第12話 悪役の時間#1
とある金曜日の夜、一人の少女は自室にある姿見鏡の前で立ちながら、床に散らかしたように置かれた服を手に取っては自分に体に重ねていた。
あれじゃない、これじゃないと鏡でその服を着てみた自分を頭の中で想像しながら、悩み唸っている。
しかし、その時間も存外悪いものではなく、浮かべた想像に微笑んではさらにニタニタした顔をしていた。
「こっち? それともこっち? う~ん、あんまり攻め過ぎたのはまた変態と言われかねないし、清純派の方が良さそうよね」
そんな独り言を呟きながら、少女もまた何かに向けて着々と準備していた。
*****
さて、土曜日の朝がやって来た。俺は時間よりも少し早めに向かっていく。
正直、俺がついた時点でまだどちらか一方が着いて居なければ、二人が合流した時点で俺がばいちゃすることも可能だ。
しかし、それだと二人のぎこちない会話が続く恐れがあり、せっかくのお膳立ても台無しにされかねない。
それにこの作戦も二度も同じようには使えない。俺の行動が不審がられてしまうからな。
だから、確実性を期すためには少しの間は二人の間に入って俺が取り持ってやらねば。
にしてもまあ、俺が姫島と作戦を立案した後の数日は光輝も結弦も酷いもんだった。
まず会話がない。当たり前のように交わしていた挨拶もなければ、普段の気兼ねない会話も当然ない。
二人とも相手に対して慎重になりすぎて奥手になっている。これも幼馴染であるが故のいざ離れた時の距離感の詰め方のわからなさか。挙句の果てに乾さんから心配に聞かれる始末だ。
もちろんながら、俺は「知らない」と答えるしかないが、乾さんもうすうす気づいているのだろう。もしかしたら、前のデートで見られていたかもしれないと。
クラスで光輝と乾さんは公認カップルとなっている。しかし、二人は偽りの恋人を演じている。だが、その事実を結弦は知らない。
そして、その原因が自分達にあると乾さんも気づき始めている様子であった。
さて、ラブコメではシリアス調の話となるが、光輝と結弦が拗らせすぎてそのまま自然消滅は俺も近くにいた人間として悲しいからな。それだけは避けねぇと。
「おは、結弦」
「あ、学君。おはよー」
「早いな。俺は主催者だから早く来なきゃならなかったわけだけど」
俺はモール近くの噴水がある場所で結弦を見かけた。早く来る頃は想定してたが、俺よりも早いとは。まあ、別にいいけど。
「これは常識の範囲だよ。15分前行動は当たり前」
「早くても10分だろ。ともあれまあ、結弦が誘って来てくれたのは正直意外だったぜ」
「そう? 私には故意のような気がしたけど」
結弦はそう言って笑顔で見つめてくる。全く......勘のいいガキは嫌いだよ。
しかし、俺の行動は疑われても俺が本質的に何がやりたいかはさすがにわかってない顔だな。
「さて、ナンノコトヤラ?」
「昔はもっと物静かで目つきも鋭かったのに......だけど、ありがとね。私にチャンスをくれて」
「......何を言ってるかサッパリわからねぇが、彼女持ちのあいつも交えて昔のメンツで遊びたかっただけだよ。
とはいえ、お前らが仲悪いのはお前らを一番近くで見てきたものとして気持ち悪く思うのは確かだ」
「もう少しオブラートに包んでも良くない?」
「だから、失敗すんなよ? 失敗したら
「大丈夫だよ、光輝が守ってくれるから」
即答ですかい。相変わらずあいつへの信頼は今でも変わらないようだな。
まあ、きっと本人も自覚しているのだろう。今の二人がぎこちなくなったのは結弦の乾さんに対する嫉妬であると。
しかし、身勝手な嫉妬である以上仲良くなった乾さんに向けるべきでもなく、されど抑えきれない想いが溢れて結果的にその行きつく先が光輝であった。
光輝にはとんだとばっちりだと思うが、これがラブコメの主人公というものだ。もとい女難の相ともいう。
ともあれ、いい具合に発破はかけれた。このまま上手くいってくれるなら俺も
そんな会話で時間を持て余しているとこれまた集合時間前に光輝が走ってやって来た。
光輝は少し焦った様子で息を切らしながら俺と結弦の前で手を膝につけながらしゃべる。
「ごめ......はあはあ、遅れ......た、はあ」
「いや、遅れてねぇよ。集合時間の5分前」
「......え?」
「俺達が先にいるからって走って焦って謝ってとは、全く早とちりのおっちょこちょいさんですなぁ」
「言い方に悪意を感じるけど、遅れてないのなら良かった......」
「しかし、彼女さんとのデートも会っただろうによくぞ来て下さ――――痛っ!?」
俺がとても愉快な顔で気持ちよくしゃべっていると突然わき腹から謎の痛み。そっと隣を見てみると明らかにムスッとした顔の結弦が俺を睨んでいた。
どうやら俺が光輝をなじるのがよろしくないらしい。それだけハッキリした感情を持っているのに、どうして今の今までそれを示さなかったのか。
少なくとも中学の時にそうしていれば今こうしているぎこちない時間というのはなかったというのに。
幼馴染故の近すぎる距離もとい関係が壊れてしまうかも病。互いを知ってい過ぎて踏み出せないというのは、近すぎるのもなんとも難儀なことだな。
「大丈夫、乾にはちゃんと話をつけてあるから」
「それは良かった。後で彼女さんに『彼氏取られた!』なんて言われたくねぇしな」
「な、何言ってんだ!? 俺と乾は......そ、そう付き合ってるんだからな! そのくらいしてくれねぇと困るよ!」
ひよったな。まあ、どこに監視の目があるかわからないが故の防衛措置だろうな。そのままゲロっちまえば話は急展開に陥るというのに。
とはいえ......ククク、かかった。俺の煽り文句で光輝が予想通り自爆してくれたおかげで、結弦の俺に対するヘイトはうなぎのぼりだ。
逆に言えば、その怒りの大半は自分が嫉妬していると自覚しているが故の俺が余計なことを口走った怒り。つまりは露骨に感情が前に出た状態。俺はこれを維持させていく。
俺は思わずニヤッとした顔を手でパンパンと叩きながら戻していく。いかんいかん、ついニヤニヤしてしまった。
普通ならば、友人としての役目は二人が仲直りするようにフォローすることだろう。
だがしかし、それで戻るのは前の相手の好意に気付かないふりをした関係。幼馴染負けフラグ。
そんなことはさせない。こじれた? だったら、余計にこじらせてやる。
今あいつらにあるのは幼馴染という最も強く繋がれた雁字搦めの鎖。それを徹底的に破壊しなければ、もっと図々しく相手の懐に入り込まねば互いの心などわかりようもない。
とはいえ、これは二人が幼馴染であるという強い関係性を利用したからできる博打のようなものだ。
嫉妬で拗らせた結弦が自爆し、二人の関係は一旦白紙の状態のようにさせる。しかし、二人の幼馴染という関係はそう簡単に千切れるほど容易くない強い
後は主人公の行動次第。その結果で結弦がこのままヒロインとして存在し続けるか、それともそのまま離脱するかが決まる。
しかし、もし離脱しかけた時に施すのが俺の例の「保険」だ。もちろん、その他の理由で俺が使った方がいいと思ったときにも使うがな。
これによって俺は結弦から嫌われてしまう可能性もあるが......まあ、この際仕方がない。俺の安いプライドはそのためにあるようなものだからな。
さーて、全てはお前次第だぞ――――光輝っ!
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