第13話 悪役の時間#2

「そんじゃ、無難に映画でも見に行くか」


 俺は光輝と結弦の間に入って物理的距離感を保つ。いきなりいつもの距離はお互い自分の気持ちを遠慮がちにいいそうだし、何より地雷を仕掛けまくった後の方がその距離感は意味を成すだろうし。


「何か見たいものでもあったのか?」


「いや、こうして集まることに意味があったからな」


「私はてっきりまたヲタ巡りに付き合わされるのかと」


「それがいいなら、俺が構わないが?」


「「全力で却下で」」


 無駄に息を合わせて拒否しやがって。まあ、それが目的じゃないことは二人ともわかっている。とはいえ、肝心のだとその限りでもないというのが不思議だ。


 近くにいすぎるとそんだけ節穴になっていくものなのか。灯台下暗しって言葉があるくらいだし、近すぎて当たり前になっていることが弊害になっているのか。


 幼馴染ヒロインに負けフラグが立っているのは基本ここの理由が一番大きいからだろうな。主人公が幼馴染と向き合って気持ちを知るまでに時間をかけ過ぎたあたり。


 まあ、それらは当人の勝手であるから部外者の出る幕じゃないんだろうけど、それじゃあつまらないだろう。


 幼馴染がいる主人公に他に魅力的なヒロインが現れた。互いを知らないから色々なかかわりを含めて知っていこうとしていく。


 しかし、幼馴染は昔から一緒にいるからお互いの気持ちを知っていると思い込んで、気づいた時には幼馴染負けフラグは成立している。そんな一種の出来レースなんてものは俺のラブコメでは許さない。


 そのためにも一度二人にはこじれてもらう必要がある。あくまで、“勝手”に。


「そういえば、お前と乾さんは前どんなデートしたんだ?」


「え?」


 俺の言葉に結弦が反応した。ビクッと肩を上げるとか意識しすぎだろ。しかしまあ、主人公のスキル「鈍感」によって事なきを得たが。


「単純に気になってさ~。だって、お前ら公認カップルだろ~」


「え、あ.......普通だよ普通。普通に映画を見に行ったり、その後買い物したり」


 その瞬間、俺の首に光輝の腕が回ってきて無理やり手繰り寄せられる。そして、強い口調の小声で告げてくる。


(ちょ、お前! 何の真似だ!)


(何が?)


(何がって......ここで乾さんとの話題を出す必要はないだろ?)


(甘いな、光輝)


(何が?)


(こういう時だからこそだ。お前は乾さんがいないところでは警戒されてないと思い込んで緩みきっている。それは危険だからやめた方がいい。

 お前を監視している人はお前と乾さんが付き合ってると思っているんだろ? しかし、そう監視がつくって事は疑われてることでもある。

 今も二人の関係を暴くために観察してるかもしれない。油断するな)


(......確かに)


 ちょっろ(笑)。全くの方便だが、こっちには都合が良い。この信じやすさも主人公スキルなのだろうか。


 ともあれ、この言葉の縛りはかなり強力だ。それはきっと光輝自身が暴かれる危険性を知っているからともあるが、それは光輝の仕事なので俺には関係ない。


 加えて、この言葉の何が強力かって言われれば、それは光輝がそう思い続ける限り光輝は乾さんをよいしょする点にある。


 ともあれ、前に俺が光輝に質問した内容を覚えてなくて助かった。ここで「結弦に伝えなかったのか?って言ったのお前じゃん!」とか言われたら、結構うげぇってなってた。


「乾さんの“デート”服とか見てみたかったな~。だって、うちのむさいクラスに咲く“一凛の華のような美少女様”だぜ? 全く羨ましいったらありゃしない」


「いや、確かに“可愛かった”けど、お前ってそんなに乾さんに興味あったのか?」


 ふっ、さすが主人公。自爆してくれる。


「そりゃあ、たとえ人様の“彼女”とはいえ、あんな“美少女”とお近づきになれるだったら俺の学園生活も豊かになるもんだよ」


「あれ? お前って二次元にしか興味ないとかじゃなかったっけ? そんなもん?」


「確かに前までの俺だったらそうだったが......まあ、そんなもんだ。仲良くなって損はないし。それでそれで? その“美少女様”はどんな服装だった?」


「そ、それよりも、私の買い物に付き合ってくれない?」


 その時、会話に入り込んでこなかった(そうさせていたのだが)結弦が俺の肩をがっしりと軋むような強さで......イタタタタ! ほ、骨が! 肩の骨が軋んでる! 折れる折れる!


