ー肆ー
「神通力が通じるのは半径五メートル以内ですが、神社内では敷地内全てに通じるようなんです」
みーこさんはさりげなく左右の力についてフォローを入れた。本人がいなくなった後でもフォローをしっかり入れるなんて、なんてできたお嬢さんなんだろうか。
社会に出ても立派にやっていく術をすでに身につけていることに僕はいたく感心していた。
「それで私は必要であれば左右と一緒に手紙の差出人の家へと訪問したり、その家の付近を調査しに行ったりしています」
なんだ。占い調べるなんて摩訶不思議な書き方をしていた上、神通力を使うと言っていたにもかかわらず、やっていることは警察や探偵と変わらないということか。
手助けできなかったり、探し物を見つけられなかったらごめんなさい。と新聞に書かれていたのは、そのためかと僕は納得していた。
要は助けれなかった時の保険だ。何せその願い事は足でかせいで見つけるのだから。
「話の大筋は見えてきましたが、その差出人がどの方でどこに住んでいるのかも左右は分かるのですか?」
この手紙には住所も記載されていなければ、名前もキヨと書かれているだけ。それで手がかりを探すというのはかなり無理があると思うのだが……。
「この辺りは小さなコミュニティーなので名前が書いてあれば、私や父でも大体は予測がつきます。依頼を知ってるくらいなので少なくとも一度は神社にお参りに来られたことのある方なので」
「ではもし、名前がなかったら……?」
新聞に記載しておくべきだ。手紙を書く際に願い事とともに名前、住所も記載するようにと。
いや、それをしてしまったら万が一の時、防犯上よくはないか……?
「それが、左右は手紙を見れば持ち主が誰かわかるんです。手紙に念がこもっているらしくって。そしてこの神社の敷地内に足を踏み入れた方であれば左右がその顔を忘れることはないので」
「なるほど」
左右の力は大して便利だとは思えないけれど、一応役にも立つようだ。けれどそれなら……。
「聞いてる感じですと探し物は左右に任せて、みーこさんは新聞づくりに専念するのが基本的な役割分担なのでしょうか? 僕は一体何を手伝えばいいのでしょう?」
さっきみーこさんは左右と一緒に家を訪問するとも言っていた。みーこさんが出向く必要はないように思うのだが、それをするのであれば僕が新聞づくりに専念することになる……?
自慢じゃないが僕が学生だった頃、図画工作は驚くほど素晴らしいものだった。絵を描けばピカソだと称され、工作をすれば斬新なものが出来上がった。それは他のクラスメイトとは一線を期し、類を見ない画期的な作品ばかりだった。
高校生になった頃、周りはピアスを開ける輩が増えていたが、僕は耳になど穴は開けない。と言うか穴を開けるだけであれば、小学生の頃にとっくに経験済みだ。
僕は小学生の家庭科の時間に、耳にではなく指に無数の穴を開けていた。
それら全ては、間違っても絵が下手なわけでも、図面通り工作することができないわけでも、ましてや裁縫ができずに布を縫わず自分の指ばかり針を突き刺していたわけではない。
周りは僕の出来上がった作品を見ては、批判的な意見を言っていた。成績に関しても地を這うような点数をつけられていたが、芸術とはいつでも生きているうちに評価されないものだというから、僕の才能を理解する者が現れるのはまだまだ先なのだろう。
そんな僕に新聞を書くのを依頼しているのならば、みーこさんは本当に先見の目がある方だ。素晴らしいったらない。
「そのお願いというのは、私の代わりに左右と一緒に調査に回って欲しいのです」
「一度引き受けておいてなんですが、謹んで辞退させていただきます」
僕は間髪入れずそう切り返した。いくら麗しのみーこさんの頼みでも、それはさすがに無理だ。どう考えても僕と左右はウマが合わない。磁石で言うところのプラスとプラス、もしくはマイナスとマイナス。同一の電極同士が弾き合うように、僕達が仲良くくっつくことは決してない。
出会ってまだ一時間と経っていない今でこれだ。どうあがいても関係が修復することもなければ、改善していく見込みもない。
武士に二言はないと言うが、僕は武士でもなければ侍の魂とも呼べる刀も持ち合わせていない、ただの日本男児だ。刀は銃刀法違反に反するし、僕は侍魂よりも法律を遵守する真面目一徹な男だ。残念だがそんな僕には二言も三言もあるのだ。
「そんな……左右はあのような物言いばかりしますが、きっと私以外で見えた人物に出会って戸惑っているだけだと思うのです!」
みーこさんにそこまでして必死に力説されると、思わず心変わりしそうになる。きっと先の失恋で深い傷を負い過ぎたせいなのかもしれない。なんとも僕の弱りきった心が憎い。
「満己、佐藤さんをあまり困らせてはいけないよ。佐藤さんは普段仕事で忙しくされていらっしゃったようだし、これはゆっくりとするいい機会なんだから、その邪魔をしてはいけない」
おっ、さすがはみーこさんの父親だ。なかなかいいアシストをしてくれる。いっ時は役に立たない人だと思った非礼を詫びよう。
みーこさんは残念そうに子犬のような目で僕に訴えかけているが、それに応じてはいけないと僕の本能が言っている。
「……そうだね、うん。佐藤さんすみませんでした。私の我が儘に突き合わせようとしてしまいました。よくよく考えればただ参拝に来てくださった佐藤さんにお願いするのは間違っていましたね。人助けはこの神社の巫女である私の役目でもあるのに……」
「いえ、そのように気落ちしないでください。僕も手伝えることがあればと思ったのも正直な気持ちですから」
けれどあの左右だけはダメだ。あいつと共に行動するなど僕の神経がすり減って、最後にはきっと消えて無くなってしまうだろう。
「いえいえ、いいんです。左右が見える方が私の他にもいるんだと知い、失礼にも仲間意識を持ってしまったのがいけなかったのですから」
……うぐっ、そんな言い方をされるとちょっと心がぐらつくな。他でもない麗しいみーこさんから放たれる仲間意識という言葉に僕はどうやら魅力を感じてしまっているようだ。
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