第7話 やめろポンコツ

「ねぇ、知ってるかしら? 駅前に美味しいクレープ専門店ができたらしいのよ」


「そうなの!? どうしよう、クレープと聞くだけで食べたくなってきた」


「なら、三人でいかない? 時間が空いてたらだけどさ」


「いいわね。そうしましょう」


「私も空いてるわ」


「なら、決定!」

 

 受業と授業の間の休み時間。姫島と乾さんと結弦が楽しそうに話している。

 女三人寄れば「姦しい」と言うが、まさしくそうなのであろう。


「なんか、最近二人とも姫島さんと仲がいいよな」


「どんな風の吹き回しだろうな。あの大人しかったクールビューティーが」


 もとい中身は実はポンコツなんかじゃないか説。ともあれ、光輝の疑問はもっともだが、その答えはすでにあるのだ。


 というのも、俺が姫島あいつに告白された翌日のこと。またもやあいつに呼び出されていたのだ。


 「来なかったら。あることないこと吹き込んで泣いてやる」というどうして泣く意味があるのかわからない脅しメールをもらって、また放課後の屋上に行ってみるとこんなことを言われた。


『あなたのやりたいことに協力してやってもいいわ』


 とのこと。どういう吹き回しでその事を言ってきたのかわからないが、協力者はいるに越したことはない。


 いわばヒロインの女友達。これは思っている以上に重要なポジションだ。

 ヒロインが主人公と躓いて落ち込んだ時に主人公にはできないメンタルケアをして、前向きに恋を応援するという女神的ポジション。


 それは男である俺にはどうしても荷が重い。特に女心ということに関して。

 なので、いずれは俺の行動に賛同してくれる同士が欲しかったわけだが......どうして告ってきた相手あいつなのか。


 あいつのメンタルは超合金か。昔の俺はどうやってあいつのメンタルを溶かしたというのか。

 それが数日前の話。ともあれ、同志を持ったことは喜ぶべきなのだろう。現状としては。


 ちなみに、あいつが高飛車でいるのは本当に俺の前だけであった。あいつがどの女子としゃべろうとも普通の物腰の柔らかさだった。


「それで、お前の方は順調なのか?」


「ああ、なんとかな。休日デートの時はすごく引っ張られたけど。でも、悪い奴じゃないよ」


「そっか......羨ま死ね」


「なんで!?」


 一先ず許嫁こと乾さんとの偽恋人関係は順調ってところか。そこの手出しはしなくていいとなると、問題はもう一人の方か。


「そういえば、結弦の方にも乾さんとのこと言ってあるのか?」


「うっ......それがまだ......」


「それって大丈夫なのか?」


「言おうと思ってそのタイミングは何回もあったんだけど、どうにもこうにも避けられちゃってて。それでずるずると今のまま」


「なるほど。まあ、乾さんという素敵な彼女がいるのに浮気しようとする罰ですな」


「おまっ! 俺と乾さんの関係を知ってて遊んでるな?」


「まさか」


 とはいえ、当たらずとも遠からずって感じだな。

 そして、恐らく今の感じは休日デートのところをたまたま目撃して本格的に失恋モードに入っているという感じなのだろう。


 となれば、ここで離脱を防ぐカバーするのが俺の役目。今度それとなく話しかけてみたいところだが、俺と光輝が繋がってる以上俺にはあまり真意を話してくれないだろうな。


 ならば、ここは新たな同志に協力してもらうしかないか。ここは昼休みにでも―――――


「学、今日も昼休み一緒にいてくれるよな? な!?」


 俺はがしっと光輝に手を掴まれるとぐいっと顔を近づけられた。近い近い近い近い!