 結弦の奴、全く光輝に悟らせないように浮かべてる笑顔が俺にとっては不動明王の如く怒ってる顔に見える。クソ、これが二人をこじらせる代償と言うべきか......。


 とはいえ、この痛みに対して得た収穫は大きい。

 現在の結弦は俺が意図的に連発したことばでストレスがかなり溜まっている。

 別に乾さんともだちが貶されれるわけじゃないので、主に俺の言葉遣いに対する怒りとジェラシーが混ざった怒りであろう。


 結弦は俺が意図的に結弦を刺激していることがなんとなく分かっている。故に、怒る。

 しかし、光輝がいる手前強く出ることは出来ずに、光輝は俺の暗示のろいによって結弦の気持ちを知らない限り自爆し続ける。


 それをどうコントロールするかは俺にかかっている。それを気付いたが故に結弦は話題を変えて俺から会話の主導権を奪おうとしているのであろう。


 だがな、もうすでにお前らは俺の手のひらで踊っているようなものだ。あくまでお前らが互いの気持ちに寄り添わない限りはな。


 結弦の提案によって俺達は映画を見るよりも先に結弦の買い物に付き合うことになった。

 そして、向かったのはモール二階にあるおしゃれな服屋。着れる服だったらなんでもいいという俺にとっては縁も所縁もない場所だ。


 夏に先駆けた最新ファンションが二体のマネキンを彩り、無数に置かれている服の情報量の多さに思わず目を背けたくなる。つーか、服屋よりも丁度角度的にチラッと見えるアニ〇イトに行きてぇ~。


 だが、ダメだ。今回の目的は二人の関係をより一歩進ませること。まあ、進むかどうかは当人次第だが。

 ともあれ、アニ〇イトは俺のやる気次第でいつでも行ける。今は目の前のことに集中だ。


「わぁ、可愛い。これどうかな?」


「いいと思う......」


 少し目を放していると結弦はいつの間にか光輝と二人だけの空間を作っていた。心なしか、いや確実にさっきより生き生きした顔をしてる。さぞストレスがなく嬉しいのだろう。


 それに対する光輝も存外まんざらでもない顔だ。いつも通りの反応と思いきや口調の強さ、視線の位置、僅かに赤くなった頬から全く意識してないことはないようだ。


 きっと主人公目線だったら「ドキッ」的な感覚を味わったところだろう。散々乾さんのことを「美少女」と言ってきたが、別に結弦が可愛くないわけではない。言うなれば十分に美少女だ。


 光輝、お前は知らないだろうが、お前って美少女幼馴染持ってて周りから意味もないジェラシー買ってるんだぜ?

 そう言う俺も、人生に一人ぐらい居て欲しかった気もするが......いないものは仕方ない。


「さて、そろそろ第二フェーズに移行するとするか」


 おっとしまった。思わずどんな反応か楽しみで言葉を漏らしてしまった。

 別に二人をいじめて楽しむ趣味はないが、今の状況はだいぶ面白い。まあ、完全な悪趣味ではあるだろうな。


 俺ってSなのか? いや、そう言う質問って大抵Mであっても、M=キモイみたいな定義が成立してるから自ら進言してMとかいう奴はいないか。


 ......って何の話をしてるのだろうか。俺はSでもMでもどちらでも構わない。ただこの状況をちょっとした混沌に導くだけさ。


 だって、イチャイチャモードの主人公とヒロインに空気も読まずに行動するのがモブであろう?

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