第4話 第4話 俺にはできないこと

 姫島縁――――通称「ゆかりん」

 身長・体重はプライバシーなので調べてないが、成績は常に優秀で運動神経も悪くない。

 クールビューティーの印象を持つ彼女は周りの一部の男子から人気がある。

 しかし、クールという言葉の割にはよく笑うのだという。まあ、笑い方は口角を軽くあげて微笑む程度であるが。


 そんな彼女は今、ラブコメ主人公である陽神光輝に恋をしているとのこと。そして、その仲を取り持つように買収された頼まれた俺は姫島縁に協力する運びになった。


 そして数日を費やしたが、まずは光輝と彼女の接点を作るためにコネで二人を日直を組ませることに成功したのであった。


「なんで日直ごときでコネが必要なのよ」


「必要だったからしたまでだ」


 朝の未だ登校時間前、姫島さんに「接点を作った」と報告すると「朝早くに来なさい」という催促もとい命令が来た。


 そして、来てみると黒板の前に立っていた姫島さんが黒板に書かれた日直当番の名前を見ながら指をさし、そう告げたのだ。


「俺達の担任である吉本先生は『少年少女よ! 青春せよ!』ということをモットーとしてるみたいで、あの人の独断と偏見でカプを作り出そうとしてんだよ」


「あの人、未婚者なのに?」


「言ってやるな」


 悲しくなるから。なぜかこっちまで。


「で、どうやって買収したのよ?」


「その黒板の内容からわかる通り、光輝が日直だと乾さんになっちまうになっちまう。だけど、そこを俺は吉本先生の頼みを引き受けることで快諾してもらった。

 どうやら吉本先生は町内会で子供たちに配るお菓子の調達を任されていたらしい。なので、うま〇棒を箱ごと送ってやった」


「それで買収成立するって先生も先生ね」


 まあ、それは思った。こっちでは割りに安く済んだからいいけど、さすがにうま〇棒で最近の子供たちは納得しないと思うが。


「つーことだ。まあ、頑張れよ」


「影山君は――――」


「ん?」


「影山君はこの作戦ともいえない作戦、成功すると思う?」


 こいつも何かと不安なのか? まあ、想い人にすでに彼女がいる(ということになっている)時点でほぼ諦めているのだろう。


 しかし、世の言葉にはこういう言葉がある。


「NTRは割りに人気だぞ」


「それは応援と捉えてもいいのかしら?」


 わりに強めの口調でツッコまれた。我ながら良い言葉を送ったつもりだったが解せぬ。


「まあ、どう転ぶかは結局自分次第ってな。NTRもゲス男と付き合ってる想い人を寝取って奪うだったら、NTRが苦手な俺でも大丈夫だし」


「あなたの性癖は聞いてないのよ......でもそういうのが好きなのね」


 なんか後半ぶつくさ言ってたが、何を言ってたんだ? まあ、何を言われようと俺には関係ないが。


「にしても、光輝の友人である俺にこれだけ当たり強くいけるだったら、ガンガン攻めた方が良いのかもな。あいつ、俺と似てるし」


「そうなの?」


「あいつも俺よりもライトだけどオタク質であることには変わりない。そして、オタクはマイワールドを汚されるのを嫌う。

 だが、逆に言えばそれさえ受け入れてしまえば別にガンガン攻めようと案外関係性は上手くいくってもんだ」


「それは......影山君も?」


「俺か? 俺も苦手だが嫌いじゃないな。そういうラブコメ漫画いっぱい読んできたし」


 まあ、いざ現実になると鬱陶しさが凄そうだけど。あれはフィクションだからいいっていう前提もあるだろうしな。


 姫島さんは何かを考えてる様子だ。恐らく、今後の光輝との接点をどう上手く活かそうか考えてるってところか。


「まあ、頑張れよ」


 俺はそれだけ告げると席について愛読書「どう考えてもツンでる俺の学園生活」を読み始めた。

 それから、HRが過ぎ、一限、二限、三限と過ぎていく。


 本来なら全く進展がない日常パートとして漫画であれば「数日が経ち」みたいな省略のされ方するだろうが、俺にとってはこの接点から日常パートかラブコメパートかに分かれる分岐点。


