ー参ー
ばーちゃんは一息ついた後キッチンへと向かい、ある程度下ごしらえしておいた料理と残りの調理に取り掛かり、僕とキヨさんはテレビをなんとなく流し見ながら、たわいのない会話を繰り広げた。
三人で食事を囲み、お腹が膨れた頃、僕は再び神社へと向かうことにした。凛花ちゃんの小学校までみーこさんと一緒に行くことにしているからだ。
「それじゃ僕はまた神社に行ってくるよ」
「あら、もう行くのね? なら私も一緒に出ようかしら」
僕に続いてキヨさんも立ち上がり、腰を両手で押さえながら曲がった背中を反らしながら。
「もう帰るんですか? もう少しゆっくりしていけばいいのに。僕が帰ってきたらトラックで家まで送りますよ」
じーちゃんが乗っていたトラックが家の裏に停めてある。ばーちゃんも運転はできるけど、特段用事がなければ使うことがない。基本的に運転はじーちゃん任せだったばーちゃんからすれば一人で運転するのは心配なのかもしれない。
僕としても高齢者運転の事故が多い昨今、ばーちゃんのことが心配で気が気じゃないから乗らなくていいのならそれに越したことはないと思っている。
じーちゃんが死んでから一度も動かしていなかったらしいが、先日キヨさんを送り届けるために村の整備士さんに点検を頼んでおいたのだ。
「ちょっと用事もあるし、運動にもいいし、今日は天気もいいから私も歩いて帰るわ」
「そうですか。じゃあ神社までご一緒しましょう」
僕とキヨさんは一緒に家を出て、そのまま神社へと向かった。
「雅人さんはおばあちゃん思いの良いお孫さんね。小梅さんも自慢でしょうね」
何気ない会話が途切れた後、キヨさんはそんな言葉を言いながら向こう側に見える天気のいい空を眺めている。
「そんなことはないですよ。恥ずかしながらこの歳になるまでずっと田舎には寄り付かなかったのですから。最後に来たのは中学の時でしょうか?」
それもお年玉を貰いに行った時だ。幼い頃の僕は現金なやつだった。お小遣いは増えるものではなく増やすものだと考えていただけに、確実に貰えるじーちゃんばーちゃんのいるこの田舎にはそのために毎年顔を出していた。しかも年明けてだいぶ経ってからという。
全く誇れる話ではないな、と自分でも思う。
「それでもこうして独り身の小梅さんを心配して来てあげたんでしょ? その気持ちだけで小梅さんは嬉しいと思うわ」
僕はただ微笑んだだけで、それ以上何も言わなかった。
僕がここに来た一番の理由は、別れた彼女との思い出を断ち切りたいがためだ。ただ仕事にも打ち込めず、彼女との思い出が多いあの場所から離れたかっただけ。正直どこでもよかった。なんなら実家に逃げたって良かったんだ。
だけど実家を選択しなかった理由は、あれこれ母さんにうるさく言われるのが嫌で、父さんに仕事もせずにフラフラとしていると思われるのも嫌で、この田舎に来たのだ。
ちょうどばーちゃんが一人で住んでいて、心配だからという名目も立つし、ばーちゃんなら要らぬ詮索もしないだろうと思ったからだ。
どこまでも自分可愛さに選択した結果だった。だからこうしてキヨさんに褒められると、正直者の僕の心が雑巾絞りの刑でも処されているような感覚がして、呼吸が浅くなる。これが良心の呵責というものなのかもしれない。
「豊臣神社が見えて来たわね。あっ、あれはみーこちゃんじゃないかしら?」
神社の階段下で手を振っているのは紛れもなくみーこさんだ。いつもの巫女装束が青空の下でよく映えている。
「キヨさん、こんにちは! 今日は佐藤さんのお宅に行かれてたんですか?」
「そうなの、お昼をご馳走になって来たのよ。二人はこれから新聞づくりをするのかしら? 依頼があったって雅人さんから聞いたけれど?」
「あっ、いえ、まだ占い調べられていないようなので僕たちの出番はまだ先だと思います」
キヨさんが不意に言ったこの一言に、僕は慌てて口を挟む。みーこさんにこいつ、依頼の話を口外したのかって思われるんじゃないかとハラハラしながら、僕はキヨさんの言葉を補うようにそう言った。
大事な話は一切触れてないですよ。僕は口の軽い男なんかじゃないですよ。……と、みーこさんに分かってもらえるようにやんわりと。
「そうなんです。今父が占いをしているところでして、今から依頼主の子のところへ伺って、依頼は受け取りましたよって伝えに行こうかと思っています」
「そうなの。私の時もそうだったけれど、きちんと依頼主のところに連絡しに行くのはマメよね。大変じゃないかしら?」
