第22話 俺の言語体系は一般受けじゃない
【音無 雪】桜山小、中と通ってきて今年からこの楤場高校に入学。
成績は中の上程度で運動神経は中の下。まあ、取り留めのない普通の女子である。
特徴を挙げるとすれば、143センチという小学生並みの低身長でかつ自己主張をあまりしない消極的で内気な性格であるということ。
趣味は本を読むことと甘いお菓子を食べることらしい。本を読むことは自分の世界を保つためとか邪推してしまうが、実際教室に気軽に話せる相手はいないとのこと。
これが俺の事前に持ち合わせていた情報の全て。あえてプライバシーを著しく侵害するようなことは調べていない。やろうと思えば出来るが。
......さて、どうしたものか。そう思うのは隣に音無さんがいるからだ。
場所は図書室にて、音無さんは緊張した面持ちで顔を赤くして視線を開いた本に移している。まあ、先ほどから1ページも動いていないが。
放課後ってのはそれはそれで大事なイベントが発生しやすい時間帯なんだけどなぁ。けど、結弦にはまだしばらくは逆らえない。この状況もやむを得ないのだ。
ちなみに、俺が結弦から聞かされた内容を一言で伝えるなら「引っ込み思案の女の子を社交的にしてほしい」だ。
とはいえ、誰とでも気兼ねなく話せるとか高い次元の要求ではなく、単純に少なくてもいいから友達を作って“ちゃんと”話せるようにして欲しいとのことだ。
その役でなぜ俺が抜擢されたかというと結弦曰く「光輝よりも友達が多いし、成績もいいから」だそうだ。
なんとなーく、厄介事を押し付けられたような気がしなくもないが、乾さんの友達である音無さんを無下にするほどあいつのメンタルは汚れちゃいない。
というわけで、半ば強制的に役を引き受けさせられてしまったわけだが......こいつは俺が思ってる以上に手強そうな相手だ。
「なあ、一応名前は知ってるけど、もう一度自己紹介しないか?」
その言葉に音無さんはビクッと反応してピクリとも目線を移さずに頷く。そして、いそいそとスケッチブックに文字を書いていく。
その様子を眺めながら先に自己紹介することにした。
「俺は影山学。『学ぶ』と書くが『がく』って読むんだ。名前は好きにしてくれ。
俺は光輝と結弦の腐れ縁みたいな感じで......だけどまあ、あの二人ほど善人じゃないからそこら辺はよろしく」
そう軽い気持ちで言ったらふいに音無さんの指が止まる。そして、別のページを開いてまた文字を書き始める。
書き終わるとその文章を俺に見せてきた。
『善人じゃないってなんですか?』
そこを聞いてくるか。まあ、結弦に負い目があって付け足した言葉で深い意味はないんだよな。どうしよう。
とりあえず、意味もなく濁すか。さすがに深く突っ込んでこないだろ。
「単純な話だ。俺は邪なことを考える人間ってことだ」
『......っ!』
そういうと再びビクッとした反応を見せる音無さん。そして、なぜか頬を赤く染めていく。
俺の話を聞きながら自己紹介文を書いていたのに、再び別のページに俺への質問文を書き始める。
う~む、会話のキャッチボールが上手く成り立たない。
今の感じってアレだな。レイソとかで打とうとしていた文章に対して、相手から連続で文章送られてその(自分の打ってた)文章が送信できなくなる感じだな。もう話が噛み合わなくなっちゃって。
ともあれ、仕方ない。悪い会話テンポだが、スケッチブックを持ってる時点で本人は大人しいというよりも、もっと人と話がしたいタイプに見える。なら、今はそれに付き合うまで。
『よ、邪ってどういう意味ですか?』
「それってそんなに気になるか普通?」
ビクッとした後に動揺した顔をする音無さん。あー、違う違う。別に触れて欲しくないわけじゃなくて、触れても意味がないだけであって。
ん~、言葉が思いつかない。こういうタイプの情報って他の聞きやすい人から聞くからあまり話したことがないんだよな~。
だから、どうにも相手のことがわかってない状態での会話は苦手だ。
「あー、ほら、男ってのは健全のラインがあって......いわば男子高校生の健全的部分をしっかり持ってる感じで......」
『?』
「ハッキリ言えば、エロいことだ」
『!?!?』
まあ、そう言えばさすがに慌てるよな。っつーか、俺もそこ触れられると思ってなくて全然考えてなかったからおかしなこと言ってる自覚はある。
ちなみに、俺にとって邪な内容は「光輝のラブコメのためにあえて悪事を働く」という意味であるのだが......ふいに思いついたそれは乾さんに伝わる可能性も考慮してすぐに考えから消去したのだ。
そして、別の言い訳を考えていたらどんどん自分で自分の首を絞めるようなおかしなワード言い始めて、最終的にこうなった。「エロい」なるワードを使ったのは......あれだ、勢いだ。
だって、「男の健全」とかのワードに続くのって「性欲」か「エロ本」か「AV」ぐらいだろ? これでも一番オブラートに包んだつもりだ。
音無さんは顔を真っ赤にしている。そして、スケッチブックで顔を隠しながらもチラッチラッとこっちを見てくる。
まあ、言わんとすることはわかる。「こいつ初対面でそんなことしょっぱなから言う?」みたいな目だ。
少なからず、俺も言う相手をミスったとは思ってる。姫島ならまだしも。
「あー、気にしないでくれ。別に音無さんをどうこうするつもりはない。それに――――ロリコンじゃないからな」
茶目っ気にウインクとサムズアップでカバーしてみたら、今度は一気に眉をひそめた険しい目で見られた。ああ、うん、許せ。俺の言語体系は一般受けしないんだ。
