第4話:かくして男はドラゴンスレイヤーとなった
どうして『マジックポーチ』はただのボロイ袋に代わっていたのか?
意味が分からない。
まさか『新月の明かり』の他のメンバーは、俺のすり替えに事前に気づいていた? それで俺の用意した只のボロイ袋に『不死鳥の羽紐』をつけていた?
……いや、ありえないだろう、それは。
『マジックポーチ』もただのボロイ袋も、ずっと俺が肌身離さず持っていたんだぞ。そんな隙なんてあるわけない。
よしんばあったとしても、俺が『新月の明かり』の財産を独り占めしようとしていたことを、どうして俺を追放する席で言わなかった?
証拠がなかったから?
いや、たとえ証拠がなくとも、あのパーティーでの力関係的に、俺の反論は封殺される。
ならば、『新月の明かり』の財産を持っていかれるのは嫌だったが、俺が糾弾されるのは避けたかった?
ムラサメはまずありえない。
あいつが一番俺を追放したがっていた。ギルベルトも微妙なところだ。だとすると、リーゼリア、か?
最後に俺を追いかけてきたのは、それに関して話すため?
……分からない。分からないということだけがわかる。
はは、これが無知の知って奴か。……と現実逃避気味の思考を切り替えて、現在の状況をいい加減認識する。
――――どうも、ルイン・クロニカです。
ただいま俺は空中から地上に向かって快適でない空の旅を楽しんでいます。地面に激突するまであと、10秒でくらいでしょうか。さらば今生! 次の人生は波風経たないものであってくれ!
……とはならなかった。
幸いなことに。
ただ、今現在俺は縄でぐるぐる巻かれた挙句数人の屈強な男たちに囲まれています。場所は飛行艇の船長室。
柄の悪いおっさん船員に甲板を引きづられる途中で途中で見つかったのだ。もしかしたら客の誰かが知らせてくれたのかもしれない。その人は俺の命の恩人だな。
ナイスミドルの船長は髭を撫でながら言う。
「ふむ、無賃乗車ねえ……」
「船長。どうせ碌な奴じゃねえんだ。空から放り投げちまいましょうよ。こんなやついなくなったところで誰も悲しまねえ」
俺を飛空艇から落とそうとした男が言う。
「総舵手くん。君の腕を私は買っているが、いつも極論が過ぎるよ。わたしが途中で見つけたからいいものの、まさかほんとに空から落とすつもりだったのかい?」
俺の頭上でそんな会話を繰り広げる男たち。
その終着点で俺の行き先も決まるのだ。どうか寛大な処置を、と目で訴える。
「おや」
と、船長が小首を傾げた。俺の祈りが通じたのだろうか?
「まさか、君は?」
と小さく呟いた瞬間だった。
船ががくん、と大きく揺れた。
「わ、ワイバーンの群れだっ!!」
客の叫び声を聞くや否や、船長は俺を置いて甲板へと飛び出していく。俺もそれに続く。総舵手のおっさんが最後尾だった。
俺は外に出ると目に飛び込んできたのは、数多のワイバーンが飛空艇を取り囲んでいる光景だった。
ワイバーンはトカゲにも翼を付け加えたかのような魔物だ。両手は退化しており、皮膚はトカゲやカエルのように毛も鱗もない。
「どうなってやがる。空飛ぶ魔物は自分より大きい生き物を襲わない筈だろうがよっ」
俺を飛空艇から落とそうとした総舵手の男が吐き捨てる。
彼の言うことは正しい。
空飛ぶ魔物が、自分より大きい獲物を狙うことはまずない。だから飛空艇が魔物に襲われることはまずない。殆どの空飛ぶ魔物は飛空艇よりずっと小さいからだ。
ちなみに魔物というのは、迷宮の外にいるモンスターのことだ。『スタンピート』で迷宮外に出てきたモンスターが地上にいた生き物と交わり種として固定された結果らしい。
「あ、安心してください! こんな時に備えて、飛空艇には魔法使いも乗っていますし、魔物対策の大砲が積まれています!」
「甲板は危険です! どうか船客の皆さんは、屋内に避難してくださいっ!」
「どうかパニックにならないで! この程度のワイバーンの群れ、敵ではありません!」
船員はそう言って客たちを落ち着けようとする。
実際、言葉の通りに飛空艇に積まれた大砲から放たれる魔石を燃料とした魔法弾と数人の魔法使い達が放つ魔法は確実にワイバーンの数を減らしていく。このペースでいけば、大した被害もなくワイバーンを撃退できるだろう。
「魔法『アイオーン・グロース』っと」
俺はせめてもの加勢をと、強化魔法を船にいる俺以外の奴全員にかける。まあ、もういらないかもしれないけどな。
その時だった。
船の下方から、巨大な影が羽ばたいてきた。
ワイバーンに似たフォルム。
しかしそのサイズが桁違い。
ワイバーンは精々が成人男性くらいのサイズしかないが『それ』は違う。全長で20メトルはあるだろう。皮膚は血のように赤いウロコでびっしり覆われている。
誰かが言った。
「ドラ、ゴン……」
「こいつがワイバーンの群れを率いていたのか……」
「も、もう終わりだぁ……!」
「に、逃げようっ!!」
「逃げようって!? 一体どこに逃げれば! ここは空の上だぞ!!」
ドラゴンを見た瞬間、客も船員も皆パニックになる。余りの衝撃で失禁する者や、現実を認められないのか狂ったように笑う者さえいた。
そんな光景を見て、俺は小首を傾げた。
――――いや、
◆
――――ドラゴン。
魔物とモンスターの代名詞。空を支配する魔物の王、或いは地の底に潜み宝を守る番人のモンスター。相反する2つの要素を持つ怪物。
それを視界に収めた瞬間、その男は思わず笑ってしまった。
