第5話:現在の『新月の月明かり』

  迷宮は階層ごとにその様相を大きく変える。


 歴史を肌で感じさせる遥か昔に滅びたかのような古都。マグマが沸き立ち空を焦がす地獄の如き光景が広がる灼熱の大地。一度入れば二度と出られない何処までも続く樹海の海。ありとあらゆる世界の景色を詰め込んだ、極彩色の箱庭が迷宮だ。



 そんな迷宮のとある階層。

 アイオーン迷宮の27層西広間で一組の冒険者とモンスターが死闘を繰り広げていた。

 

 27層は薄暗い石造りの迷路のような構造をした階層だ。


 迷宮の中ではかなりオーソドックスな作りであり、多くの者が迷宮と聞いて思い浮かべる形なのではないだろうか。そこに出現するモンスターは多種多様だ。


 ポイズンバット、ブラウンウルフ、人食い大蜘蛛、ダークエレメント――――。だが、一番有名なのはこれだろう。



 ――――ミノタウロス。


 


「ぶもおおおおお!!!」


 或いは迷宮で一番有名かもしれないモンスターは野太い声で吠える。眼前にいるのは3人の冒険者。


 東方の意匠とアルケディア王国の貴族趣味を合わせた独特の衣服を纏う黒髪の『勇者』ムラサメ。


 水色の髪に眼鏡をかけ、とんがり帽子とローブに杖を装備した、『氷帝』リーゼリア。


 オレンジ色の髪を短く切り揃え、筋骨隆々の肉体を鎧で覆い、大盾とミドルソードを装備した『鉄壁てっぺき』ギルベルト。



 ムラサメ以外の2人も異名持ちだ。探索者として名を上げると、自然と他の冒険者から異名で呼ばれるようになる。異名持ちは一流の探索者の証でもある。



 しかし。

 そんな異名持ちの3人は、現在、窮地に立たされていた。



「ぶもおおおおおおおお!!!!」



 ミノタウロスが獲物の棍棒を振り上げ、それを大地に勢いよく叩きつける。狙いはムラサメ。


 しかし、棍棒とムラサメの間に滑り込むように、ギルベルトが割って入り大盾で受け止める。パーティーにおける役割を愚直にギルベルトは果たす。その隙にムラサメはミノタウロスめがけて、横薙ぎに剣を振るう。


 しかし、それがミノタウロスに届くことはなかった。


「なんだと?」


 ムラサメは空ぶった、、、、のだ。


 『聖剣』は虚空を空しく、ひゅんと切っただけだった。ミノタウロスと自分の距離を測り損ねたのだ。


「つ、次こそはっ!」


 ムラサメは横薙ぎを再度繰り出す。合わせて目測を誤った分、足を踏み出して距離を詰める――――が。


 ガタン、とムラサメはこけた。足元の小石につまずいたのだ、、、、、、、、

 

「ムラサメ! 何をやっているのです!」

「お、おかしい。こんなはずでは……!?」

「ぼうっとしないっ!」


 言いながらギルベルトは再度ミノタウロスの攻撃を受け止める。今度の一撃は先ほどよりも威力が高かった。

 


「ぐううっ!!?」


 ばごん!と、彼の巨体が迷宮の床に沈み込み、ミシミシと骨のきしむ音が響く。



「ぐうっ、おおおおおお!!」


 ギルベルトは吠えながら、大盾でミノタウロスの棍棒を弾き飛ばす。それ見たことかモンスターごときが、と笑うのも一瞬。ギルベルトの顔はすぐに真っ青になった。


 ミノタウロスの棍棒は弾き飛ばされたのではなかった。


 ――――奴はわざと自分から棍棒を引いたのだ。


 ミノタウロスは繰り返し棍棒をギルベルトめがけて振り下ろす。木でできた粗末な棍棒が一撃ごとに壊れていくのもお構いなし。技術も何もない、フィジカルだけに頼った野蛮な連打。


 だが、そんな小細工なしの攻撃だからこそ、一度嵌れば容易には抜け出せない。


 ギルベルトは剣を放りだし、両手で盾を構えミノタウロスの攻撃に耐えるが、少しずつ、少しずつ、追い詰められていく。


 だが、ミノタウロスの横から『勇者』ムラサメが『聖剣』を振り上げ躍り出る。


「某の存在をっ! 忘れるなっ! 『聖剣』解放! 『ホーリーブレイドパニッシャー』!!」


 『聖剣』は高密度の光属性の魔力に包まれる。

 振り下ろしと共にそれが解放され、光の奔流と化し、間合いが大きく伸びた斬撃がミノタウロスに迫る。


 『魔王』すら切り裂く『聖剣』の一撃は、ミノタウロスの棍棒を持った腕を、熱したナイフをバターに充てるように、容易に切断した。


「ぶもおおおおっ!?」

「ぐああっ!?」


 片腕を失った痛みと怒りで暴れるミノタウロスにムラサメは吹き飛ばされる。


「っ! リーゼリアぁっ!!」


「分かってるよっ! もう魔力は練り終わった! さあ、世界の冬を司る『青の麗人』よ。我に汝の氷の息吹を貸し与えたまえ。魔法『アイス・エイジ』っ!!」

 

