ー肆ー

「左右って本来人には見えない存在だからか、結構淡白に見える時もあるんですよね。でも左右は淡白なんじゃなくって、必要以上に手を差し伸べないようにしてるんじゃないかって、最近は思うんです」

「必要以上に……?」

「はい。探し物は別として、本来依頼そのものを解決するのは私たちじゃなくって、本人だからって」

「ううーん」


 なんだか難しいな。そうだと言われれば確かにそうかもしれない。みーこさんはまだ若いのにしっかりと考えてるんだなぁ、なんて僕は感心してしまった。今はそこに感心している場合ではないのだが。

 ひとまずそうなると——。


「僕たちは一体、何をしたらいいんでしょうか?」

「あはっ、ですよね」


 素朴な疑問に、みーこさんは笑った。お手上げだと言いたげに。


「ひとまず凛花ちゃんに会いに行きましょう。依頼を受理したことだけでも伝えに行くのは普段からの習慣でもありますから」


 そう言って、みーこさんはペースが落ちていた歩調を早めた。



  ◇



「あっ、彼女が凛花ちゃんですよ。おーい、凛花ちゃーん」


 小さな学校。森の中にひっそりとあるこの小学校からランドセルを背負って出て来た女の子。女の子は黄色い帽子を被り、二つに結んだ髪が帽子から飛び出している。

 女の子はみーこさんの声に気がついた様子で、俯きながら歩いていた顔を上げた瞬間、パッと表情が華やいだ。


「巫女のお姉さん!」


 はつらつとした様子でかけてきた凛花ちゃんは、さっきまで一瞬思いつめていたように見えたのが嘘のように笑っている。


「今朝依頼の手紙を松の木の麓にくくりつけてくれたよね? ちゃんと受け取ったよ」

「本当? じゃあ神様は凛花のお願い聞いてくれるかなぁ?」

「今占ってるところだからもう少しだけ待ってね。結果は新聞に貼り出すから見に来てね」

「うん! 楽しみに待ってるね」


 無垢な笑顔をみーこさんに向けている様子を見ていると、なぜか僕が罪悪感を覚える。左右が無理だと言ったのだ。貼り出される結果を見て、凛花ちゃんは泣いてしまわないだろうか。

 僕は女性の涙にめっぽう弱い。幼いとは言え、やはり女性が泣く姿は見ていても楽しいものではない。


「ところで、お兄さんは誰?」


 僕へと向ける視線が、不審者を見るような目だ。凛花ちゃんのお母さん、初めて会う人は怪しい人だと疑いなさいと凛花ちゃんに教えているのかもしれない。こんな世の中だ。それも致し方ないだろう。むしろ凛花ちゃんのお母さん、その教育はきちんと凛花ちゃんの中に根付いていますよ。と教えて上げたくなるほど、凛花ちゃんの瞳は”ザ・不信感”が漏れ出まくっていた。


「このお兄さんは新聞部の一員なの。私を助けてくれる仲間なんだよ」


 みーこさんの言葉を聞いて、一瞬で疑いの目が和らいだ。なんだかその様子にホッとする。どうやら僕は、純真無垢な子供に邪険に扱われるのはまだ慣れていないらしい。

「それはそうと、凛花ちゃん。凛花ちゃんはどうしてみーちゃんが飼いたいの? みーちゃんてこの間言ってた猫のことだよね?」

「そうなの。ママが猫を飼うのは反対なんだって。面倒見きれないだろうからって」


 凛花ちゃんは悲しそうにうなだれた。唇をアヒルのように尖らせながら、ランドセルの肩ひも部分をぎゅっと握りしめて。

 反対する理由はそんなところではないかと思っていた。面倒見れないからか、アレルギーを持ってるかどちらかだろうと。


「そうだったんだね……今はみーちゃんどこにいるのかな?」

「みーちゃんは家の物置の中に隠してるの。だから朝と夜にこっそりご飯とミルクをあげに行ってるの」

「そこはお母さんに気づかれないの?」

「うん、普段使ってないから大丈夫だと思う」


 凛花ちゃんはたくましく笑った。なんだか凛花ちゃんは、まだ小学一年生だというのに、みーちゃんに対して強い使命感を帯びているように思える。

 これだけ真剣に思っているのなら、途中放棄なんてありえないんじゃないか。そう思いたいところだが、子供が過ごす時間と僕たち大人が過ごす時間は差がある。子供は体がどんどん急成長していくように、気持ちもどんどん変わっていく生き物でもある。だからこそ今は確固たる信念を持っているように見えたとしても、それは簡単に揺らぐ。大人よりも格段に早く、簡単に気持ちは流れてしまう。凛花ちゃんのお母さんはみーちゃんを飼わないと言っているのはそういう理由なのだろう。