すると、音無さんはスケッチブックに怒りをぶつけるように書き進めていくと書き終わり直後に素早く見せてくる。
『私の名前は音無雪です。好きなことは読書と日向ぼっこ。それから、ロリじゃありません!!!←ここ重要』
見せつけられたスケッチブックにはでかでかと「ロリじゃありません」とあった。あれだな、選択肢をミスったな。
やはり俺はどちらかというと見えてる選択肢を選ぶ方が得意だな。
俺が主体的になるとただの会話でさえもこうもミスるのか。やっぱり主人公向きじゃねぇな。
よし、もう真面目に行こう。アドバイスでも送ってリカバリーしよう。
「悪かった悪かった。低身長を気にしてるんだな。だが、俺からすればそれはむしろマイナスよりプラスだけどな」
『それはどういう意味ですか?』
「ロリの受けは存外高い。それでいて、最近だとバブみを身につけるともはや敵うものなしだ」
『.......』
あれ? 反応がおかしい......またもや険しい目で見られてしまった。前に姫島に「NTRは需要あるぞ」と言ったときと同じ目をしている。 うーむ、別に間違ってる気がしないんだが。
しかし、そうでなければあのような険しい目で見られない。あれか、もしかしてバブみの意味を知らないのか。
「オーケー、俺の言葉が足りなかった。『バブみ』ってのは母性的な優しさや包容力で、男どもを赤子のように甘やかしてほしいと思わせることだ。
ほら、想像してみろ。自分が自分よりデカい男を甘やかしという手で屈服させてる構図を。なんか上の立場の奴を自分よりも下の立場に引きずりおろしてる感じで優越感を感じないか?」
『いや、バブみの意味は知ってますが、その認識は歪んでませんか?』
おっと、ここで意外な反応だな。まさか俺の言葉にツッコんで来るとは。にしても、ツッコむというのは中々良い感触だな。それってつまりは俺の話を聞いてくれてることだからな。
ギャルゲーでは鉄板だが、主人公と繋がりが薄いヒロインの好感度の上げ方はとにかくまず会話を増やすこと。
それぞれの個別ルートに進もうともある程度の信用がないとイベントは発生しない。
それに信用のある友達の紹介だからと言って、俺自体に信用があるわけではない。つまりしばらく俺がやることは
もっとも幾度となく会話をミスってしまったが、少なからずこっちの話を聞いてくれてるだけで良しとしよう。
そんなことを思っていると音無さんはスケッチブックに何かを書いていく。そして、それを俺に見せた。
『私との会話ってしやすいですか?』
.......まあ、そりゃあ気にするわな。ここで光輝ならばきっと「そんなことないよ」とでも言うのだろう。
しかし、光輝のように本気で思っていない俺が嘘を告げたところですぐにバレる。
こういう大人しいタイプは人から傷つけられることを恐れる。それ故に、相手を観察し、相手に逆らわないような回答をする。
それはつまり相手の気持ちを言葉や表情から読み取って他の人よりも理解が早いという意味だ。
その観察段階で相手が自分を傷つける存在かどうかを見極める。今の俺は音無さんにとってその段階。
そして、ここで安易な嘘をついてもそれは乾さんから聞いた音無さんの一部の女子から不評だった経験則からすぐにバレ、心の内では相手は全く逆のことを考えてるとマイナス思考に陥り、信用度を下げ、危険度を上げていく。
なんとなくわかるのだ。小学生の頃、グループ活動とかで嫌でも人と関わる時に空気を合わせてるようなそんな感じだ。
だからここで、少しでも会話テンポの悪さを感じているのなら、正直に言った方がいいと俺は思う。
「そうだな。ハッキリ言ってしにくい」
その言葉に音無さんは驚きつつも、すぐに顔をしゅんとさせる。恐らく驚いたのはまだ初対面段階でハッキリ言葉にしたからだろう。
けど、まだそこで俺の言葉は終わりじゃない。
「だから、俺が少なからず言いたいことは言えるぐらいのことはしてやるよ。例えば『ロリじゃない!』って俺に正面切って言えるぐらいにはな」
そういうと音無さんはなぜかキョトンとした顔をして、やがて失笑した。いや、そんな吹き出して笑う要素あったか?
それに笑い声までサイレントじゃん。それってむしろ徹底して声出さないようにしてない?
そんなこんな会話してるといつの間にか放課後の鐘が鳴る。もう帰りの時刻か。さて、そろそろ帰るか。
「それじゃあ、俺は帰るわ.....って、ん?」
席から立ちあがり机に置いてあるリュックを背負って帰る前に音無さんに一声かけようとすると音無さんはスケッチブックをこっちに向けていた。
『こんなにお腹がよじれそうな最初のお話は初めてでした。本よりも話の内容が気になったのも驚きでした』
えっ、あれで? はあ、まあ最初の掴みはなんかオーケーだったってことでいいか。
「そりゃあ、良かった。途中、明らかに険しい目で見てたからさ」
『あれは初対面で笑うとか失礼かなと思って我慢してました』
あれ、我慢してたんだ......全然そうは見えなかったけど。
ともあれ、今すぐ仲良くなる必要はないししばらくはこんな感じでいいだろ。それに――――
「俺、案外おしゃべりだからさ。おしゃべりな音無さんとはなんか気が合いそうだわ」
まあ、俺は
その時ふと見た音無さんの顔は窓から指す夕陽で茜色に染まっていた。
しかし、そのオレンジ色に負けないぐらい音無さんは頬を赤く染めて笑い、スケッチブックに「おしゃべり相手が出来て嬉しいです。また明日」とおっきく書いてあった。
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