第44話 囁く悪魔

「ねぇ、りーちゃん。最近、付き合った彼氏とはどうなの?」


「もう別れたわよ。なんていうか、つまんなかったから三日で振った」


「はやっ!?」


「いやいや、むしろ三日も付き合ってあげただけ感謝して欲しいわよ。こう見えても私、暇じゃないし」


「「よく言うわ~」」


 放課後のとある一年の教室。そこには三人の制服を着崩したギャルがいた。

 そのギャル三人組はもう学校に人気が少なっていることもあるせいか、声のボリュームを上げながら楽しそうな空間を作り上げている。


「そういえば、付き合った男子ってあんたが落としたんだっけ?」


「落とした......いや、あれは勝手に落ちたぐらいよ。

 ちょーっと気持ちに寄り添って、ついでに胸元をチラ見させたら勝手に落ちただけ。

 全く男って単純よね」


「そんなお次のりーちゃんのターゲットは?」


「やめてよ、めいっち。まるで私が悪女みたいじゃん」


「悪女みたいっていうか、男で遊んでる時点で悪女じゃん」


「ことっちー! 一番乗り気だったくせにそう言うこと言わないでよ~!」


「はははっ、ごめんごめん」


「で、次のターゲットは?」


「そうね~。あ、良い事思いついた。次の目標は略奪愛」


「「りゃ、略奪愛......」」


「そ。だから、次は学校公認カップルになってる陽神光輝って男子を落としてみる」


 そう言うその女子は自分の成功談を引っ張り起こして、どうすれば落とせるかを友達二人に伝授し始めた。


 そんなバカみないな大きな声でバカな内容をバカっぽく話す三人組の話を、俺は廊下で聞きながらボイスレコーダーで記録し、そっと口元を歪ませた。


「やれるものならやってみろ。俺のラブコメの主人公はそんなやわじゃねぇぞ」


*****


――――数日後


 今のところ、あのギャル三人組が本格的に動き出す気配はない。

 てっきり口だけだと思っていたが、時折しっかり遠くから観察してる節があるので俺は様子見だ。


 なので、その間に三人のプロフィールを整理してみた。


 【樫床 琴乃】......くせっけの黒髪をハイポ二に結んだ左目下に涙ほくろがある女子だ。そいつは三人の中では割に落ち着いた雰囲気を持っていて、言わばクール系ギャルという感じだ。


 次に【阿木 姪】......薄い茶色のゆるふわなミディアムヘアーをした基本細めの女子だ。そいつは髪や雰囲気からも基本ふわっとしていて、話し方もどことなく緩い。

 なんと例えればいいか......ギャル化したプ〇さん?


 そして最後が今回俺のラブコメ計画の要を握っている【生野おいの 莉乃】だ。

 明るい金髪に横シッポの髪。

 やや鋭い猫目に万人受けしそうな黄金比の顔立ち。

 ついでにEカップはあるという胸。


 まあ、一言で言えば容姿は完璧な女子だ。

 だが、そう言う環境で育ってきたやつは大体「自分は可愛いからなんでも許される」と思っているタイプ。

 実際、容姿は完璧だから質が悪い。


 そいつは数々の男と付き合った経験があるが基本的に数日と持たないで、長くても二か月あたりであったらしい。


 とはいえ、付き合った数=経験数とならないのが現実。

 調べてる時に「自分は経験者だ」みたいな見栄を張っているが、奴は所詮処女ビッチだ。


 と、これらが俺が数日間で集められた情報。

 もっと時間をかければもっと細かく詳しく調べられたが、まあこのぐらいあれば十分だろう。


 ちなみに、今回に関しては俺の個人行動なので姫島と雪にはそれぞれ結弦と乾さんから情報を集めてきてくれと言ってある。


 その頼みに関して聞いてくれるそうだが、「定期的に時間を作れ! イチャイチャさせろ! じゃなきゃストライキするぞ!」と妙な脅しを受けたので渋々了承。

 まあ、女子に関することは女子に聞いた方が一番だしな。


 ......っと、早く生野が実行しないかな~と思いながら休み時間なのでトイレに向かおうとすると不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 そそくさと忍び足で近づいていくと階段の踊り場で光輝と生野がなにやら話していた。

