第26話 ら、ラブコメの波動が......!

「ねぇ、最近私との時間が少なくない?」


「はぁ?」


 ある日の放課後、俺は姫島にそんなことを言われた。

 今日は音無さんに用事があるとのことでレッスンは休みにしていて、その間の光輝と乾さんと結弦の恋のトライアングルの観察は姫島に一任していたのだ。


 というわけで、本来ならとっくに三人のストーキングミッションをしているわけだが......どうしてコイツがここにいるんだ?


 確かに、昼休みはもはや定番となっているかのように光輝達と一緒に飯を囲むようになってしまって、他の休み時間はよからぬ噂を立てられると困るから「話しかけに来るな」と言ってあるが......お前の仕事はストーキングのはずだが?


「なんだ急にちょっとめんどくさい彼女感出しやがって」


「なら、ねぇ......どうして一緒にいてくれないの? 私、影山君がいないとダメなのに......」


「だからって、なぜにメンヘラ? つーか、結局めんどくせぇし」


「そういえば、最近別の女と会ってるそうじゃない。私というものがありながら仕方ない人ね。この世からいなくなれば私をちゃんとみてくれるわよね?」


「なぜヤンデレなら許されると思った? それにさっきから無駄にクオリティ高いのなんなんだ」


 姫島は髪の一部を少し口もとにつけながら、瞳のハイライトを消している。いや、どうやったらそういう技術が身に着くんだ。


「で、お前とのいなかった時間を埋めるんだとしたら、お前は何を望むんだ?」


「じゃあ、けっこ――――」


「俺が許可できる範囲でな」


「チッ」


 あ、コイツ明らか様に舌打ちしやがった。つーか、今絶対「結婚」って言おうとしていたよな?


 それにお前と会わなかった時間って学校で同じクラスだから毎回会うし、もし放課後でのこうした時間のことを言ってるのだとしたら対価が重すぎるだろ。


「それじゃあ、私を家まで送って」


「まあ、それなら......あ」


「よっしゃ。もう言質は取ったから」


 姫島は俺の言葉を聞くと小さくガッツポーズ。もはやコイツのどこがクールビューティなのか。メッキ剥がれ過ぎだろ。


 しかしまあ、今のは完全にしてやられたな。いつもなら絶対に姫島をわざわざ家まで送るなんてことはしない。家は反対だし、何より面倒。


 だけど、今のは完全に譲歩的要請法だった。最初に絶対に断れる大きな頼みごとをして、その後に本来の頼みごとをするアレな。


 クッソ......さすがに毎回上手く扱えるわけでもないか。チョロいから行けると思ったんだけどなぁ......はぁ、仕方ない。


「んじゃ、行くぞ」


「ええ、行きましょ」


 姫島はランランとした軽い足取りで俺の先に教室を出ていく。そんな様子に「何がそんな楽しいんだか」と思いながらついていった。


 そして、校門を出て俺は自転車を押しながら進んでいく。その隣には手ぶらの姫島が歩いている。

 なぜ手ぶらかというのは単純なことで、俺が自転車のかごにスクールバッグを入れることを許可しただけだ。


 それから、適当なことを話しつつ、気がつけば住宅街にまでやって来ていた。


「で、その漫画が面白いのよ。良かったら今度読んでみない?」


「お前って読むタイプだったんだな。いやまあ、中学の時は確かに芋っぽかったし読んでたかぁ......ただ少年系とは意外だったけど」


「芋っぽかったのは余計よ。否定はしないけど。それに私って案外バトル漫画好きよ? ワン〇ースやナ〇ト、ヒロ〇カも全巻持ってるし」


 マジかコイツ......なにそれ、超コイツの家に行きてぇ~。そして、好きなだけタダ読みしてぇ~。


 だがしかし、そうなるとなんだかコイツの思う壺になりそうで怖いなぁ。家に入り浸り過ぎていつの間にか付き合ってるという既成事実を作られそう。


 でもでも、漫画は読みてぇし......漫画......本......あ、音無さん。

 そういえば、コイツに一つ聞きたいことがあってすっかり忘れてたな。


「なあ、姫島......」


「あ......え?」


「ん?」


「雨が降ってきたような気がしてね。顔に水滴らしきものがあったのよ」


「まあ確かに、天候はよろしくないが......」


 姫島が空を向くのに釣られて俺も空を見上げる。今日は一日どんよりとした雲が覆っていた。朝の天気予報でも言ってたしな。でも、雨は夜からじゃなかったっけ?


