夜の森
強化魔法は、武器や防具の耐久力を一時的に引き上げるために使用されるものだ。
強化された武器は、何人斬り捨てても刃こぼれせず、切れ味が落ちることもなく、どんなに乱暴に扱っても壊れることはない。
人間に使用すれば、筋力や持久力を大幅に上昇させることができる。
強化をして、その間の無茶は魔法の効果が切れた時に一気に襲ってくる。
セレネが自分の身体にも強化魔法を使用できるのは、たとえ死んでも生き返ることができる黒騎士だからだ。
最後の一匹を斬り捨てて、セレネは大きく息を吐いた。
あちこちに灰色狼の死体が転がっている。今止めを刺した個体が一番大きかった。これが群れのリーダーだと思いたい。
日が落ちて、すっかり暗くなっていた。空気が冷たい。
手足についた小さな傷が、不快な熱を帯びていた。一番酷いのは、右肩の裂傷だ。灰色狼の爪で切り裂かれた。まだ出血が続いている。
重い身体を引きずるようにして、街道の方へと歩き出す。灰色狼の死体が見えなくなったあたりで、膝が限界を迎えた。ずるずると座り込み、杖のように地面に突き立てた剣に縋り付く。
(まだ、強化魔法、解いてもいないのに)
何度か深呼吸を繰り返して、覚悟をする。左肩を下にして横になり、小さく解除の呪文を呟いた。
「女神よ、感謝いたします」
剣に、ひびが入った。
「────っ!」
骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げ、内蔵がゆっくりと巨大な手で握り潰される。
喉元までせり上がった悲鳴を押し殺して、セレネは身を包む苦痛にひたすら耐えた。
経験的に、知っている。これではまだ死ねない。苦痛が通り過ぎるまで、耐えるしかない。
視界が滲む。傷が燃えるように熱いのに、背筋から悪寒がじわじわと広がっていく。
(早く、早く終われ)
いっそ死んでしまえれば、気絶することができれば楽になるのに。
夜の森の中で倒れたまま、セレネはそんなことを思っていた。
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