第3話 密談

「なあ、お前も一緒にいてくれ」


「無理だ。お前はせいぜい嫁(仮)と幼馴染という板挟みの地獄を味わうがいい。そして、俺は別クラスの男どもとお前を妬む会を開いてくる」


「あ、待て! 待ってくれー!」


 情けないヘタレ主人公を尻目に俺は弁当を持って廊下に出る。まあ、少しは進展がなきゃこっちがせっかく席を外したのが意味なくなる。


 漫画みたいにイベントを進めるために何も進展がなかった日を飛ばせるわけじゃないのだ。そういう信頼関係は会話ありきでも時間がかかるものだ。


 今のラブコメ生活が始まったお前に必要なのは日々の会話の積み重ね。それに加えてドキドキハプニング。


 そして、サポートの俺はというと面倒だが約束してしまった相手にこれから会いに行くのだ。まあ、あいつが新たなるラブコメスパイスになるのならばそれに越したことはないが......ん?


 噂をすれば姫島さんの姿がある。普段はクールで男子からの人気もそれなりにあるらしいが、そんなクールさんが廊下でスキップなんかしてやがる。いいことでもあったのか?


 しかし、これから話す相手があそこまで印象違うとなんか話しかけずらいな。周りの男子も女子も驚いたような様子だし。


 まあ、あいつの存在が光輝にとって吉と出るか凶とでるかはしっかりと俺が判断すればいいだけのこと。加えて、上機嫌であれば、何かと穏便に済むかもな。


 そして、俺は階段を上がり屋上に出る扉を開けるとそこにはまるで挑戦者を待っていたチャンピオンのような風格を出しながら、腕を組んで立ち尽くす姫島さんの姿があった。


「遅かったじゃない」


「そんなことはないはずだ」


 そもそも昼休みの時間を指定してなければ、お前が階段を上がってから数分と立ってないはず。なんだ? マウントを取りに来たのか?


 一先ず屋上の一角に腰かけるとお弁当を開く。いただきます。


「一人だけ食事? 呼び出しておいて?」


「俺は屋上で話があると言っただけだ。なにも持ってこなかったのはそっちの落ち度」


(なんてこと!? 浮かれすぎてぬかっていたわ!)


 何をブツブツ呟いているのかは知らんが、さっそく本題に入ろう。うむ、卵焼きうまっ。


「それで? 姫島さんが光輝に近づきたいのは昨日の時点で理解した。賄賂を俺に渡すぐらいだもんな。それで、具体的にはどうして欲しいんだ?」


「そ、そうね......どうしましょうか?」


「ノープランかよ」


 思わず口に出てしまった。いやでも、さすがにノープランはないでしょ。光輝に近づきたいのなら尚更。

 

 ......いや、単に恥ずかしくてこいつにとっては俺にセッティングする勇気だけで精一杯だったのかもしれない。


 なんせ、俺に時雨ちゃんのフィギュアを持ってくるくらいだ。相当な覚悟なのだろう。まあ、この際どうして俺の好みを知っているのかは水に流してやるか。


「それじゃあ、とりあえずお前を光輝に紹介するという形でいいか? といっても、同じクラスだしな......」


 ここは俺のコネを使って日直で組ませるというのもありだな。そうすれば、必然的にかかわる機会は増える。


「ちなみに、言っておくが俺は基本的に見守るだけだぞ? お前が光輝を好きでいるならば、お前の努力であの争奪戦から抜け出るのは当然のことだ」


「わかってるわよ」


「なら、まずは小さな目標を立てよう。お前はまずどうしたい?」


「どうって......」


「なんでもいい。名前で呼びたいでも、手をつなぎたいでもなんでも。まあ、今挙げた二つの片方でもクリアすれば同列一位にはなるだろうな」


 現状、光輝のヒロイン争いは同列一位で転校生と幼馴染だ。

 転校生は親という力で許嫁というデカいポジションにつき、幼馴染は長年一緒にいるというアドバンテージから名前呼びが許されている。


 だが、姫島さんは違う。俺の紹介からでもいいが明らかに押しが弱くなってしまう。

 故に、俺の挙げたやつのどちらかをクリアすれば有力候補に並び立つ。そして、俺も面白くなる。まさにwin-win。


「お前はどっち―――」


「そういうことなら、名前呼びにするわ。そ、そこで提案なのだけど、れ、練習に付き合ってもらっていい?」


「練習?」


 恥ずかしそうにしながら急にそんなこと言ってきたが、練習......練習ね.....まあ、いいか。それだけやる気があるのだろう。


「わかった。ちなみに、知らんだろうが俺の下の名前は――――」


「知ってるわよ。昔から......」


「昔から?」


「私、同じ中学のはずよ。影山君」


「同中だったのか」


 全く記憶にねぇ。でも、少なからずあっち側に面識があるってことはかかわったことぐらいあるはず......だよな? まあしかし、同中なら光輝を好きな理由もなんとなくわかるな。つまり片想いだ。


「そ、それじゃあいくわよ」


 姫島さんは胸に手を置くと深呼吸して一拍。


「が、学君.....」


「お、おう」


 やめろ、なんだその真っ赤な顔は! なんかこっちまで恥ずかしくなって思わず返事がおかしくなっちまったじゃねぇか!


 こ、ここは時雨ちゃんの照れで相殺......ダメだ、余計に照れる。無だ。無になるのだ。俺の嫁は二次元だけ! よし、浄化完了。


「って、ここで今練習しても捕らぬ狸の皮算用って奴だ。まずはこっちがセッティングしてやるから、光輝と仲良くなって来い。あいつは良い奴だからな。来るものは拒まねぇ」


「それにヘタレで優柔不断でもあるから板挟み状態なんでしょ?」


「そうともいう」


 あれ? 今地味に悪口言わなかったか?


「ともかくだ。まずは頑張ってこい」


「ええ、そうするわ」


 話が終わると姫島さんは足早に屋上を出ていった。腹減ってんだろうなぁ。俺も急いで食って光輝達の様子を出歯亀してやろ。


急いで飯を押し込むと弁当を片付けて教室に戻ろうと扉を開ける。すると、ガタッと何かに突っかかった。


 僅かに開いた隙間から覗いてみると紺色のブレザーを着た誰かがうずくまっている。目があった。姫島さんだった。


「きゃあ、変態!」


「やめて。何もしてないのに変態に昇格させないで」


「何よ、影山君じゃない。驚かさないでよ」


「驚く要素あった? むしろ、俺しか屋上にいなかったのになんで俺責められてるの?」


 全くとんだとばっちりだ。俺は歩く変質者か何かか?


「で、なんでそんなところでうずくまってるの?」


「あ、あなたには関係ないわ!」


 姫島さんは勢いよく立ち上げると睨みつけるような目でそう言った。


「まあ、謝るなら許してあげないこともないけど」


「俺が悪いことで話を進めてやがる」


 相変わらず急に話しかけてきたと思ったら、なんでもうこんな高圧的な態度?


「で、顔が赤いけど肌弱いのか?」


「え?」


 姫島さんの顔は薄紅色がかっている。本人はそのことに気付いていなかったようで、驚いた表情を取るとすぐに確かめるように頬を触れて熱を測った。


 すると、なぜかさらに顔を赤くさせて目をグルグルしたような感じで、俺から逃げるように走り出した。


「もう謝っても許さないんだからー!」


「......は?」


 俺が一体何をしたというのだろうか。冤罪極まりない。はあ、これだからリアルは鬱陶しい。時雨ちゃんに癒しを求めよう。

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