第5話 感情が覚束ない
たとえば「自分が生きている意味」とか「自分の人生に対する役割」といった永久的に答えが出てこないようなことをふと考え始めた時、大抵俺の心は沈んでいる。
そして、そういう時に限って過去の嫌なことだったりとか、今でもため息しか出ない失敗経験を思い出す。
どこまでも真っ直ぐ前が向けない俺は現在屋上で黄昏ていて、落下防止用の巨大なフェンスを背にして座っている。
自分の嫌なことを挙げるとキリがない。だから、普段はあまり考えないようにしてるが、心が沈んでる時には気持ち悪いほどに湧いてくる。
この原因は先ほどの階段で足を踏み外した姫島さんを光輝が助けた時のことだ。
別に俺が何かして姫島さんが階段を踏み外したとか、光輝が階段を転げ落ちるハメになったというわけじゃない。
あれはいわばラブコメにおける様式美のようなもので、まだ少ないかかわりで知り合ったばかりの人と一気に急接近ってシーンだ。
姫島さんと光輝がかかわることには成功した。俺の作戦自体も成功だ。しかし、どうよ。
どうにもこうにも心が晴れないのはその現場を見てやはり俺と光輝の立っているステージは近いようで全然遠いということをわからされたことだ。
人に危険が迫った時に咄嗟に動き出せるか。誰もが心の奥底ではわが身可愛さを主張するにもかかわらず、それでも意思を通して動けるか。
この差は思っている以上に大きいと思っている。
人が困っている時に咄嗟に声をかけれる奴はすげー奴だ。誰もが誰かがやってくれるだろうと思っている中で動き出すその勇気はきっと特別なものだ。
それがたとえ、困っている人の周りに自分しかいない状況であってもその困ってることに首を突っ込んでいくかと問われればすぐには答えは出ないだろう。
考えるだけならばきっと動き出せる。動き出して華麗に解決した姿をシーンとして想像している。
しかし、その考えてることが実際に行動として動かせるかとなれば、また話は変わってくる。
そして、自分は動けなくて、別の誰かが困っている人を助けに行けば自分が解決したように「良かった」と思い、困っている内容がすぐに解決できるような内容であったと知りえたなら「自分でも解決できたな」と後出しじゃんけんのようにそう思う。
まあ、そう思えるだけまだ上等なのかもしれない。なぜなら、今の俺は最終的にどこか“結局他人だから”と無関心な方向に収めようとしているから。
自分には実利はないし、自分じゃないから関係ない。そんな軽薄な感覚が付きまとう。
言葉にすれば最低。そして、それを俺も最低だと思う。しかし、そんなことをしていた、してきたのは誰でもない
「ふぅー、あっつ」
最悪な負の自己循環が続きそうで、考えるのを止めるように茜色に染まった空を見る。
時間は放課後でどこからか吹奏楽の演奏の音とその音に紛れて運動部の掛け声が聞こえてくる。
きっと今頃は当番日誌を姫島さんと光輝の二人っきりで書いてるころだろう。
緊張していた割には随分と話せていて、こっちの心配が嘘みたいだ。まあ、多少のアクシデントはあったがまず出だしは成功と言っていい―――――
「まだいると思っていたわ」
「よくここにいるとわかったな」
「私の手にかかれば造作もないことよ」
姫島さんは凛とした姿で俺に近づいてくる。どうやってこの場所を特定したのか。
しかし、普段なら気にするそれすらも今は割にどうでもよく、ふと姫島さんを眺める。
わずかに左足がびっこひいてた。ケガしたのか?
「調子はどうだ?」
「順調よ。思っていた以上にいけたわ」
「それはよかった。まあ、それもそうだが......左足痛むのか?」
「え?」
「若干動きがおかしい」
俺が指摘したことに姫島さんは驚きつつも、左足をわずかに動かしながら告げる。
「階段から落ちてしまってね。その時にぶつけたの。でも、思ってる以上に痛みがないから問題ないわ。心配してくれるのね」
「そりゃあ、大事なヒロイン様ですから」
「......」
俺がそう言うと姫島さんは押し黙って見つめてくる。特に感情が揺らいだような表情は見えない。
特に変なことは言ってないはずだが? なぜに神妙な顔つきなんだ?
