第24話 学生の本分だしな
「......」
「......」
気まずい。何をしたわけでもないのに、すごい壁を感じる。
今日も今日とて図書館で音無さんの対人慣れレッスンなのだが......先に来た俺が席についているのをじーっと覗き見るように音無さんがドアの背に隠れているのだ。
まるでその目はチワワか何かだ。小ささも相まってより弱小生物感を醸し出している。
まあ、確かに? 一時の嗜虐心でちょっとしたイタズラみたいなのはしたよ? でも、それでそこまで警戒されるってあの子今までどうやって生きてきたの?
とりあえず、呼ぶか。ずっとあんな所にいられちゃ迷惑だろうし、何より俺の図書委員の人から視線がすげー痛い。「うちの天使に何しとんじゃ!」みたいな圧を感じる。
「ルールルル。ルールルル」
指でちょいちょいと動かしながらそんな声を出してみたり。あ、これキツネ呼ぶ時だ。まあ、同じイヌ科だし......ってそういう問題じゃないか。
すると、ピクッと反応した音無さんがそろりそろりと動き出してきて、ゆっくり近づいていきた。いや、来るんかい。
あ、これもしかして、音無さんも俺との距離感を掴みかねて、俺のボケに対して乗ってくれてる?
そして、音無さんが俺のそばまで警戒する様子でありながらも、ようやく手の届くまでやって来た。
歩いて数秒の距離の所要時間なんと3分。いや、時間かけ過ぎじゃない?
「捕まえた」
「......っ!」
とはいえ、ボケをしたならキッチリとオチまで作るのが礼儀というものだろう。まあ、あまりにも下手な着地の仕方だと思うが。
俺は枝のような華奢な音無さんの肩にそっと両肩を乗せるとそのことに音無さんはビクッと驚いた様子を見せた。
そして、俺の顔を見ながら急速に顔を赤らめていき、そっとスケッチブックを見せる。
『初めてなので、優しくしてください』
「いやいやいや.......!」
何が!? え、何が!? 待って待って、そんなちょっと潤んだ瞳でさ! 顔を赤らめた表情でさ! 恥ずかしそうに少し顔を背けられるとさ!
なんか俺が変なことやったみたいになるじゃん!? ほら、気づいてる!? 俺への図書委員さんのまるで不俱戴天の仇のような目をしてるんだよ! あ、ほら今親指で首掻き切った!
「落ち着け、俺は何もしないし、何もする気はない。理解した?」
必死になって音無さんに説く。これで少しは図書委員さんの視線も弱く......ならない!? むしろ、強まったんだけど!?
あれか? それって「魅力ねぇって意味かあぁん?」とでも思ってる? 違うから、全力で俺の保身のためだから。つーか、あんた誰!?
音無さんは一先ずコクリと頷く。良かった、これなら俺を受け入れてもらえそう。
一先ず音無さんから両手を離すとなぜか再び顔から蒸気が出そうなくらい赤くなってる。ん、今の言葉に出てた? だとしてもおかしなことを言ってないはず。
「それじゃあ、今日の会話だが......ぶっちゃけいうともう話題がない」
『わ、話題ならたくさんあると思いますけど......スポーツの話だったり、今話題のドラマの話だったり』
「まあ、そうなんだけどさ。ただ話してるだけじゃ特に発展性なく時間が過ぎるだけだと思うんだ。
俺にも俺でやることがあるし、俺にとって徳のない時間を過ごすほど無駄なものはない」
その言葉に音無さんはショックを受けたように顔をしゅんとさせる。まあ、今の言葉だけなら見限られたと思われてもおかしくないだろうな。実際それに近い言い回しはしたし。
自分に自信がない奴にとって他者とは依存する対象だ。相手がより親切にしてくれるほどその人に依存していく。
しかし、信用を得るにはそれが一番手っ取り早い。つまりは俺の目的である「音無さんに友達を作らせること」に置いてはそれを使わない手はない。
だが、親切といってもその意味合いはたくさんある。しかも、それを相手が親切だと思うにも差がある。