 見た感じ生野が階段で落としたプリントを光輝が拾っている感じらしい。

 うむ、接点を作るにしては悪くない判断だな。


 にしても、調べてる最中にわかったことだがあの3ギャルは意外にも周囲から嫌われていないということ。


 俺には音無さんの周りにいた例の三バカを思い出してしまうが、制服の着こなしや多少の化粧をしているという校則違反を除けば、案外誰にでもフレンドリーであるということ。


 まあ、きっと裏ではあんなことしてますよーということを隠すためのポイント稼ぎなのだろうが。

 あんな風にプリント運びをするなんて。


 とはいえ、結果的にはあまり嫌われていないのでその行動は成功していると言えるだろう。

 あいつらの当然よくない噂、いわゆる「ビッチである」という噂も流れているが、それを知らない人達にはそれなりに良く見えているのかもしれない。


 っと、動きがあったな。

 う~む、話し声はよく聞こえないが、恐らく散らばったプリントを集めてくれたことに対するお礼を言ってる感じだ。


 にしても、あの立ち位置はあざといな。

 光輝が踊り場にいて、生野が踊り場から階段を数段下がって下から見上げてる感じ。


 生野は制服を着崩しているので、ワイシャツから谷間が見えている。

 そして、それをあえて少し低い位置から見せることによって、光輝は顔を見るときに下に目線を向けるので思わず視界にその谷間が視界に入る。


 加えて、そこから目線を顔に移せば黄金比の顔立ちからの悩殺下から目線と笑顔が攻撃してくる。

 なるほど、大抵の男子はそんな感じで落ちたのか。

 確かに、俺が嫁の時雨ちゃんにそんなことやられたら全身が萌え尽きるかもしれない。


 光輝も男だ。多少なりとも意識しているようだが、まあ伊達に鈍感系主人公をやってないな。

 さすがに即落ちとはいかない。


 そして、光輝と別れを告げると先に階段を上がった光輝に対して、生野はその場で呆然としていた。


「反応薄......ムカつく! 絶対に落としてやる!」


 ククク、本音が漏れてますよー。

 そりゃそうだ。お前の相手を誰だと思っている。

 俺のラブコメの主人公様だぞ?


 俺が妨害工作をしなくてもこのぐらいの結果は読めていた。

 ま、せいぜい頑張ってくれ。

 ちなみに、そのセリフは後々ガチ恋になるフラグだから本当の恋頑張ってね。


 それから数日間、生野は本当に光輝を落とそうと頑張った。

 その頑張りは結弦と乾さんをそわそわさせるほどに。


 加えて、光輝と関わる回数が増えていき、時折見せる光輝の男らしさに顔を赤くする生野の姿が多々見られた。


 恐らく、本当の恋をしたことない奴だから本当に好きな人に対しての初めての感覚に戸惑っているのだろう。


 とはいえ、自分のことを好きなやつと付き合った数が多い生野だったら気づくのはそう時間かからない。

 そして、気づいたが最後――――告白イベントフラグ発生ー!


 生野という人物を見てきたが、バカなりに愚直に好意を伝えていくタイプみたいだ。

 しかし、いざ大きなチャンスが巡ってくると尻込みしたり、空回りする感じだと分かった。


 それは明らかに生野が恋する乙女の顔になっているにもかかわらず、光輝に彼女である乾さんがいるという大きな障害を突破できずにいるから。


 まあ、二人が偽恋人関係なんて知っているのは俺と姫島、雪、健、友梨亜の五人しかいないからな。無理もない。


 しかし、そんな学園ラブコメの三人目加入目前にもかかわらず俺が何もしないのはあえてである。


 生野が一人であれば手を貸したかもしれないが、こいつには二人の親友がいる。

 そして、その二人の後推しもあり、ついに告白の日がやって来た。


 舞台は校舎の屋上。

 茜色の空をバックに生野が立ち、そこに光輝が現れる。


 そんなビッグイベントを出歯亀しないはずがない俺は先に屋上にやって来ていて、屋上の出入り口にあるちょっと高いところに登って伏せて隠れる。


 そして、生野は自分の気持ちを洗いざらい乗せての告白。

 その結果は......


――――ガチャン


 屋上の扉が閉まる。

 光輝が先に帰った音だ。

 一方で、まだ残っている生野は光輝を見送るとその場で泣き崩れていく。


 もう結果は言わずもがなだろう。

 頑張ったけど、届かなかった。

 しかし、生野にとってはこれがきっと初めての本当の恋だ。

 そう簡単に諦めが付くものではない。


 ならば、悪魔が囁こう。


 俺は生野に近づいていくニヤリと笑みを浮かべて告げた。


「俺は光輝の親友だ。

 生野莉乃、お前にまだ光輝を落とすためのやる気があるのなら俺が手を貸してやろう」

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