 光輝がこういう手段に出るのもわけがある。というのも、光輝は昼休みでもそれとなく乾さんのお付きのツヴァイさんという人に監視されているらしい。


 そして、その人は二人が偽恋人関係であることを知らないらしいのだ。それを知ってるのは両家の親だけらしい。


 それ故に、血涙しながら殺気を放って窓の外から眺めてくるツヴァイさんを欺くために光輝は乾さんと一緒にお昼を過ごさないといけないらしい。なんと悲しき話しかな。


 それだけで話が済めばいいが、実は人気がある結弦が乾さんと仲良くなって一緒にお昼を取るようになってからはあら大変。外だけじゃなく中も殺伐としてしまったわ。


 要するに、ただでさえ乾さんという美少女と公認恋人で周囲の男子から視線が凄いのに、結弦が加わったことで余計に針のむしろになったのだ。


 当然、結弦は悪くない。乾さんと一緒に食事がしたいのもあるし、好きな人光輝と一緒にいたいだけの乙女なのだ。


 まあ、光輝は結弦の好意は知らんので、ただ昼休みが牢獄であるかのように感じているだけなのだ。

 俺を呼ぶのは精神安定剤的な役割。さすがヘタレ男子。主人公向きだぜ。


 ......まあ、それに関しては俺じゃなくて良かったと思わないこともない。


「はあ、わかった。横で嫉妬心に駆られながら食ってやる」


「お前も嫉妬男子そっち側!?」


******


 痛い。超痛い。「どうしてお前がそっち側にいるんだ?」とでも伝わってくる。

 がけっぷちでギリギリ生き残っている俺に深淵から伸びる手が俺の足に絡みついて引き吊り落とそうとしてくる。


 いや、違うんです。ほんと些細な行き違いなんです。俺はそっち側であって、決して主人公側じゃないんです。信じてほんと!


 とまあ、言葉に出せない自己弁護はこの辺にして......


「どうして姫島さんがいるんだ?」


「お呼ばれしたからよ。まあ、あなたがいると思ってなかったけど」


 ニコニコした顔で卵焼き食ってるが、嘘だ。絶対嘘だ。もともと俺は光輝、乾さん、結弦の3人でお昼を過ごすと聞いていた。にもかかわらず、こいつがいる。俺にしつこく構ってくる。


 まあしかし、協力者である以上無下にはできない。俺以外の前ではボロは出さないし......ってあれ? 逆にいればボロが出るかもってこと?


「影山君と縁ちゃんって知り合いだったの?」


 む、乾さんが聞いてきたな。今の短い会話を聞かれてたか。ここは冷静に......


「まあ、俺は交友関係は広いしな。ちょっとしたキッカケで話すようになったんだ」


「そうなんだ。でも不思議だな~。今まで男子と全く話してこなかったゆかりんが男子である影山君と話すなんて」


 え、そうなの? いやまあ、確かに今まで話してる姿は見たことなかったが、それは単に俺だけが見てないと思ってたんだが。


 だが、この状況はまずいな。今まで男子と話したことのない女子が唯一話す男子......めちゃくちゃ話題に持って来いの話じゃねぇか!


 クッソ......なんでただ昼休みの食事に参加しただけで俺がこんなにメンタル削られなきゃいけないの? 俺はどちらかというと狙われない安全圏から狙撃するタイプなのに!


 安易に光輝の話に乗るんじゃなかったな。ラブコメの神もいるなら試練を与えるのは主人公だけでいいだろ。俺、関係なくね?


 このまま俺が話してもいいが、一番手っ取り早いのは姫島からの証言。姫島が「これこれだから~」と話してくれればまず疑いはしないだろう。


 ......おい。おい、やめろ。なんでそんなに目が泳いでんだ。手も震えて箸が弁当に当たってカタカタしてんじゃねぇか。動揺しまくりじゃねぇか!


「あれ? どうしたの?」


「え......あ、何もなかったわよ! 然っ全! 微塵も! これっぽっちも!」


「「「......」」」


 いや、それ絶対何かあった人のセリフー! こいつ、まさかあの告白の件を思い出してんじゃねぇだろうな!


「......何をしたんだ、学?」


「俺をもう犯罪者みたいな目で見るのはやめてくれ」


 肩にポンと置かれた手の圧力が無駄に強い。そして、乾さんと結弦を含めた視線がすごく痛い。このポンコツめ~!


「そんなことよりも、俺はお二人の休日デートのことを聞きたいな~。恋人だから何かあったんでしょ?」


 こうなれば強引にでも話題を変えて......っと? おやおや、光輝と乾さんの顔が赤いぞ? そして、結弦の表情は暗い。


 これは光輝に乾さんとのイベントが起きたと同時に結弦とのすれ違いイベントも完全に発生した感じだな。


 さて、ここで結弦にどうやって誤解を解くかがカギになってくるぞ、主人公。

 まあ、それはそうとこの姫島ポンコツには後で何か奢ってもらおうか......罰として。

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