その総舵手の男は、かつては新進気鋭の冒険者として知られていた。
彼は少年の時分より、迷宮に潜ることを夢見ていた。それは一獲千金を狙ったわけでも、名声が欲しかったわけでもない。
――――彼はただ『冒険』が欲しかったのだ。
部屋の本棚に収められていた迷宮探索を題材とした小説。
その物語が余りにも面白かったから。だから自分も本のような冒険をしてみたかった。ただ、その憧れの世界に身を置きたかった。
そして、いつの日か。
あの小説の主人公のように、迷宮の最下層部に現れるドラゴンと戦って倒してみたい。そんなことを夢見ていた。
男にとって冒険者とは職業ではなく生き方だったのだろう。例え探索の最中で死のうとも、そこが迷宮ならば本望だった。
だから彼は予想していなかったのだ。いや、その可能性は理解していたのに、自分だけは違うと思っていた。
結論から言うと、彼は迷宮探索者を引退した。
迷宮の最中、重傷を負ったのだ。本来なら命を失うほどの大きな傷だったが、当時の仲間たちは優秀で多くの幸運に助けられた結果彼は命を繋ぐことがきた。
しかし、その代償として彼の両足は義足となった。とてもじゃないが、冒険者を続けることなんてできない。
男はその後、知人の勧めである娘と結婚し子宝にも恵まれることになる。風魔法の使い手として名を馳せた経歴から、飛空艇の総舵手の職も得ることもできた。
誰もが羨む第二の人生。
だが男の心は満たされなかった。
妻と娘の事は愛してはいたが、正面から彼女たちと向き合うことはできなかった。その瞳を真正面から見つめ返すことが、どうしても出来ない。だって彼女たちを見るたびに考えてしまうのだ。
自分はどうしてここにいるのだろう、と。
その理由は明白だ。男は両足を失ったから。男は冒険者を引退したから。男は夢の最中で現実に負けたから。
とどのつまり。
妻と娘は総舵手の男にとって人生の敗北の象徴だった。
彼は満たされなかった。
妻と娘といても。巨大な飛空艇を自在に操っても。鬱憤を晴らすために船に忍び込んだ少女を脅しても。
なのに。
なのに、ドラゴンを前にしたとき。
彼は思ってしまったのだ。
――――死にたくない、と。
妻と娘を残して死ねない、と。
だから思わず笑ってしまった。死を目前にした瞬間でないと、己は本当に大切なものに気づけない大バカ者だと気づいたから。
「世界の春を司る『緑の童女』よ」
ドラゴン。
魔物とモンスターの代名詞。空を支配する魔物の王、或いは地の底に潜み宝を守る番人のモンスター。
子供の頃から憧れながらも、冒険者時代は結局一度も見ることは叶わなかった存在。
ドラゴンが出現するような下層まではとても辿り着けなかったし、仮に地上に出現してもその討伐に自分が呼ばれることはなかっただろう。ドラゴンは本来ならSランクの冒険者、若しくは国の騎士団が相手取るべき怪物だ。
刃と魔法を弾く鎧のような鱗。鉄を切り裂く爪と牙。万物を焦がすブレス。
己の遥か高みの怪物。
自分ごときでは絶対に勝てないことも理解している。今から自分が行うことは只の悪あがきに過ぎないことも知り尽くしている。
でも、だけど。
「我に汝の風の衣を貸し与えたまえ」
次に妻と娘に会えたなら、今度こそその瞳を真正面から見つめ返すことができると思うから。照れ笑いしながら愛してるって言える気がするから。
だから、男は魔法を発動させる。男の周囲に風がベールのように纏わりついていく。
それに攻撃の予感を察知したのか、ドラゴンが鎌首をもたげた。生えそろった鋭い牙の隙間からは黒煙が漏れていた。ブレスを放つつもりなのだ。
男は両手を掲げ、ドラゴンに照準を合わせる。
かつての夢に、挑む。
夢の中で死ぬためではなく、そこから帰還して次の人生を歩むために。
そして。
「魔法『ワインド・ブラスト』っっ!!!」
どおおおおおおんん、とドラゴンは男の風の魔法を受けて空の彼方まで吹っ飛んで行った。
「…………………………………………………………は?」
男は口をあんぐり開けた。目は驚きの余り飛び出さんばかりだった。
「はあああああああああああああああああああああっ!!??」
◆
船員も客も歓喜の渦に包まれていた。
ドラゴンが撃退されると、ワイバーンの群れの残党は凄まじいスピードで飛空艇から離れていった。
困惑の表情のまま、胴上げされる総舵手の男。
(さっき俺が使った魔法は明らかに俺の限界を超えていた。冒険者時代の何十倍、いや何百倍もの威力はあった。……一体何がどうなってやがる?)
その光景を見て、肩を竦める青年が一人。
名前はルイン・アイオーン・アクセリアという。
彼は総舵手を中心とした人々の輪から少し外れて、その歓喜具合をどこか冷めた目で眺めていた。ドラゴンを追い払えたのが嬉しいのは分かるが、そこまで喜ぶほどか、と。
(ほら。ドラゴンなんて、たかがトカゲに羽がついてちょっとデカくなったようなもんだろ。ムラサメなら一瞬の間にサイコロステーキにできる……ぞって。おい、まさか)
そこで彼は気づく。気づいてしまう。
(そもそも、ムラサメと比較できるってのがおかしいだろっ! あいつ『勇者』だぞ! 人間の中でトップクラスに強い存在なんじゃないのかよっ!!? まさか地上にはあいつクラスの奴はごろごろいるんじゃ……。下手をすればムラサメ以上の奴も………うあああああっ!!)
恐怖の余り、ルインの瞳から涙が零れた。
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