そして、学生である俺にも今の場所や状況によってできることが限られてくる。しかし、逆に学生という大きな利点がある。
「だから、俺にも音無さんにも徳がある時間の有効活用を思いついた」
俺は机に置いたスクールバッグから筆箱、教科書、ノートを取り出した。いわゆるお勉強セットだ。
「今から、勉強するぞ。別になんでもいい」
その行動に音無さんがぽかーんとした様子で小首を傾げる。そして、相変わらず小動物のようなクリッとした瞳をしながら尋ねてくる。
『どうして勉強を? テスト期間でもないのに』
「学生の本分は勉強だろ? それに数学とか英語とか毎週めんどくさい宿題出されんじゃん? それを今のうちに片づけられるだったら土日に素敵なプライベートタイムが過ごせるんだぜ?」
『た、確かに......』
「それにこう見えても俺って成績はいいんだ。ま、まだ今のうちだけどな」
『ちなみに、前回の順位って?』
「確か、278人中23位だっけな」
『た、高い!』
ま、ゲームをより長くやるために親に文句を言われない順位を出して維持しようとした結果、結構勉強できるようになっただけだけどな。
とはいえ、その努力が功を奏してかお小遣いも増えて買いたいゲームや漫画も増えて万々歳。現に今も普通にリビングでゲームやってても何も咎められないし。
「で、おたくはどうするん? 今、読書するのもいいけど、こうして俺と会う放課後にやってしまえば、後は家帰った後にでも好きなだけ読めるぞ?」
『ゴクリ......』
唾を呑みこんだ表現すら言葉にせんでも......とはいえ、この誘い。ククク、俺の勝ちだな。
音無さんは本に栞を挟むと同じく勉強セットを取り出して、自分の勉強しやすいように環境を整えていく。
すると、ふと何かを思い出したように音無さんはスケッチブックに文章を書き始め、出来たそれを俺に見せる。
『私、成績が影山さんより下なのでわからなかったら聞いていいですか?』
「いいよ。まあ、俺のわかる範囲だけどな。逆に俺も聞く場合もあるけどいいのか?」
『わ、わかることであれば......』
音無さんは自信なさげに顔を下に向ける。音無さんが実際どのくらい勉強ができるかは知らねぇけど、コツコツとは勉強してそうだよな。
いわゆる真面目ちゃんだな。まあ、もっと言えば真面目にやってるのにあまり成績がよろしくなくてしょげているタイプだけど。
しかしなんだ、音無さんから提案してくるとは思わなかったな。本当は俺が冗談ぽくフリを入れようと思ってたんだけど。
とはいえ、これはこれで好都合。相手が俺の方が上であると示してくれたんだ。ただ単純に勉強するだけでは面白くなかろう。
それにこれはあくまで音無さんに友達を作らせるためのしゃべる練習だ。それを疎かにしては仕事を引き受けた身としてはいただけない。
「ただし、互いに条件をつけよう」
俺が口にした言葉が理解できなかったのか音無さんは首を傾げる。しかし、その反応を見つつ言葉を続ける。
「お互い、教えてもらう時は“二文字以上の言葉”を発してから。それ以外で例えば指で突いて意識を向けさせようとかはなし」
「......っ!?」
その驚きの表情。どうやら頭の回転は早い方のようですぐに言葉を理解したみたいだ。
そう、俺の言ったことは互いの条件と見せかけて、実は音無さんだけの一方通行の条件。
言葉を発すること自体が出来ていない音無さんにとって過酷な条件であり、一文字以上ではないため「あ」とか思わず口から漏れたような言葉でもダメ。
その一方で、俺は好きに話しかけられるので、もはやこの条件はあってないようなもの。聞いただけなら互いにフェアに見えるが、実はそうじゃない。
『ず、ずるいです......』
「俺は自己紹介に言ったはずだぞ? 善人じゃないって」
ま、これでもかなりぬるい方法だけど。これでも音無さんのペースを鑑みてるんだぜ俺。
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