第一章 富む者は魔を擁せず ~ノーマネーノーライフ~(4)
クラシカルな給仕服に身を包んだサチカは、姿見の前で眉間にシワを寄せていた。
自らの格好を上から下まで凝視して検分し、よし、と一つ息をつく。
(スカート丈も長いし、体の線もあまり出ないみたい……)
場合によっては1つ上のサイズを用意して貰うことも考えたサチカだったが、それは杞憂で終わったようだ。ふと姿見に映った豪奢な照明を目に留め、振り返ってから改めて部屋を見渡した。
着替えに使うようにと通された部屋にしては、些か華美が過ぎないかと呆れるほどだった。先ほどの照明は落ちてきたら人を簡単に潰せそうなくらい装飾過多、天蓋付きベッドのカーテンは無闇に多重で、化粧台の鏡の縁を彩る紋様はシンプルな中に高級感を匂わせる。
ロア・ギュスターヴが告げた追加の依頼内容は、告白を手伝って欲しいという至極合点がいくものだった。料金が100倍ならどんなに大変な手伝いであってもお釣りがくるだろう。正式に現在の商売に組み込み、高めの追加料金を取るのも手ではないかとサチカは考え始めていた。
急遽依頼をねじ込んだ諸々の調整をウィルとヒースに任せ、2日間の間、ロアの屋敷の使用人として働くことになったサチカは、こうして使用人の制服に袖を通していたというわけである。
着替え終えたサチカが部屋を出ると、隣の部屋の扉もちょうど開いたところだった。
「セ~ンパイ♡ お揃いですね! こんなの、子どもの頃にふざけて着た時以来です!」
「そっか、貴方の実家ならお手伝いさんくらいいるわよね」
「そうですよ~、今は学院寮ですけどぉ。結婚します?」
ミトラは何故か付いてきた。取り分は要求しないというので強く拒まなかったことを、抱きつこうとするのを押し返しながら早くも後悔し始めている。
サチカと同じ給仕服を着た栗毛の後輩はいつもは身なりに頓着していない印象だが、こうして見ると素材は良いように思えた。
魔道具科には職人気質が多いためか、学院から支給される作業服をその利便性から信奉し、頑なに着続ける一派が少なからず存在する。ミトラも元々のものぐさもあって作業服をいたく気に入っており、勿体ないものだとサチカは思った。支給品のぶかぶかローブを普段から身に着けるサチカにいえた話ではないが。
連れだって歩き出し、あらかじめ言われていた部屋に向かう。
ロアの屋敷は貧乏性のサチカをげんなりさせるほどには大きく立派で、外観は格式高く、その門を叩くのは庶民なら尻込みするほどだった。廊下の窓から見えた庭園の維持費はこれくらい掛かるだろうかとサチカが夢のない計算をしていると、目的の部屋の前で一人の侍従が待っている。
二人の世話係となったその侍従は、二人が迷うのを心配したらしい。
「ふふっ、二人ともよく似合ってるわ」
ふわりと包み込むような笑顔で出迎えた侍従のカーラこそが、ロアの想い人なのだという。
ギュスターヴの家はある程度の年齢になると事業と屋敷を任され、本家を離れて暮らすことになっているらしい。ロアとカーラは本家の屋敷にいた時からの仲で姉と弟のような関係なのだとか。
主人と使用人の身分違いの恋とは、あの尊大な態度からは考えられないほどにロマンチックな話である。報酬しか頭になかったサチカも、それを聞かされてから少しは応援したい気持ちが芽生えていた。
「さてと、それじゃあお掃除の仕方を教えるわね」
3人で掃除を始めたのは端っこに位置する部屋で、ここが終われば隣へ、隣が終わればその隣へと本日だけでこの階全ての掃除を終えるという。先ほどの部屋を着替えに使わせたのも、どうせすぐに掃除するからだったのかもしれない。部屋の数を考えると気が遠くなりそうだったが、カーラが手慣れた様子でこなす作業量は新人ふたりを合わせても足元に及ばないほどなので、普段はカーラひとりでこなしている仕事なのだろう。
「カーラさんはこのお仕事長いんですか?」
「そうねえ、本家にいた時からずっとだから、10年以上になるかしら」
ベッドメイクを手伝いながら、サチカは探りを入れてみた。もこもこの掃除具で隙間のほこりを取っているミトラは意外にも真面目にやっている。魔道具科だけあって、細かい作業には没頭する性質(たち)なのかもしれない。