「いえいえ、これも神社の宣伝でもありますので……なんちゃって」
みーこさんがおどけるようにあははっと笑っている。気が利く上にユーモアもある。毎回みーこさんの言動には驚かされてばかりだ。僕が言わんとすることも察してくれている様子だし、きっと巫女ではなく企業で働けば間違いなく良い仕事をし、僕の部署で働いてくれれば良いサポートを貰えるだろう。なんともこの小さな神社で働くにはもったいない人材だ。
「ふふっ、豊臣神社はとても良い広告塔を持っているようね」
「あははっ、だと良いのですが」
「とにかく頑張ってね。それじゃ私はここで」
「はい、ではまた!」
大きく手を振るみーこさんに対し、小さく遠慮がちに手を振りながら去っていくキヨさん。そんなキヨさんを見送った後、僕たちも小学校へ向けて歩き始めた。
「今日は左右は来ないんですか?」
「みたいです。今回は探し物でもなければ、キヨさんのようにご年配の方に会いに行くわけでもないですから。左右としては結果が出ているのに行く必要はないと思っているようです」
なんてやつだ。どこまでもあのねずみ小僧は生意気なやつだ。
「左右のやつはそんなにも凛花ちゃんが100点取れないと思っているのでしょうかね。小学一年生のテストであれば無理ではないと思うのですが」
「私もそう思うのですが、左右が言うには無理な理由はそっちではないとのことでして……」
「そっちではない?」
みーこさんは気まずそうに手遊びを始める。視線をそこに落とし、指先をいじりながらこう言った。
「たぶん100点が取れても飼えないって意味なんだと思うんです」
「えっ……?」
「なぜか左右も詳しくは教えてくれなかったんですが、どうやらそうみたいです」
……なるほど。それなら凛花ちゃんに問題があるわけではなく、凛花ちゃんのお母さんに問題があるということになる。
100点が取れればみーちゃんを飼っていいと約束をしておいて、100点が取れたとしても飼えないなど、そもそも飼う気なんて毛頭ないのだ。子供が欲しがるものを諦めされせるため、大人が使う常套句だ。
目標が高ければそれだけ達成は難しいことだ。だからこそ、その目標が達成できた際には、きちんと約束を守るというのが大前提だ。人として当たり前のことだ。そんなことでは子供は何をやっても認めてもらえない、頑張ることを諦めてしまう大人になるかもしれないではないか。
「僕たちは先に凛花ちゃんのお母さんと話した方がいいのではないでしょうか?」
凛花ちゃんに状況を聞いて、テストがどんな種類なのか、勉強の進捗具合を聞いて、必要であればポイントを教えてあげればいいんじゃないかと僕は考えていた。
今この瞬間まで。みーこさんから左右の話の詳細を聞くまでは。
「そうなんですけど、ちょっとそこは悩みどころと言いますか……」
「どういうことですか?」
「あやかし新聞は人助けになればと思い、私が始めたんです。左右の神通力もあるし、そもそも人助けがこの神社の由来でもあるので……ですが、解決することが目的でもないんです」
「……と、言いますと?」
みーこさんはいつになく気まずい様子で僕から視線を逸らしながらこう言った。
「解決できないことも世の中にはたくさんあるので、私がそれをどうこうするのはただのエゴなのではないかな。とも思ったりするんです。線引きがなかなか難しいんですけど」
ふーむ、なるほど。そういうことか。
「……私、冷たいですかね?」
「いや、そんなことはないですよ。むしろみーこさんはすごく頑張っていますし」
確かに、今回の依頼はキヨさんの時の探し物とはわけが違う。占い調べるというのは建前だとしても、今回のはそもそもその建前からだいぶと離れた動きをすることになるからだ。
探し物は左右がする。左右が家の中をウロウロして調べる。ついでにみーこさんは過疎が進み孤立しているご年配を心配して見回ってる。いわばパトロールのような役割だ。
けれど今回凛花ちゃんが100点を取れるか取れないか、そして取れないなら取れるようにアドバイスするなら、それは多分占いと同じような役割でセーフだろう。けれどそこから凛花ちゃんのお母さんの思惑が何であれ、依頼外のことをするのはどうしたものかと思っているのだろう。
もしかしたら左右が乗る気でもないのは、左右が見たものが依頼内容以上のものだからなのかもしれない。
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