第25話 スキル多発中
さて、これにて宿題終わらせ兼音無さんの修行が決まったわけで、我ながら宿題という画期的な訓練法を編み出したのは天才とも言える。
ともあれ、まあ音無さんにそうそう出来るわけもないので、あまりにも困っていそうだったらこっちから声をかけてやるか。
えっと、メガネ......メガネ.......はあったあった。黒ぶちのレンズが細めのメガネ。俺の愛用メガネである。
すると、ちょんちょんとブレザーの裾を引っ張られる。何用か。
『影山さんって目が悪いんですか?』
「いいや。両目ともに1.2はある。単に勉強する時や真面目に読書する時には視力低下防止のためにメガネつけてるだけ。まあ、よく似合ってないって言われるけど......」
中学の時も光輝や結弦に普通に笑われた。なんというか、絶妙に似合ってないとのこと。別に鏡で見ても普通なんだけどなぁ~。
『そんなことないですよ。ちゃんと似合ってると思います』
「ハハハ、ありがと。お世辞でも嬉しいよ」
なんというか変に気を遣わせてしまった気がする。俺の言葉に音無さんは八の字眉で軽く顔を俯かせてるし。
「それじゃあ、準備はいいか?」
そう聞くと音無さんは頬をペチペチと叩いて気合を入れたような表情をこちらに向けた。
やはり自分でも上手く対面で話せないというのを気にしてるのだろう。
俺の拙い提案でもやる気になってくれるのはこちらとしても好都合だ。
「よし、そんじゃスタート」
俺は開始の合図を告げるとともに軽く手を叩いて勉強会スタート。まあ、宿題を終わらせるだけだけど。
とはいえ、目的は音無さんのこちらに対する質問をするという行為自体なので、いざとなって質問しやすいように同じ教科をやろうか。
まずは数学のプリント......とりま、今日やった二次関数の所は問題ないな。ただグラフ書くのがだりぃけど。
そんじゃ、とっとと解いちゃいますか。最初は教科書の練習問題の数値を弄っただけみたいだしな。
ふ~ふんふ~ふふんふ~チラッ。ふふん~ふ~ふんふ~チラッ。ふふふ~んチラッチラッ。
まあ、最初は問題なさそうだなぁ~~~っと思った途端に顎に手を当てて悩み始めたぞ。文学少女感があったから数学は手こずるかなと思ってたけど、案の定か。
けど、すぐには救いの手は差し伸べんぞ。そんな簡単にやってしまったら今回の勉強会のコンセプトが意味無くなってしまうからな。
そしてしばらく、俺は音無さんを放置しながら進める所まで進めていく。先ほどからペンの書いている音がしないことをなんとなーく気にしながら。
大体7,8分が経過しただろうか。様子を見るために音無さんの方をチラッと見ると教科書とにらめっこしている音無さんの姿があった。
頑張っていそうだ。まあ、自力でできたことに越したことはないからな。本人がまだ頑張るだったら......あ、今チラッてこっち見たぞ。
丁度俺がプリントに目を移す時に目の端で捉えた感じだったから確証は持てないけど、なんとなく視線を感じた。もう一度見てみるか。
そして、目線を向けると今度はチラッとこちらを見た音無さんと完璧に目が合った。その瞬間、パァっと背後にお花畑が出来るように明るい顔をする。
そんなに嬉しいか。あ、あれか? 俺が音無さんが困ってるのに気づいてこっちから声をかけさせようってやつ? すぐさまルールの抜け道を探そうとするとは......やりおる。
だがしかし、そんなことは想定済みなのだよ!
