これ、好きだろ?


「セレネ、大丈夫?」

 懐かしい声が聞こえた。ダイアンの声だ。

 九歳年上のダイアンは、セレネの親代わりだった。怪我をした時や熱を出した時、よくダイアンの膝に縋って泣いていた。

「うん、痛いね、苦しいね。大丈夫。ちゃんとここにいるから」

 小さな子供のように抱えられて、背中をゆっくりとさすられて、ようやく安心して眠りにつく。目覚めた時に、ダイアンの姿が見えないと不安になった。

「ほら、キィルの実。すりおろして来たよ。これですぐ良くなる」

 キィルの実には、解熱作用がある。薬を使うよりも熱の下がり方が緩やかなので、子供が寝込んだ時によく使われていた。

「一眠りしたら、すぐ元気になる。だから大丈夫だよ、セレネ」

 ダイアンの声は、どこまでも優しい。だから見栄を張れなくなる。涙が止まらなくなってしまう。

「セレネは泣き虫だなあ、もう」

 そう言って笑うダイアンが、大好きだった。




 酷い悪寒で、目が覚めた。

 森の中だ。冷たい土の上で、仰向けになっている。

 上半身を起こすと、毛布代わりに掛けられていたらしい黒い長衣がずり落ちた。

「ああ、気づいたか」

 セレネのすぐ脇に、少年が膝をついていた。いつもの黒い長衣ではなく、シャツにズボンという格好だ。

「…………坊やか。なんでここに」

「アイシャに頼まれたんだ。セレネさんを助けて欲しいって」

「アイシャたちは…………」

「街道まで馬車を戻して、待たせてる。俺が戻るまで絶対に動くなって言っておいた」

「そう」

 長衣を少年に返して、立ち上がろうとする。少年が慌てたように言った。

「まだ動くなよ。傷は治したけど、まだ熱は下がりきってないし、それに血だって全然足りてないだろ」

「大丈夫だよ、これくらい」

「大丈夫じゃないって」

 肩に手を掛けられ、強制的に座らされる。返したはずの長衣を再び被せられ、おまけにセレネの口の中に何かを放り込んできた。

 反射的に吐き出しそうになったが、その前に口の中いっぱいに春の風のような爽やかな香りと、甘酸っぱい果汁が広がっていた。

(…………これは)

「ハチミツとクィナの実の果汁を混ぜて固めたんだ。クィナの実は熱冷ましになるし、何より美味い」

 少年は得意げに言う。

「それに───セレネ、これ、好きだろ?」

「…………」

「サフラの酒場で飲んでたのもクィナの実の酒だったし、アイシャにあげてた焼き菓子の中にも入ってた。だから、好きなんじゃないかと思ってさ」

「…………。ああ、好きだよ」

 クィナの実は────セレネの故郷では、キィルの実と呼ばれている。

「もう一眠りしたら、熱が下がって楽になる。寝てて良いぞ。俺が運んでやるから」

「いいや、起きるよ」

 抱えあげようと手を伸ばしてくる少年を制して、セレネは言った。

「アイシャが待ってるんだろう。寝てたら心配させる。平気だってところ、見せてやらないと」

 

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