嘘つき

るうね

嘘つき

 戦争資料館とやらに社会科見学に行った。

 なんか、白黒の写真やら、黒焦げの布やらが展示されていた。

 なんとなく気持ち悪くてみすぼらしい。そんな感想しか抱かなかった。

 その後、戦争体験者――語り部さんから戦争当時のことについて聞いた。

 正直、眠かった。何の感慨も湧かなかった。わたしが生まれるずっと前のことになんて興味ない。

 学校に帰って、社会科見学についての作文を書くことになった。

 憂鬱で退屈な時間だったけど、わたしは賢くて臆病だった。

 そう書けば、後々、問題になることが分かる程度に賢く、それを恐れる程度に臆病だった。

 だから、当たり障りのない、模範的な感想を原稿用紙に書き連ねた。

 残念ながら、わたしは文才もあった。

 その作文が市の優秀賞に選ばれ、市民ホールでそれを読み上げなければならない破目になった。

 わたしは嫌で恥ずかしくて辞退しようとしたけれど、それを言い出す勇気もなかった。

 当日、わたしは自分が原稿に書いた思ってもいないことを、大勢の市民の前で読み上げなければならなかった。非常にみじめで、何か大きなものを裏切っている気がしていたたまれなかった。

 わたしが作文を読み終えると、市民ホールは万雷のような拍手に満たされた。

 正直、死にたくなった。

 こんなこと考えてもいないのだ、戦争などどうでもいいのだ。

 そう叫んでしまいたかった。

 もちろん、そんなことができるはずもない。

 その後、兵士だったというおじいさんから花束を手渡された。

 また、死にたくなった。

 そうした馬鹿げたセレモニーの後、わたしは近くの海に行った。季節外れの海には誰もいなかった。

 しばらく、じっと海を見つめていた。

 そしたら、誰かが横に立った。

 あの、花束を渡してくれた、兵士だったというおじいさんだった。

「あの作文、全部、嘘だろう?」

 そう言われて、頭が真っ白になった。

 おじいさんは、こちらを見もせずに話を続けた。

「分かるんだ。私も"嘘つき"だからね」

 本当は戦争が嫌じゃあなかった。

 人を殺すのが好きだったんだ。

 人を殺して褒められる職業なんて、他にはほとんどないからね。

 だから、戦争は嫌いじゃなかった。

 負けたのは嫌だったけど。

 でも、そんなことを口にすれば、この国じゃあ生きていけない。

 戦争反対、戦争は忌むべきもの。

 だから、そう口にしてきた。

 そうしたらどうだ。

 いまは、戦争体験者として、戦争反対の旗頭として、こんな馬鹿げた式に出席している。

 でも、きっとそれでいいんだ。

 戦争が嫌いじゃない。

 そう口にして石を投げられながら生きるよりは、ずっといいのさ。

「……なぜ、そんな話を?」

 わたしは不思議に思って訊いた。

 おじいさんは、初めてこちらを見て、寂しげな微笑みを浮かべた。

「病気でね。余命一年なんだ。だから、誰かに聞いてほしくなった。すまないね」

 そう言って、おじいさんは背を向け、去っていった。

 その背は、ひどく丸まって見えた。

 わたしは海に視線を戻した。

 波しぶきが、海岸線を灰色に近い白に一瞬ずつ染め上げていた。

 わたしは、その海に向かって、思い切り叫んだ。

 なんと叫んだのかは覚えていない。

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嘘つき るうね @ruune

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