 前線から距離をとって魔法の準備をしていたリーゼリアが杖を掲げる。


 冷たい強風が一帯を満たすと―――。


 バキバキバキバキ!!!とミノタウロスの身体が氷に覆われていく。


「ぶもおおおお!?」

 

 ミノタウロスが片手で氷を剥がしていくが、氷の発生するスピードの方がはるかに早い。


 数秒後。

 そこには片手のないミノタウロスの氷像が完成していた。命がないのは明白だった。


 やがて氷像も砕け塵となっていく。残ったのはミノタウロスの魔石だけ。


 迷宮のモンスターは死体を残さない。死んだその後は、細かい粒子となって迷宮に戻っていく。そしてまた新たなモンスターとして産まれ直すと言われている。



 戦闘を終えた『新月の明かり』。

 

 しかし、その顔に達成感はなかった。ミノタウロスの魔石をムラサメは『マジックポーチ』の中に入れていくが、笑顔も見せない。


 当たり前だ。数日前まで――――具体的に言えば『新月の明かり』のリーダーだった男、ルイン・アクセリアがいた頃は、この程度のモンスターにここまで梃子摺ることなんて決してなかった。


「………はぁ」


 そのため息は誰のものだったか。

 ムラサメが声を張り上げる。


「なんだなんだ、貴殿たち! その無様さは! たかだかミノタウロスにてこずって! ここは27層だぞ。精々が中級冒険者、いや迷宮初心者が梃子摺る相手だろう、ミノタウロスは!」


「……それは自分自身に言ってるのですか? ムラサメ様」


 ギルベルトが言う。冷たい金属を思わせる低く重い声が迷宮に響いた。


「っ……!」


「本当は分かっているのでしょう? ミノタウロスだけではありません。この数日間、私たちは以前なら勝負にもならなかったモンスターたちに命の危機を感じるほど追い詰められている。理由はなぜか? それはたった一つしか考えられない」


 リーゼリアがムラサメに近づき、顔を見上げながら伏し目がちに言う。


「ねえ、ムラサメちゃ――」


「ちゃんはやめろ、貴殿」


「ねえ、ムラサメ。やっぱりルインくんを呼び戻したほうがいいんじゃない?」


 リーゼリアのそんな提案を受けたムラサメは眉間に皺をよせ絞り出すようにムラサメは言う。


「それは………。それは……だめだ」


「でも………」


「ムラサメ。………『新月の月明かり』の強さの裏には、ルイン様の魔法があった。彼が我々に強化魔法をかけてくれるからこそ、我々はずっと快進撃を続けることができたのですよ」


 ギルベルトはあっさりと『新月の明かり』の強さを支えていた秘密を明かした。目を反らすのは許さないと言わんばかりに、その瞳はムラサメを射抜いた。



「っ! そんな、ことっ……そんなこと……っ」


 ギリギリと軋むほど歯を噛みしめ、ムラサメは吠えた。



そんなことは最初から分かっているっ、、、、、、、、、、、、、、、、、!!!」








「はい、そうです。だからそれは問題の本質ではない。ルイン様が抜けて『新月の明かり』が弱体化するなんて予想済みです。そこはこの3人が了承したことですから。……想定外はその弱体化の振れ幅。まさかここまで探索に支障が出るとは……。それほどまでにムラサメ様、あなたは。……はぁ」


「ほんとだよねぇ」


 ギルベルトはため息を吐き、リーゼリアは肩を竦める。その仕草が癇に障ったのか、


「なんだ、何を言いたい。ギルベルト! リーゼリア!」


「では言わせてもらいますがね、ムラサメ様。そんなに目に涙をためていれば、、、、、、、、、、、剣も空ぶるし、足の小石にも躓くでしょう。ルイン様が居なくなって寂しいのは分かりますが、この先ずっとその調子では困ります。いい加減切り替えなさい」



「うん。だからさ。そんなに寂しくて仕事にならないんならルインくんを呼び戻した方がいいんじゃないかなぁ、ムラサメちゃん、、、?」



「嘘、泣いている? わた……某が?」


 ムラサメはゴシゴシと目元を拭うと手はびっしょりと濡れていた。


「あーー。全く気付いてなかったんだ。これは重傷だねぇ」


 なんてリーゼリアの声を聞きながら。

 長身に黒髪の『勇者』の顔は真っ赤に染まる。


 仕方ない。

 『魔王』を殺す『勇者』と言えど、15歳の女の子なんだから。



 彼女の名前はムラサメ。性はない。

 年齢は15歳。

 身長は170セント。体重は絶対に秘密。

 それとSランクパーティー『新月の明かり』のリーダーであり、『魔王』に恋する乙女である。

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