 でも100点を取れば飼うと言ったにも関わらず、その約束を守らないというのは話が別ではないだろうか。子供相手とは言え、約束は約束だ。守ってもらわなければ。


「凛花、次のテストで100点取れるかなぁ? この間テストした時、凛花55点だったの」

「大丈夫。凛花ちゃんの依頼は今占ってるところだけど、たとえ難しい事だとしても、頑張ろうね。お姉ちゃんも凛花ちゃんのために毎日お祈りするから。うちの神社は学業にも良いんだよ」

「そうなの!? じゃあ凛花のために神様にお祈りしてくれる?」

「もちろん!」


 凛花ちゃんの曇っていた表情はみーこさんの言葉によって晴れ晴れとしている。みーこさんは細い小指を差し出し、凛花ちゃんと指切りをした。

 ああ、みーこさんは神社の巫女として生まれるべくして生まれた神の御子なのかもしれない。さっきまでは神社などにおらず会社で働けばきっとみーこさんの今持っている能力とまだ目覚めていない能力が開花されるだろうと思っていたが、僕が浅はかだったようだ。神の子であれば神社にいるのが最もふさわしいのだ。神の子であれば、なんでも卒なくこなせて当たり前ではないか。

 僕は二人が指切りげんまんの歌を歌いながら指を切るまでの間、そっと両手を合わせて、みーこさんを拝んだ。二人には気づかれないように、こっそりと。


「ちなみにテストはいつあるの?」


 僕がみーこさんを拝んでいる様子がバレそうになって、慌てて話に割って入った。するとみーこさんも再び凛花ちゃんと目線を合わせている。


「明後日の金曜日」

「明後日?!」


 それはなかなか、急だ。依頼があったのは今朝のことだ。テストの点数を上げるのも今からで間に合うのか……? いや一夜漬けでもなんでもいけるかもしれない。何せ小学一年生のテストであればそれほど難しいこともないはず……?

 だが難しいと凛花ちゃんも思っているからこそこうして依頼してきたのだろう。まさに神頼みで。

 それが分かっていたからこそ、左右も無理だと言っていたのか……。いやしかし。


「凛花ちゃん頑張って。今から家に帰って今日、明日で勉強しまくるんだ。100点を取るのは不可能なんかじゃないはずだよ」


 僕は思わず握りこぶしを作りながら、そんな風に力説してしまった。小学生の女の子相手に真剣と書いてマジだ。

 凛花ちゃんは僕の熱意に押されたのか、そもそも馴染みのない人間だからか、明らかに引いている。


「新聞は明日の朝には凛花ちゃんのために依頼欄の内容だけ付け足しておくから、朝学校に行く前か終わってからでも見に来てね。勉強で分からないところがあれば明日神社に来てくれたら教えるし」

「本当?! ありがとう、お姉さん!」


 凛花ちゃんは嬉しそうにみーこさんの手を握ってぴょんぴょんと飛び跳ねている。僕のことなど置き去りにして。


「じゃあテスト頑張ってね!」

「うん、ありがとう。頑張るね!」


 凛花ちゃんは笑顔で大きく手を振りながら駆けて行った。そんな凛花ちゃんの姿を見送り、姿が見えなくなったところで手を振るのをやめた。


「明後日とは、なかなか急でしたね」

「ですね……」

「私これから神社に戻って、あやかし新聞を更新してきます。凛花ちゃんの依頼内容の返事を追加するだけなのですぐなんですけど、左右にもう少し詳しくなんて書いたらいいのかも相談したいので」

「あっ、それ、僕も一緒にいてもいいですか?」


 左右に会いたくはないが、左右がなんて言うつもりなのかが気になったからだ。


「本当ですか? ぜひ来てください!」


 みーこさんは僕の手をぎゅっと握りしめて、最上級のスマイルを僕に向けて放ってくれた。相変わらずスキンシップが多いみーこさんに僕は思わず胸のときめきが聞こえやしないかと心配してしまった。

 まるで思春期の少年のようではないか。手を握られただけでドキドキするなど、大人の男性が起こす反応ではない。と思う一方で、久しぶりに若い女性から、不意に触れられては致し方ないだろう。と自分に言い訳をしながら、僕たちは再び神社へと向かった。

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