気づけるわけないよね! あんなかわいい子が男の子だなんて! ちゃんと分かってからはひっついてません!」


「そもそも性別が男であろうが女であろうがひっつくな。……ほら、ギルベルトも呆れているぞ。いつもは聖人のような微笑みを浮かべているのに、今は真顔だ」


 ムラサメはさっきから沈黙を保っていたギルベルトを見た。


「いえ、ごちそうさまでした」


「――――貴殿は何をいっているんだ?」


「ともかく」


 こほん、と咳払いしてギルベルトは言う。


「で、実際どうするのですか? ルイン様を『新月の明かり』に呼び戻すのか、否か」


 ムラサメは答えた。


「決まってる。否だ」


「いいの?」


「ああ。この数日、確かに某は不甲斐ない姿を見せたかもしれない。だが、もう吹っ切ったさ」


「本当ですか?」


「……本当だ」


「ちょっと間があったね」


「というかそれを言うなら貴殿たちもだろう! 某ばかりに攻めて! リーゼリア、貴殿は魔法構築にいつもの倍はかかってるぞ。おまけに威力は半分以下だ! ギルベルト、盾を構える時明らかに腰が入っていないぞ! ただ適当に構えているのが丸わかりだ!」


「うっ」


「バレていましたか……」


「当たり前だ。はあ……貴殿たちも寂しいんだよな。それでもやはりルインを呼び戻すつもりはない。……寂しいからなんだ。涙が流れるからなんだ。パーティーが著しく弱体化したからなんだ。ルインを泣かせるよりは百万倍マシだっ!!」


 ある夜、ムラサメが部屋で寝ているとルインが忍び足で訪ねてきたことがあった。


 ムラサメは、『これはもしや……!?』と脳内を桃色ピンクお花畑にして瞳を見開いて『某は心の準備はできているぞ!さあこい!』と訴えたのだが、結局ルインは何も言わず、何もせず自室に帰っていった。


 ムラサメは『まったくルインは恥ずかしがり屋だなぁ!』と自己解釈して『ふはは! 今度は某が貴殿の部屋を訪ねてやろう……!』とルインの部屋にこれまた忍び足で侵入した。


 ルインも何も気づかずに寝ていたのだが、『ふはは、貴殿これは寝たふりだな! 愛い奴め!』とこれまた自己解釈してルインの服を脱がしにかかった。多分興奮で妙なテンションになっていたのだと思う。


 そしてムラサメは見たのだ。見てしまったのだ。


「………ルインの胸には魔石があった。モンスターにしかない魔石が」


 いい加減そこでムラサメもルインが寝たふりではなくて、本当に寝ていることに気づいた。そしてルインの服を治し、自室に帰っていたのだ。


 ちなみにムラサメは脳内ピンクお花畑モードでルインの部屋を訪ねたことまで言っていない。『実はルインのお胸を偶然見ちゃって……』と適当に口を濁した。普通に恥ずかしいからね。


 ギルベルトが言う。


「……純粋なモンスターとは思えません。モンスターは迷宮の外には出れませんから。外の環境に適応した魔物ならばその限りではありませんが、魔物には魔石がない。……モンスターの突然変異か。或いは何かの生体実験の産物か。……しかしルイン様の正体は人間ではなかった。それだけは確かです」


「でもそんなの関係ないよね」


「ああ。某たちはみなルインに救われた。それで十分だろう」

 

 でも、だけど。


「ルインは泣いていた。某たちがモンスターを屠る度に……目に涙を溜めて、それでも零れない様に、必死に堪えていたんだっ!!」


 ムラサメは拳を握りしめた。己の愚かさがどうしようもなく腹正しいのだ。


「自惚れていたんだ、某たちは。ルインは優しい。『誰にでも』優しいんだ。奴が己と存在を同じくするモンスターに同情しない訳がなかったんだっ……! 某たちに気づかれないようにしていたようだが、某にはわかる」


「いっつもルインくんを見てるもんね」


「き、き、き、貴殿!? ば、バレていたのか!?」


「眼光鋭くて少し怖かっ―――」


「それはともかく!!!!」


 ムラサメは声を張り上げ、話の方向を軌道修正する。


「ルインは優しい奴だ。だから絶対に自分の気持ちを理由にパーティーを抜けることは良しとはしなかっただろう。きっと『その程度どうでもねえよ』とでも嘯きながら、涙を堪えるんだろう。心を傷つけながら『最後まで』付き合うんだろう。だが、某たちはもう十分彼から色々なものを貰った筈だ」


 ギルベルトもリーゼリアもかつてルインに救われている。3人は闇の中で出口も分からずさ迷っていた存在。そして、ルイン・アクセリアという明かりに導かれ、ここまでこれた者たちだ。


 彼らはもう十分にルインから救われた。返しきれない恩を受けた。


「ルインを『新月の明かり』に戻すということは、ルインをまた泣かせるということだ。貴殿たち、それでもいいのか?」

「だめだ、ね」

「是非もなし」


 だから。

 だから―――魔王様は勇者パーティーを追い出されたのだ。

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魔王様、勇者パーティーを追放される かりーむ @kariumu08

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