 そんなことを思ってると俺の顔にもポツリと水滴が落ちてきた。そして、その水滴は次第に数を増していき、やがて一気に本降りへと変わっていく。


「影山君、こっち!」


 姫島はかごから自身のスクールバッグを取り出すとそれを頭上に掲げて傘代わりにし、俺の先を走り始めた。


 俺は自転車を押しながら姫島の後をついていく。しばらくして、辿り着いたのは表札に姫島と書かれた、つまりは姫島の家であった。


「そこに自転車置いて早く入って」


「あぁ」


 指示されるがままに玄関の近くに自転車を置くとスクールバッグ片手に姫島の玄関に入っていく。

 俺も姫島もびしょ濡れだ。時期も6月に入り衣替えの期間で、俺も姫島もとっくに半袖ワイシャツに移行していて、つまり何が言いたいかというと濡れ透けってやつだ。


 俺の隣にいる姫島の巨峰を支える水色のブラが惜しげもなく見えてしまっている。家族以外の生ブラ、初めて見た......。


「何を見て.......きゃあ!」


 姫島は俺の視線に気づくと自身の胸を両手で覆い隠す。しかし、デカいのか全てを隠しきれてないが。


「お前に恥じらう心があったとはな」


「私の反応をブラをガン見しながら言わないでくれる?」


「悪く思わないでくれ。これでも他人のは初めてなんだ」


「さっきから冷静に返答してないで早く目線をズラしなさいよ! それに少しは顔を赤らめてもいいんじゃない!」


 姫島に片手でグイっと顔の向きを変えられた。何なんだコイツ......いつも自分の体を安売りしてるくせに。


(うぅ、まさかこんなことになるなんて......それだったらもう少し良いブラにするんだった。

 それにしても、何なのよ影山君は! もう少し健全な男子の反応を見てもいいんじゃない? ル〇ンダイブ並みの行動力あってもいいんじゃない?)


 おい、こう見えても聞き耳スキル高いんだからな。全部聞こえてるぞ。それと健全な男子は顔を赤らめてもル〇ンダイブはしないぞ。


 姫島は一先ず「タオルを取りに行く」と言って廊下を走り出した。その姿がもう一度見えるまで俺はここで突っ立ってることにする。


 とはいえ......どうしよう。初めて女子の家に来ちゃったよ! さすがの俺でもこの動揺は隠せない。なんだったら姫島のブラを見た時よりも動揺している。


 だって、この感じって正しくラブコメの波動を感じるじゃん。しかも、俺に!

 違う、違うんだよなぁ。俺じゃないんだよ。いやまあ、俺もラブコメ教信者として夢見がちな時期もあったよ?


 でもさでもさ、俺っては結局こんな奴でおもくそ主人公向きじゃないわけじゃない? 起こるはずがないじゃない? なのに、こんなラブコメの波動しか感じない展開になってんじゃない。


 おかしい......これは絶対におかしい。姫島あいつに仕組まれたか? いやでも、さっきの反応からするとあいつは白だ。


 ということは、これは天然で発生したイベントってわけになるじゃない。くぅ、まさか俺に女子の家に入る機会がある日がやって来ようとは。


 しかしあれだなぁ、実際に入ってみると気まずいな。心のよりどころがない。安置が見当たらない。


 姫島が戻ってきた。そして、もうすでに首にタオルをかけており、もう一つのタオルを俺に投げる。


「影山君、それで頭拭いて。それから、そのままだと風邪ひいちゃうからシャワー浴びて。着替えはシャワー浴びてる間に置いておくから」


「あぁ、悪いな」


 それにさぁ、普通こういうイベント発生したら立場って逆じゃない?

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