「あなたこそこんな所で黄昏てどうしたの?」
「まあ、どうせなら今回の作戦の感想を聞こうと待って――――」
「嘘ね。見ていたんでしょ? 私が階段から落ちたところ」
「......」
どうやら隠し事はバレているらしい。あの目はこちらに対してほぼ確信を持っているような目だ。
そして、この質問はその確信を断定するための質問。まあ、はぐらかして問い詰められるのも面倒だし言うか。
「まあな。あまりにも進展がないのが気になって後をつけてた。いつ分かったんだ?」
「私が陽神君に助けてもらった時に顔を上げたらたまたま角にいた影が遠ざかっていくのが見えたのよ。だから、きっとあなただろうと思って」
「その時か......なら、俺に用があったのは今回の感想とそれに対する文句ってとこ?」
「別にないわよ。感想も文句も。特に文句に関しては私の不注意が招いたことだし、まあどうせ近くにいるのなら助けに来て欲しかったという思いもなくはなかったけど」
「でも、俺がいなかったおかげで王子様とのドキドキハプニングができたろ。そうそうないよ? あんなシチュエーション」
冗談めかして言う俺に対して姫島さんはピクリとも笑わない。むしろ、キリッとした目つきに睨まれてるような感じがしてこっちが居心地悪い。
すると、姫島さんは相変わらず堂々とした姿勢で俺に質問してくる。
「あなたは陽神君に対して何がしたいの? 今の状況ってまさにラブコメのような感じだけど。あなたは何がしたいの?」
「俺は面白く学園生活を終えたいだけさ」
「本音じゃないわね」
「なぜ言い切れる?」
「私はあなたのことをあなたが思ってる以上に知ってるつもりよ?」
それはどういう意味だ? 真意はわからないが、確かに俺がこいつとかかわった最初はこいつが俺の好みを賄賂として提供してきたこと。
俺の
なら、いつ知ったのか。まさかこいつしばらくの間、俺にストーカーしてた? いや、さすがに考えすぎか。
「まあ、それは半分ぐらいだな。俺も面白いと思わなくちゃやってねぇし、姫島さんのことも手伝ってねぇよ」
「なら、もう半分は?」
「やってることはおかしいと思うけど、俺は光輝には感謝してるからただ報われて欲しいだけだよ」
俺は光輝とは小学校からの付き合いだ。だが、最初っからそうだったわけじゃない。
というのも、俺はもともと小学校でもぼっち決めてた。
自分の好きなことにしか興味がなく、その好きなことに対する熱ばっか凄くて友達はつくろうともせず、同士を見つけてもにわかと嘲笑いひたすら一人の時を過ごしていた。
だが、光輝だけは性懲りもなく声をかけてきた。俺が何度冷たくあしらても、すぐに気にしてなさそうな様子で話しかけてくる。
その時から捻くれてた俺にとって光輝という存在はあまりにも眩しかった。けっしてクラスの人気者というわけではない凡庸な人物が俺にはすげー奴に思えた。
それから、光輝とつるんでいく時期が増えていき、中学でも変わらない距離感で高校まで。
そんな良い奴に春が訪れたのだ。青くて甘酸っぱいとされる期限付きの春が。
そんな良い奴には幸せなハッピーエンドを迎えて欲しいわけじゃないか。
本当は結弦とのワンマンルートであったが、許嫁という展開で予想外の方向にはいったがそれでもあいつが幸せになれる人だったら誰でもいい。
それを早くに掴んでほしいと思うだけなのだ。だからこそ、高校の友達感覚の恋愛じゃ生ぬるい。より親密になってもらうために策を練る。
「俺はただあいつが心から好きになった人とどこまでも上手く続いて欲しいと願うだけ。そのための試練を下す
「それがあなたの真意?」
「ああ、その通り。笑っちゃうだろうが俺は本気だ。だから、お前のことを手伝うつもりでいるが、肩入れはできない。
まあ、どう思ってくれても構わないさ。そもそも普通に考えて平凡な男にハーレムなんて出来やしない。必ず俺みたいなのが本編に出ずに影にいるもんだ」
「なんだか身も蓋もない話に聞こえるけど」
「とにかくだ。俺みたいなひねくれ
......あ、そしてこのことは光輝を含め乾さんと結弦には他言無用で頼む。バラすなら女子でも容赦しない。俺は
「安心して。言うつもりもないし、手伝いも必要なくなったから」
思ったより即答。今の普通に脅しだったのだがものともしてねぇ。しかし、今のはどういう意味だ?
「? そうか。まあ、それなら俺は動きやすくなるだけ――――」
「それに! もう一つ、あなたに大事なことを伝えなくちゃいけないことがあるわ」
俺の言葉を強い口調で遮ると真剣な眼差しで見つめてくる。夕焼けの光でよくわからないが、姫島さんの頬少し赤みがかってないか?
そんな俺の思ったことを肯定するようなことをハッキリと告げた。
「私があなたに近づいたのは陽神君に近づくためじゃなくて、あなたに近づくため。この高校に入った時から私の気持ちはただ一途。私はあなたが――――影山学君が好きです」
急に屋上に強い風が吹く。しかし、その風の音で聞こえないなんてラブコメは当然なく問題なく聞こえてしまった。
「......は?」
その言われ慣れてない衝撃的な言葉に混乱し、耳がおかしくなったんじゃないかと感じるのはもはや当然の理だと思いたい。
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