 今の時点だとほどよく順調。思ったよりも会話してるし、話してる様子から見れば別に緊張している様子はない。相変わらず済ましたようなクールフェイスだが。


 ただ、これといってイベントがないのも確か。漫画で言えば、見開きか一ページに描かれるようなでっかいやつが。


「学君、ぼーっとして元気ないね」


「ああ、結弦か」


 俺に話しかけてきたのは【相葉 結弦】。光輝の幼馴染で俺とも割りに親交の深い女子である。

 栗色のショートカットに触角の一部を三つ編みにするという独特な髪形をしている。


 結弦から声かけてくるなんて珍しいな。俺が光輝と姫島さんの関係を観察してたところを勘違いされたって感じか。


「最新のラノベが待ち遠しくてね。まあ、元気がないのは俺というより結弦の方だと思うんだけど?」


「そ、そんなことないよ!」


「光輝の次に付き合いが長いと思ってる俺だぜ? ここ最近明らかに乾さんとギクシャクしてるのが見て取れる」


「やっぱりわかっちゃうかな」


 ハハハ、と乾いた笑いをする結弦。もはやモロバレの域だな。まあ、まだ光輝と乾さんの関係性に気付いていないということか。


「それってもしかしなくても、光輝と乾さんが付き合ったことだよな?」


「ギクッ」


「わっかりやす。まあ、意外だよな~。乾さんが転校してきたときにあんな言い合っていたのに。一体何があったのか」


 ここでさりげなく問題定義してみるか。たった一日で付き合うまでに至った過程。それが気になれば進展の兆しとなるが......


「あ、あれじゃないかな? “付き合う”じゃなくて“突きあう”とか」


「認めたくなさが一心に出ててすごい」


 なにその動き? フェンシング? いやまあ、気持ちもわからなくはないよ? ずっと隣にいる幼馴染が別の女に取られるってオチ、ラノベでは鉄板ですもの。


 にしても、気づかないかー。表情の暗さからして明らかに引きずってるって感じだな。こりゃあ、姫島さんの件が終わったら早急に手を打たないとダメだな。


「そんなに落ち込むことないんじゃない? 世の中にはNTRが流行ってて―――――」


「それはダメだよ、絶対に」


 真剣な目で見つめられる。若干泣きそうなくせして。


「ごめん。ジョークのつもりだったけど、今のは明らかに不謹慎だった」


「大丈夫だよ。元気づけてくれようとしたんだよね。ありがとう」


「そんなこと言われることしてねぇって」


 それだけ告げると結弦は明るい笑顔で乾さんに話しかけていく。結弦は少しギクシャクした感じだが、やはり乾さんとは結構仲良くなってる感じだ。


 全く、女子ってたくましいものだね。まあ、単に結弦が強いってだけかもしれないけど。

 普通だったら遠ざけそうなところを普段通りの距離感で行くんだから。俺が女子でも無理だな。


 そういう意味では邪見視されるハーレムって実は単なる幸せな道の一つなのかもしれないな。

 独占はできないけど、好きな人と一緒に入れる。それだけで幸せなこともある。


 今の立ち位置としては結弦は友人としてでもいいから光輝のそばにいたいってところかね。全く、神にも幼馴染に愛されてますな我が親友は。


 俺はボーっと頬杖を突きながら光輝と姫島さんの行動を見続け、何事もなく放課後になった。

 そして、二人は最後の授業の先生から集めたノートを資料準備室に運んで欲しいとのことで、二人で動き出した。


 その後を俺はバレないようについていく。正直、戦果報告だけで良かったが、ここまで何もないともはや自分の目でラブをコメコメしてるか判断するしかない。


 そして、俺が角から覗くと二人は階段を上っていく。その時、姫島さんが足を踏み外し、持っていたノートをバラまきながら後ろ向きに倒れていく。


 ――――俺はそれを見て咄嗟に動けなかった。


 しかし、光輝は「あぶない!」と動き出し、姫島さんが傷つかないように抱きしめると階段の最下段まで転がっていく。


「大丈夫?」


「ええ、ありがとう」


 光輝が下になった状態で二人は重なってる。ラブコメで言えば急接近な展開だ。

 そんな展開は俺にとってご褒美だ。だが、今の俺には“咄嗟に動けなかった”という気持ちの方がほとんどを示していた。


 これだ。俺が憧れた男との差は。咄嗟に人が危機的状況になった時に動けるか。

 幸せになるべき男とそうじゃない男を二分するときの一つ。


 俺は強く握りしめた拳を忌々しく見つめ、ポケットに突っ込んで帰ることにした。

 「本当は自分にもできる」という気持ち悪い自己保身を光輝を見て考えたくなかったから。

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