ー参ー

「それはどういう意味で……?」

「これも何かの縁だと思うのです。いいえ、”何かの”ではなく、きっと神様の思し召しかと思うのです!」


 僕の思っていた方向とは違う言葉が、次々にみーこさんから放たれている。どうなっているのだろうか。

 ただ僕にわかるのは、みーこさんの手はとても柔らかいということだ。


「変態極まりないな、お前」

「あっ、ごめんなさい! つい勢い余ってしまって……」


 どうやらみーこさんは、僕に向けられたのであろう言葉が、あたかも自分に言われているのだと勘違いしたようだ。そのせいでみーこさんは僕の手をパッと離し、顔を赤らめて再び席に座った。


「いや、みーこに言ったわけじゃない」


 みーこさんを辱しめ傷つけた罪は重い。きっと左右のいる方向へ僕は鋭い視線を投げた。


「お前、俺が見えないんじゃなかったのかよ」

「悪は成敗せねばなるまい」

「煩悩だらけのお前に言われてたくないな。どうせみーこの手を握れなくなった腹いせだろ?」

「言わせておけば!」


 みーこさんの前でなんてことを言うんだ! 僕は左右の口を塞ごうと飛びかかったが、あっさり僕の腕をすり抜けられてしまい、左右はテーブルの反対側、みーこさんの隣を陣取った。


「左右、佐藤さんはキヨさんに頼まれてここまで来てくださった、心の優しい方でしょ。そんな言い方ばかりして、失礼じゃない」


 みーこさん……あなたこそ神使だ。むしろ神様だ。もしみーこさんが実は私が神なんです、とカミングアウトしたとしても僕は驚いたりしないだろう。


「それに佐藤さんは、これから私達のあやかし新聞作成を手伝ってくれるのよ」


 いやー、その返事はまだしていないとは思うのですが。さすがのみーこさん相手でもそれは了承しかねる内容だ。いくらみーこさん立ってのお願いだとしても、それを手伝うとなれば、毎度毎度この生意気な小僧に会わなければならなくなるし、正直僕は学級新聞作りに参加するためにこの村に来たわけでもないのだ。


「その申し出は残念ながら、お受けできかねます。休暇中の身で大してやることがあるわけでもないので、楽しい思い出づくりとして参加してもいいなとは思うのですが、あいにく僕も祖母の面倒をみる必要があるので……」


 これは方便というもの。一人で田舎暮らしは心配ではなるが、面倒をみなければならないほどばーちゃんは衰えていない。むしろそれほど衰えているのなら、きっと両親が無理矢理にでもばーちゃんを一人にはさせていないだろう。


「私、佐藤さんには運命のようなものを感じたのです!」


 再び身を乗り出したみーこさんに、僕は圧倒されてしまっていた。

 ……なんと、運命とな。今時の若い方はとても情熱的な物言いをしてくれる。傷心しきった僕の心が思わず大きく揺さぶられてしまったではないか……。


「だって、今まで左右が見えたという人を私は佐藤さん以外に知らないのです!」


 麗しいお顔がなんだか輝いて見え出したのは、僕が何かの魔法にかかってしまったからだろうか。魔法……これが恋の魔法というのだろうか。


「お前のそれは病気だ。お前に必要なのは医者だな」

「佐藤さん病気なんですか!?」

「違うこいつの中身はかなりのむっつ……」

「いえいえ! 僕はいたって健康な好青年です!」


 左右の言葉を打ち砕くために叫んだ僕の言葉に、みーこさんは安心したようにホッと肩をなでおろした。


「自分で好青年とは、よく言うなお前……」


 完全に引いている左右の目など無視して、僕は勢い余ってついこう言ってしまった。


「ですので、僕にみーこさん達のお手伝いができるかは分かりませんが、世のため人のためになるのであれば微力ながら協力いたしましょう!」

「嬉しい! ありがとうございます」


 かくして、僕はあやかし新聞づくりのお手伝いをすることになってしまった。


「それで話を戻しますが、占い調べるとはどのように……?」


 そもそも僕には占いなんてしたこともなければ、不思議な力もない。至って普通な好青年だ。


「お前が好青年など、過大評価もいいところだぞ」


 左右の声が聞こえるし、見えはする。だがしかし、それだけだ。お化けだって今まで見えたことも感じたこともなければ、ラップ現象とやらも体験したことだってない。

 だから実際に僕がその占いとやらに役立つのかがわからない。


「占いというのは建前で、実際は左右が頼りなんです。彼は神使なので神通力じんつうりきが使えるようで、それで依頼のものを探したり手助けしたりしています」


 なるほど……神通力とな。だから僕の考えていることがわかるのか。

 僕は左右に視線を向けると、その視線を跳ね返そうとでもするかのように、左右は僕を睨みつけた。


「なんだ。こっちを見るな、むっつり野郎」

「このっ!」


 とうとう言ったな! はっきり僕のことをむっつりだと言ったな!

 勢いよく立ち上がろうとした僕をなだめるように、みーこさんは左右を叱りつけた。


「こら、左右!」


 みーこさんが「すみません、左右が口悪くって……」と言いながら申し訳なさそうに謝ってくれるが、やはり僕はこの生意気な小僧とはウマが合わない。すでに手伝うと言ったことを深く後悔し始めていた。


「とにかく、神通力という力があるのであれば、僕の出る幕はなさそうに思うのですが……?」


 さりげなく辞退する方向に話を持っていこうとするが、みーこさんは全然引く様子はない。


「いえ、神通力と言っても万能ではないようで、見える聞こえるのにも一定の距離が決まっているようなんです。例えば物を探すとなれば、その関連した物の場所に出向き、足跡を辿るといった感じなので」

「ではその距離というのはどの程度のものなのでしょうか」

「えっと、五メートルくらいかと」

「えっ!」


 短っ! 五メートルって目と鼻の先じゃないか! なんだその距離! 全然役に立たな……。


「いてっ!」

「こら、左右!」


 みーこさんの言葉に甘えて崩していた足。すっかり痺れも取れかけていたその足を、この悪鬼に思いっきり踏みつけられてしまった。


「気分が悪い。その依頼は俺一人でやるから気にするな」

「そんなこと言っても……」


 そんな風にみーこさんは引き止めようとしているが、僕はさっさとどこかへ言ってしまえと強く念じた。すると左右は再び僕の逆側の足を踏みつけ、僕が悲鳴をあげたと同時に、姿を消した。

 文字通り、こつぜんと消えたのだ。


「本当に、左右は神使なんだ……」


 足の痛みも忘れて、僕はひとりごちた。今さっきまで僕の隣に立っていた左右の場所に視線を向けたまま。


「あれ、まだ疑っていたのですか?」


 みーこさんは若い女性らしくケラケラと笑っている。隣に座るみーこさんの父親は一連の流れが見えていないせいで静かにお茶を飲んでいたが、この一言に「私には見えないので羨ましいですよ、本当に」と少し悲しそうに笑っている。

 なんだ、本当に見えていないんだ。本当に左右は神使で、左右が見えているのは僕とみーこさんだけなのか……。


 いや、一度は認めはしていたのだが。けれどこうやって実際に目の当たりにすると、ほんの一握りの疑念も根こそぎ消えていた。むしろ疑いようがないではないか。

 僕はお化けなど信じていない。それは見えないからだ。そんな霊的体験もしたことがないからだ。けれど体験してしまったら、信じるしかないじゃないか。

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