「ロア……サマは、主人としてどうですか?」
「ふふっ、無理しなくていいのよ。私だって"様"なんて付けたことないもの。ご学友なんでしょ?」
「一応、今は雇い主なので」
嘘はついていない。サチカたちは確かに雇われてここにいるのだから。
「ロアのこと、偉そうで嫌なやつ~って思ってるでしょ?」
「……」
「でしょ?」
「……まぁ、少しは」
「やっぱり! あははっ‼」
自分たちより5つ年上だと聞いていたが、カーラは少女みたいに屈託なく笑う。
「でも、良かったら仲良くしてあげてね。あれで優しいとこもあるんだから」
「想像できない」
「あはは! でも無一文で野宿しかないあなたたちを呼んだの、ロアなんでしょ? 代わりにお手伝いさせてるとはいえ、私は結構見直したけどなぁ」
「……そういえばそういう筋書きだったわね」
「え?」
「いえ、なんでも。それより———」
話を逸らすように、サチカはロアとの思い出話をカーラに振った。最初は勿体ぶってから照れ臭そうに話し出す様子は、聞いていた通りに姉弟のような関係を連想させた。
屋敷を移ったばかりの頃、寂しさから眠れずカーラと一緒に寝ていたこと。子供舌で、商談の付き合いなんかで苦いものを食べたあとはうんと甘いスープを要求してくること等、サチカがロアの弱みをホクホクと心に書き留めていると、先ほどまで楽しそうに話していたカーラはうかない顔をしていた。
「……どうかしました?」
「なんだか、寂しくなっちゃって……」
軽く目元を拭ったカーラの続く言葉に、サチカはこの依頼がもう少しややこしいことを思い知るのだった。
「わたしね、もうすぐ故郷に戻って結婚するんだ」
◇
「なんだそのムカつく顔は」
「いいえぇ、なんでもぉ。それはそうと、色々事前に教えてくれても良かったんじゃない?」
その日の夜、ロアの自室でサチカたちは作戦会議をしていた。”作戦”とは、もちろんロアが上手く想いを告げられるようにすることで、ロアとカーラを二人きりにした上で邪魔が入らないようにお膳立てが必要だ。
書斎机で偉そうにふんぞり返るロアを横目に、応接用のソファーに座ったサチカは、隅に控える執事が出してくれた高級菓子に手を伸ばすか葛藤していた。この時間の甘味は人を惑わす悪魔である。
「不要だろう。お前たちは俺様のいうとおりにしていればいいのだ」
「ねぇ、おデブさん」
「誰がおデブさんだフェイリースの小娘が」
憤慨するロアなんて興味なさそうに、ソファーの後ろに立ちサチカの髪を弄って遊んでいたミトラは、感情を感じさせないトーンで誰もが薄々感じていたことを指摘した。
「脈、ないですよ~?」
「……ふん。わかっているさ、そんなことは」
ならば、それに何の意味があるのだろうか。サチカに色恋はわからないが、普通、告白は想いを成就させることが目的であることくらいはわかる。
書斎机を離れ、ロアは窓から夜空を見上げて自分を鼓舞するように拳を握りこんだ。
「だいたい、田舎で畑を耕す農夫より、バリバリ金を稼ぐ俺様の方が良い男に決まってる」
「幼馴染だそうですよぉ。小さい頃に結婚の約束をしたって言ってました~」
「ぐ……」
「故郷を出てからもずっと文通を続けてたらしいわよ。手紙は全部大切に保管してるって完全に乙女の顔で話してたわ」
「……」
「あ、死にました~」
「死んだわね。意外とメンタル弱いじゃない。そんなんで明日大丈夫なの?」
膝から崩れ落ちたロアは執事に助け起こされながら、「くそ、商談のが何倍もマシだ……」とこれ以上ない弱音を吐いていた。増す一方の不安を断ち切るつもりでダンッとテーブルに手をつきサチカが立ち上がると、その勢いで編まれていた髪が半端に解けてミトラは頬を膨らませた。
「なんでもいいわ。とっとと作戦を決めましょう。私、この後予定ができたの」
日課の鍛錬に追加する走り込みの時間を思案しながら、サチカは口の端についた砂糖を舌で舐めとるのだった。
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