「ん? 俺に何かついてる?」
当然、はぐらかし目的でそう告げる。すると、音無さんはブンブンと頭を横に振って、予め用意していたであろうスケッチブックを立てる。
『質問があります』
......なるほど、自分から声をかけるのではなく、気にして見た俺にスケッチブックを見せることで質問を成立させようとしているのか。
そうなれば、俺にわざわざ声をかけずともスケッチブックを見れば会話が通じると考えたのか。
まあ、それは俺が音無さんを見るかどうかというリスクをしょっているが、見たならば確定的に質問は通る。
ま、俺ってそこまで甘くないけどね。はい、すま~いる。
「......っ!」
ニッコリフェイスを見せてプリントに目を移す。そして、横眼から音無さんの反応を確認した。
音無さんはショックを受けたような顔をして少しだけ顔を俯かせた。あ、今のちょっと可愛い。
とはいえ、これでも俺は良心を痛めておりますのよ? でも、やっぱりそれを一回でも成立させてしまったらコンセプトは無くなるわけで、例外はルールを緩くしてしまうのだよ――――
「......いじわる」
ん!? あれ、今しゃべらなかったか? 集中して聞いていたわけじゃないが、今しゃべったよな!?
ここは図書室で静かな空間が広がっている。周りにも少なからずの生徒はいても俺達の近くにはいない。
そして、当然聞き間違いもあるが、こう見えても聞き耳スキルは高い方だ。今のはきっと言った。
「なぁ、今呟いたよな? 『いじわる』って」
「.......っ!?」
そう聞いてみると音無さんはこっちを見て急激に顔を赤くし始めた。あ、ビンゴ。
そして、音無さんは自分の顔を隠すようにスケッチブックを顔に押し付ける。
恐らく今の音無さんの精神状態は聞かれてたことの恥ずかしさと俺のちょっとした悪口が聞こえてたことに対する自己嫌悪だろう。
そのせいで俺に顔を合わせられなくなってる。もともとの内気な性格も相まってしまってこうなれば貝よりも固く心を閉ざしただろう。
だがまあ、そんな状態を解決する解があるとすれば、それ恐らく俺が全く気にしてないことを示すこと。つまりは褒め倒す!
「すげーな、今俺に対してしゃべれたじゃん。俺と会ってからまだ3日目だぜ。四文字もよく頑張ったな。素直にすげーと思う」
そっと音無さんの小さな頭に手を触れさせながら撫でていく。
すると、音無さんはその言葉の審議を確かめるようにスケッチブックから目元だけを出してこちらの様子を伺う。
それに対する答えは当然「笑顔」だ。ちなみに、これは本心からである。
正直、俺は発表とか以外で上手く話せなくなった経験がないので、音無さんの気持ちがわからない。
しかし、本人が長年苦しんでいるとすればそれは本気で困っていることなのだろう。
となれば、それに対する克服の兆しが先ほどのようにたとえ呟き声であっても一端でも見えたのなら、それは十分な進歩と言えよう。
そもそも経った3日そこらで音無さんとの信頼関係が作れたとは思っていない。加えて、男に対して。
だから、尚更すごい成長をしているのだ。これは十分に褒めるに値する結果であろう。この際、音無さんの数学が全く進んでいないことなんてどうでもいい。
音無さんはこちらの様子を見ながらスケッチブックに文章を書いていく。
『あの.....手を......少し恥ずかしいです』
「あ、悪い。つい昔の妹みたいな背丈だったもんで」
そう言えば、俺はいつの間に
ともあれ、俺の行動の甲斐があってか音無さんの表情からはすっかり自分に対する邪気が抜けて、右手で頭を触れながらボーっとしている。
うっ、そんな気にするか。すまんな、イケメンでも主人公でもなくて。
すると、音無さんはボーっとした表情のまま文章を書くと俺に見せた。
『もう一度.....って言ったらお願いできますか?』
む!? まさかのおかわり......だと!? あ、いやまあ、別にいいけど......特に需要なくね?
ともあれ、言われた通りに音無さんの頭を撫でていく。
しばらくして、音無さんが俺の手を持って頭から話していくとペンを持って向かったのはスケッチブックではなく、数学のプリントであった。
その次の瞬間、先ほどまで悩んでいた問題をパパっと解いてしまって、そのままブーストがかかったように次々と問題を解き始めた。え、新たなスキルでも解放した?
そんな音無さんの先ほどまでの悩みっぷりはどこへやら。そのまま下校時刻まで数学のプリントを終わらせてしまった。
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